冒険者ギルドへ
あれから一ヶ月が経った。
俺は毎日ノーヴァと修行を続け、気が付けば練習用の剣は手入れはしているものの、かなり傷んでしまった。
「今日はここまでにしようか。」
「おう。……あ、そうだ。ノーヴァ、剣の事なんだけど、そろそろこれ替え時かも。」
「まあ、元々僕のお下がりみたいなものだもんね。……それについても含めて、今日ご飯の時に話したい事がある。」
「?わかった。」
ノーヴァはそう言って家の中に戻っていった。
俺は汗を拭いてから空を見上げる。
ここに来たばかりの時と似た空で、一ヶ月前が懐かしく感じる。
もう随分慣れてしまったなぁ……。
とはいえ、活動範囲がこの森付近だけだから、世間の出来事は魔法新聞に載っている事しか知らないが。
「ノーヴァはいつ頃、アルトレアスを盗み始めるんだろうな……。」
この一ヶ月間は俺の修行のために、ノーヴァは怪盗としての活動を全くしていなかった。
しかしその分、俺もノーヴァの動きについていけるくらいには成長した。そろそろ本格的にバディとして、アイツのサポートができると思う。……魔法は独学だし、この森に魔素がないから心配だけど!
もしかしたら、話したいことっていうのもアルトレアスについてかもしれないな。
「アカツキー!早くー!」
長々と考えすぎた。
胃袋を掴まれているようでなんだか悔しいが、ノーヴァの作る飯は本当に美味いから修行終わりの楽しみでもある。ムカつくが。
冷める前に食べたいし、俺は考えるのをやめて、家の中へと入ったのだった。
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「冒険者ギルドに行こうと思う。」
「自首する気か??」
何言ってるんだコイツ?
追われている自覚あります??
なんで自ら、自分を捕まえようとしてる敵の本拠地乗り込もうとしてんの???
この一ヶ月で、冒険者ギルドの仕事についても多少教えてもらったが、お尋ね者を捕まえたり、各地の警備をしたり……聞けば聞くほど、元の世界での警察のような組織だった。あ、でもモンスター討伐とかもあるらしいから、警察そのまんまというわけでもないな。
それぞれの依頼に応じて報酬が手に入る仕組みらしく、特に指名手配されているお尋ね者にはとんでもない賞金がかかっていて、一攫千金を狙う冒険者が多いと聞いた。
そして、アルオローラどこのギルドでもお尋ね者として指名手配され、一攫千金を狙うギルドの冒険者達が捕まえようとしては何度も逃し、彼らのプライドをズッタズタにしてきたというのが、目の前にいる「怪盗ノーヴァ」その人なのだが……。
「なんで冒険者ギルドに?お前、指名手配されてるの忘れたか?」
「いや、アカツキもこの世界の大まかな情報程度ならわかるようになったし、それなりに戦えるようになったし……次のステップに進んでもいいかなって。」
「次のステップ?」
そこでノーヴァは、一枚の紙を取り出した。
内容を見れば、どうやら帳簿のようで……
「見ての通り、どんどん減ってます。働こう。」
「怪盗業の戦利品は!?」
「盗品だよ?私欲のために売ったらただの盗人と同じだよ。」
いや尤もの意見だけども。
盗んだ魔法石が物置で完璧な管理のもと大切に保管されてるのも知ってるけども。
「この一ヶ月間どうして大丈夫だったんだよ……。」
「もしもの時の為に貯めてきた分があったからね。」
「もしもの時って……それ使っちゃダメなやつだろ!貯めておかなくてよかったのかよ!?」
「今がその『もしもの時』じゃないか。その甲斐あって、君がのびのびと修行できる時間が取れたし、やっぱり備えておくべきだね〜。」
ノーヴァは少しも後悔していないらしい。
いいのかよ。大事に取っておくものじゃないのか、そういうの。
いろいろ言いたいことはあるが、本人が気にしていないし、俺自身修行に集中できたから文句は言えない。
しかし、今になってその話が出てきたということは、『もしもの時』の分がそろそろ底をつくということなのだろうか?
「あ、別に明日の食事もままならないほどじゃないよ?でもいくらか貯めておきたいから、これ以上使う前に生活費にあてられる分を稼ぎたいんだよね。」
「あー……なるほどな……。つーか、お前って割とそういうところ細かく考えてるよな。食事と栄養バランス考えてるし、授業のメニューも効率いいし。」
「少しでも怠れば命取りだからね。……大切な事だよ。」
ん…………?
なんか一瞬、表情が暗くなった気がしたが気のせいだろうか……?
それを確かめる前にノーヴァはまた笑顔を浮かべた。
「それで、ギルドで冒険者として働くなら君用の新しい剣も買えばいいんじゃないかなって思ってさ。」
「いいのかよ?」
「自分に合った物を使った方が絶対いいからね。」
それで?どうする?
