人間花壇
本日は我が施設『人間花壇庭園』の見学へお越しいただきありがとうございます。私、本施設長を務めております、新山と申します。
それでは施設を回る前に、簡単な説明をしておきますね。ここにお集まりの皆様であれば、ご存知かもしれませんが、念の為。
本施設は寄人花の国内最大の栽培施設となります。寄人花はその名前の通り、人間に寄生し、花を咲かせる希少な花です。栽培の難しさやコストから市場に出回る数が少なく、幻の花という異名も持っています。
最近では工場による生産も主流になりつつありますが、本施設では古典的な栽培方法をとっています。まず、五歳以下の子供の背中に寄人花の種を植え込むところから栽培が始まります。子供の背中に埋め込まれた寄人花は子供の成長とともに身体中に根を張り巡らし、およそ十年後にようやく背中から見事な花を咲かせます。一度身体中に根を張ると、それ以降は毎年同じ時期に花を咲かせます。私たちは子供たちの背中から生えた花を手術で取り除き、花の美しさに応じた等級をつけ、出荷しております。
これから実際に見てもらいますが、本施設では美しい寄人花を育てるため、さまざまな工夫をしています。その甲斐もあって、本施設で栽培している寄人花は唯一無二の美しさと言われており、市場では栽培コストをペイできるほどの高値で取引されています。前置きが長くなりましたが、早速その我が施設の特徴を、実際に施設を見学しながら見ていただきましょう。
まず初めは、子供達に種子を埋め込むための施術室になります。寄人花の宿主となる子供達一人一人に我が施設の熟練スタッフが一つずつ手作業で種を植えていきます。宿主となる子供たちは皆、経済的な理由などで親から捨てられた子供たちになります。他の栽培施設でも同じような子供を宿主にしていることが多いのですが、我が施設の特徴としては
、宿主となる子供達全員の身元を引き受け、この施設にて衣食住、そして教育を提供しているという点にあります。
もちろん栽培コストは途方もなくかかることになります。ただ種を植えて放置する場合と比べると、きめ細かい管理ができるため、より品質の高い寄人花の栽培が可能になります。
ああ、ちょうど種の埋め込みが行われていますね。叫び声については気にしないでください。もちろん痛みはありますが、埋め込み手術で死ぬことはありませんから。それでは次にいきましょう。
こちらの学校のような建物が、寄人花の宿主となっている子供達の住居兼教育施設になります。ここで子供たちは共同生活を送り、美しい寄人花を育てるために、肉体的にも精神的にも健康な日々を送っています。
ここで私たちが気にしているのは、子供たちへの手厚いケアになります。研究により、寄人花の美しさは宿主のストレスに大きく影響されるということがわかっています。そのため、できるだけストレスなく、生き生きとした毎日を送るようにすることが、寄人花を栽培する際の重要事項になります。
快適な住宅環境、教育環境はもちろんのこと、寄人花の糧になる食事についても、専門の栄養士によって徹底的に管理されています。親がいないことによる精神的な不安を軽減するために、子供たち一人一人に専任のケアラーを割り当てています。施設内では毎日子供たちの状況について共有され、問題が見つかり次第、速やかな対処をとるように体制が組まれています。
そして、奥にあるのが花摘み施設になります。ここでは子供たちの背中に咲いた寄人花を摘み、出荷を行います。その際、我々のユニークな取り組みとして、出荷作業の一部を、宿主となっている子供たちに手伝わせています。そうすることで、自分たちが育てる花への愛着や責任感を持たせ、より美しい寄人花の栽培に貢献するよう促す効果があります。これはちょっとした自慢なんですが、この取り組みは私が発案し、採用されたものなんですよ。
窓から様子を見てみましょう。ちょうど二人の子供たちの花摘み作業が行われているみたいですね。どうやら子供達は鏡で背中に咲いた花を見せ合いながら、どっちが綺麗な花かを競い合ってるようです。子供らしくて微笑ましい光景ですね。
では、簡単ではありますが、施設の案内は以上になります。何か質問等はありますでしょうか? はい、それでは一番奥の男性の方。
はい、はい……。ああ、国際人権団体に所属されている方なんですね。いえいえ、こちらこそいつもお世話になっています。質問はなんでしょうか? ええ、ええ。はい、ご指摘の通り、ここにいる子供たちは全員提携した乳児院から送られてきた子たちです。また、懸念されている通り、少なくとも成人まではこの施設内で生活を送ってもらいます。こちらもビジネスですから、彼らがこの施設を飛び出して、逃げてしまうことは許していません。ただですね、あなたが思っているような、ここを逃げ出したがっている子供というのは存在しないんですよ。
だって、そうでしょう? 子供達にはこの施設以外には居場所がありませんし、少なくともこの場所にいれば衣食住が提供されているんですから。子供の人権や自由が侵害されている? ええ、その通りだと思います。確かに、彼らはこの施設に来る前には確かに人権と自由はあったかもしれません。しかし、彼らは満足な食事も教育も受けられず、頼れる大人もいない状況で、毎日を苦しみながら生きていたんです。
先ほど背中の寄人花を自慢しあっている子供達を見ていた時、あなたはまるで愚かなものを見るような目をしていましたね。あなたにとっては、自分たちを縛る鎖を自慢しあう奴隷のように見えたのかもしれません。いや、実際にそのような側面があることも否定はできません。でも、彼らは、それを精神的な支えとして生きているんです。親から捨てられ、存在を否定された彼らが、自分たちの存在意義を見つけ、懸命に生きようとしている姿なんです。それをどういう権利があって、愚かに思うことができるんでしょう?
個人的な話になりますが、私はあなたが所属する団体が好きではありません。なぜなら、あなたたちは昔の私を助けてはくれなかったから。私を助けてくれ、ここまで育ててくれたのは、この施設でした。ええ、私もこの施設出身です。今も身体中に寄人花の根が張り巡らされていて、毎年背中に綺麗な花が咲きます。
私は花摘みの時、彼らと同じように自分の背中に咲いた花を観察します。一つ一つの花弁をじっくりと眺め、その美しさに私は時として涙を流します。親から要らないと言われ捨てられた自分から、これほどまでに美しい花が咲くことが、私にとっては自分自身を肯定できる唯一の存在なんです。
おっと、思わず自分語りが混じってしまいましたね、失礼しました。
他に質問はありませんか? 反論でもいいですし、脅しだっていいです。ですが、なんと言われようと私はこの施設を愛していますし、ここで育っている可愛い後輩たちを愛おしく思います。
質問はないようですね。それでは見学も以上としましょう。ですが、最後に、先ほど質問をいただいたあなたに一言だけ言わせてもらえますか?
私たちを異常だと思えるような環境で生まれ育つことができて、本当によかったですね。