黒魔女の才能
「はぁ、ほんっとに最高の気分ね」
私はそう呟き、ずっしりと重い上半身を起こした。
あたり一面草原が広がっている。花は咲き乱れ、頬をくすぐる春風が心地いい。 寝転がって昼寝に時間を使うのには一番の日だと思う。
身体中にまとわりついた《ボマースライム》の薄緑がかった体液と、ソイツが消化中だった小動物の血や内臓が無ければ、の話だけど。
私は不快なドロドロをできるだけ取り除いて、髪にこびり付いた残りが固まってしまう前に、近くの小川へ髪を洗いに歩き出した。
「ほんとに気持ち悪い。シャツも新品だったのに、どうしてくれるのよ。」
こういう時のために《洗浄魔法》でも覚えとけば良かったと思う。でも私はそんな“便利な“魔法を覚えられる才能を残念ながら持ち合わせていない。前に洗浄魔法を使おうとした時には、家中のものが泡(ただし皮膚を溶かすほどの強酸性のね)だらけになったこともある。それからは、水流系の魔法を練習する時は屋外で行うようにしてる。
重い足取りを進めてしばらく歩いていたら、突然後ろから鼓膜を突き破るほどの大きな唸り声が私の頭に響いた。パッと後ろを振り向くと、どこからやってきたのか、大男と狼を足したような見た目のC級魔獣 《ウェアウルフ》がヨダレを垂らしながら私を見下ろしていた。多分私のことを3時のおやつだとでも思っているんだろうけど。
でも幸運なことに、その時の私は、ストレス発散のための怪物狩りをスライムごときに邪魔されたせいで、はらわたが爆発しそうなほどの怒りをどうにか押さえ込んでいたとこだった。それを解放させてくれそうな《ウェアウルフ》君には、大いに感謝したいところだわ。
「おい狼野郎。その間抜け面をそれ以上私の視界に入れたら、タダじゃ置かないわよ。」
私はそう吐き捨てると、《ウェアウルフ》に向かって怒りを集中させた。私の中の赤黒い感情がどんどんエネルギーとなって身体中を駆け巡るのを感じる。あとは簡単。お好きな拷問呪文を唱えるだけで、相手は目も当てられない最期を迎えることになる。
「ディヴィーサ」
私はそう呟いた。すると《ウェアウルフ》の立派な獣耳の付け根に、少しだけ切れ目が入った。
「ウガァァァ!?」
ほんの少しの切れ目でも相手にとっては激痛だったみたいで、驚きと苦痛の鳴き声がよく聞こえた。
「.......」
私は無言で構えた右手を振り落とした。
するとリンゴの皮むきの要領で、《ウェアウルフ》の耳の付け根から毛皮が勢いよく剥がれ落ちていく。
「アガァァァァァァァァァ!!!!」
苦しみに悶える鳴き声が草原に響き渡る。体長が私の2倍あるとはいえ、顔だけ見れば可愛い狼なんだから、少し罪悪感が湧いてきた....なんてことはこれっぽっちも無いんだけどね。
毛皮がきれいさっぱり無くなった《ウェアウルフ》の皮むきショーは、肉のスライスショーへと変わっていった。骨までスライスにしてしまうから、肉と骨と血液が発する不快な音が私の耳に飛び込んでくる。
ちなみに今使った魔法は、古代の魔法族が人間を美味しいシチューにするために使う下処理の魔法みたい。実を言うと、本当に覚えたかったのはニンジンを勝手にスライスしてくれる魔法なんだけどね。
そう、 これが私、ゼルキアエル・ヴァレンの“素晴らしい才能”であり“呪い”。
私は、過剰な程の黒魔術に対する適性を持って生まれた。赤ん坊の時からその才能の片鱗を見せていたみたいで、父親は私をまるで化け物のように忌み嫌っていた。唯一の救いなのは、お母さんがこんな私にも愛情をたっぷり(クソ親父が注がなかった分まで)注いでくれたこと。それから色々あって、初歩的な防御魔法もろくに使えない代わりに、人間を痛めつけて最高級の苦痛を与えるのは朝飯前のサイテー黒魔女が出来上がったってわけ。
もちろんこんな才能、捨てられるなら今すぐにそうしたい。でもそれをするってことは、陽の光を受けた《吸血鬼》の燃えカスから、かわいらしい子犬を作り出すのと同じ。つまり不可能ってこと。(私ならその燃えカスからおぞましいケルベロスを作り出せるかもしれないけど)
ならどうするかってことで、私はどうしようもないことなんかじゃなくて、これからの生き方に目を向けることにした。この史上最低の力を誰にも明かすことなく、1人でこの世界を生きていく。それが私の決めた自分の生きる道ってところ。
そんなことを考えているうちに、私の目の前にはひも状になった毛皮に大量の赤黒いスライス、そしてたっぷりのどす黒い血の海が広がっていた。
「よいしょっと。ヘル・フレア」
私は《ウェアウルフ》だったものを乗り越え、ついでにイカスミみたいに真っ黒な炎でそれを焼き尽くしてから、髪で固まりかけたスライムの体液を洗い流すために、再び小川へと歩き出していった。