と、目で問いかけてくるノーヴァ。
よくよく考えれば、俺は今ノーヴァに世話になりっぱなしのヒモと変わりないんだよな。
それならばせめて食費分だけでも自分で稼ぎたいし……何より、自分がどこまで強くなったのか、どこまで通用するのか知りたい。
「……ギルドって、ここからどれくらいかかるんだ?」
俺の言葉にノーヴァが目を細めたのがわかった。
どうせ俺の答えなんか分かりきっていたのだろう。
「明日早朝に向かえば昼前には余裕で着くよ。今日は準備をして明日に備えよう。」
「わかった。」
「それじゃ、食器洗いよろしく!」
「はいはい……。朝食ごちそうさん。」
この一ヶ月で、全部世話になりっぱなしは申し訳ないから、自ら申し出て食器洗いを手伝うことになった。
……他の家事は、やろうとしたら余計散らかるし物も壊すしで、ノーヴァの仕事を増やしてしまい、やらせてもらえなくなった。
向こうじゃ一人暮らしだったけど、そこまで家事スキルは高くねぇんだよな俺…………。
「……うしっ。とりあえずやっちまうか!」
さっさと食器を洗い終えて、明日の準備をしよう。
俺はそう思い、袖を捲って食器を洗い始めたのだった。
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次の日、ギルドがある街までの道のりは長いようで短く感じた。
とはいえ、特にトラブルもなく森を抜け、シヴィム王国の首都「ヴィーマ」に着くことができた。
人で賑わい、あっちからもこっちからも商人達の物を売る、よく通る声が聞こえてくる。
遠くを見れば巨大な城があり、あそこにこの国の統治者がいる事は一目瞭然だった。
この大きな都でギルドを見つけられるのか……?
「ノーヴァ、どの辺りにギルドが……」
「ノーヴァじゃないよ、アカツキ。」
不安になってノーヴァに話しかけたが、奴は否定した。
黒髪を揺らして振り向いたそいつは、どこからどうみても一般市民の姿で、赤髪の怪盗だった時のような目立つ格好ではない。
そして彼は言った。
「僕は『エイル』。僕の名前は、『エイル』だ。間違えないでおくれよ?」
「……おう。悪かった、エイル。」
そう。ノーヴァは……『ノーヴァ』ではなかった。
星のような金色の瞳はそのままで、夜空のような黒髪がその瞳をより輝かせる。
リボンで結んだ髪を左肩に下ろし、その効果もあってか顔が左右で異なる事は、注意深く見ない限りわからないだろう。
『エイル』はノーヴァの偽名だ。
自分が指名手配されているため、正体を隠すためにノーヴァが持ちかけたのは、「俺の魔法による髪染め」だった。
※※※
「魔法でお前の髪を染めろ!?」
「そういうこと。僕は自分で言うのもなんだけど目立つからね。髪色だけでも変えれば、身バレは防げるかなって。」
死の森から離れた、人通りが少ない道でノーヴァは突如魔法で髪を染めろと言ってきた。
独学で使い方は知っているとはいえ、まともに使ったことのない俺にだ。いやまあ、この場で魔法が使えるのが俺だけだから仕方ないといえば仕方ないけども!
「無理無理無理!!もし失敗したらどうするんだよ!?」
「大丈夫だって!ほら、イメージして?そうだな……黒髪が無難かな。僕の髪が黒く変わっていくのを頭で思い描きながら魔力を高めるんだ。」
拒否権は相変わらずないらしい。
俺は細心の注意を払いながら……間違ってノーヴァを吹っ飛ばさないように気をつけながら、魔力を集中させていく。
独学のため、不安要素は数えきれないほどあるが、大体魔法はイメージすれば形にはなる。
魔力が暴走すると一番最初にマヴロ・フォティアの連中を吹っ飛ばした時のような、ああいう衝撃波になってしまうらしいから、ぶっちゃけマジで怖い。
そんなことを思っている間に、段々とノーヴァの髪色が黒くなっていき、最後には漆黒色に染まっていた。
「本当にできた……。」
「綺麗に染まったね。魔法の使い方も上手じゃないか!」
「そりゃどーも。」
黒くなった髪を摘んで嬉しそうにしている様子を見て、俺もまあ嬉しくなった。……褒められるのは慣れてないが、悪い気はしないよな。
「そうだ、僕の事はこの先では『エイル』って呼んで。ノーヴァって呼ばれると、変装の意味がないからね。」
変装というほど変装してないだろ。という野暮なツッコミは置いておく。
「……それが、本当の名前か?」
「あはは、まさか!僕の本当の名前は、とっくの昔に捨てたよ。」
「…………。」
ノーヴァは……いや、エイルはあっけらかんと笑って、また歩き始めた。
……まるで、それ以上聞くなと言うように。
「さあ、もう少しでヴィーマが見えてくると思うよ!行こう!」
「……おう。」
※※※
……というやりとりがあって、今ここにいる。
エイルは俺の前を歩き、迷う事なく進んでいく。
俺は後ろをついていきながら、街の様子を見る。
屋台が立ち並び、食べ物や骨董品を売っていてとても興味が惹かれた。
向こうの世界じゃ聞いたことのない食べ物とかもあるし、試しに食べてみたいな……。
俺がそちらに気を取られたまま歩いていると、突然止まったエイルにぶつかってしまった。
「ちゃんと前見て歩いてよ、逸れるよ?」
「悪かったよ……って、ここ……」
「うん、着いたよ。」
ここが、冒険者ギルドだ。
エイルが指差したのは、町の他の建物と同じように石造りの、しかし周りの建物より明らかに大きな建物だった。
入り口には看板が置かれている。
『冒険者ギルド シヴィム王国本部』
「ここがこの国の冒険者ギルドで……アルオローラ全体のギルドを束ねる、冒険者ギルド本部さ。」
「デカ…………。」
その大きさに口を開けたまま固まっていると、エイルに背中を押される。
「おい!?」
「ボーッとしてても始まらないよ!君がドアを開けて、新たな世界を見てご覧よ。」
「わかった!わかったから押すな!」
俺は一度深呼吸する。
冒険者ギルドか……。よく物語だと、いかつくて怖い犯罪者みたいな冒険者とかがいるけど、ここは果たして。
ごくりと息を飲み、俺はドアノブに手をかける。
そして俺は、目の前のドアをゆっくりと開けた。