アルオローラの常識
誰かに体を揺さぶられる。
誰だよ、もう少し寝ててもいいじゃないか……。
「アーカーツーキー!!もう朝だよー!!起きろってばー!!」
「だぁぁぁ!!うるせぇぇぇ!!!起きればいいんだろ!?起きたぞオラァ!!」
「おはようアカツキ!朝から元気だね!」
「誰のせいだと思ってんだ!?」
あまりの煩さに、起き上がるしかなくなった。
もう少し寝かせろよマジで。
その満面の笑みぶん殴ってやろうか。
俺を起こしたのは、バディになると昨日約束したノーヴァだった。
――あぁそうか、やっぱり夢じゃなかったのか。
昨日も壁に頭をぶつけて確認したが、次の日を迎えたし本当に夢ではないようだ。
その証拠は目の前の笑顔の怪盗。
昨日とは違ってザ・怪盗、という格好ではなく、ラフなシャツ姿だ。
「どうだい、異世界で初めて迎えた朝は?よく眠れた?」
「……おう。」
「それは良かった。家主としても嬉しいよ。」
実際、寝心地はとてもよかったから素直に答えた。
此処はノーヴァの隠れ家らしい。
ノーヴァが森の中に逃げたのは、近くにあるこの隠れ家に逃げ込む為だったという。
周りに他の人の気配もなく、自然の中に調和するように建っている小さなコテージのような隠れ家は、質素だが趣のある造りに思えた。
「朝食を食べたら、早速始めようか。」
「始めるって何を?」
「まあ……まずはこの世界の常識とか地理を覚える事からかな。とりあえず着替えなよ。ちょうど僕には大きい服があったからそれあげる。ご飯はもうできてるから、着替え終わったらおいで。」
「……手際良すぎねぇ?」
俺が呟いた時にはノーヴァは部屋を出ていっていた。
あまりにも手際よく色々用意され、ツッコミを入れる暇すらなかった。
つーか、服もらっていいのかよ。
仕方なく、ノーヴァが用意してくれた白シャツとズボンに着替える。俺が元々着ていたスーツは此処で保管しておいてくれるらしい。
確かにいつまでもスーツでいるわけにもいかないし、ありがたく借りておく事にした。
とりあえず着替えは済ませたし、朝食も用意してくれたらしいから隣の部屋に…………。
「改めて、おはようアカツキ!冷める前に食べちゃってね!」
「おは、よう……え、待って。これお前が作ったのか?」
「当たり前だろ?あ、別に変なもの入れたりしてないからね?僕、食べ物粗末にする奴大嫌いなの。」
「聞いてるのはそういう事じゃねぇよ……。」
扉を開けた瞬間固まってしまった。
なんか、テーブルがキラキラ輝いてる…。
すごく美味しそうなものがたくさん並んでる…。
促されるまま椅子に座り、目の前に並ぶ食事を改めてじっくり見る。
ジャムの塗られたパンに、野菜たっぷりのポトフ、あと盛り分けられた新鮮なサラダ。
「……ま、負けた…………。」
「え、何が?」
いや、張り合うのもおかしな事だとは思うのだが、なんだろう。なんか、こう、カップラーメン生活だった俺との違いを見せつけられてプライドが……。
俺が考え込んでいる間にノーヴァはもう食べ始めていた。
俺も食べようと思い、ポトフのスープを口に運ぶ。
「なんだこれ美味っ!?」
「お、よかった〜。お口にあったようで何よりだよ。」
口に入れた瞬間ほのかな生姜っぽい風味が広がり、俺は思わず口を手で覆った。
いやもう本当に純粋に美味いの一言しか出てこない。
怪盗じゃなくて料理人やった方がいいんじゃないか?
「今日は暑くなりそうだから、野菜たっぷり食べて対策しておかないとね。」
「完敗だわ。」
「だから何が??」
俺、そこまで考えられない。とりあえず食べられればいいとしか考えてなかったな……。勝てるわけないわ。
……あとでレシピ教えてもらおう。
俺は心の中で、そう決意したのだった。
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「さて、食器も片付けたし、早速勉強タイムといきましょうか!」
「ご馳走様。美味かったぜ。」
食べ終わった俺達は食器を洗いテーブルの上も片付け、水洗いしたタオルで汚れも拭き取った。
俺がタオルを絞っている間に、ノーヴァは綺麗になったばかりのテーブルの上に何やら地図のようなものを広げる。
なんだろう、世界地図みたいだが……。
「この世界の名前は知っているかい?」
「えっと……確かアルオローラ……じゃなかったか?」
「正解。夜明けの世界、アルオローラさ。」
「夜明けの世界?」
なんで夜明けの世界なのだろうか。
「この世界は千年前まで、多種族間の大戦争が続いていたんだ。陸続きだった世界は、戦争の激しさにより幾つもの島に分かれてしまってね……。あまりの被害に各種族は急ぎ停戦、条約を結ぶことで戦争に終止符を打った。」
「戦争……。」
「もうずっと昔の話だけどね。……まあ、そんなわけで、戦争という暗き時代を終え、新たな手を取り合う明るい時代にしようって意味で、夜明けの世界、アルオローラ……って名付けられたってのが、子供でも習う歴史。」
「なるほどな……。」
「ついでに、名前が似ていてややこしいのが、この世界で信仰される女神アリオラなんだけど……まあ、それはどうでも良いかな。また機会があれば話すよ。」
おい面倒臭いから説明省いただろ最後。
それにしても、なかなか壮絶な世界だったんだな、此処。
陸続きだった大陸が島に分かれるって、どれだけ激しい戦争だったんだ。
「ん?って事は、この地図に描かれているのが、戦争で分かれた島?」
「その通り。周りの小さな島もそれぞれ国ではあるけど、アルオローラの中心国となっているのは、この特に目立つ五つの島国さ。」
「今俺達がいるのは?」
「この島。種族としては人族……つまり人間が最も多く住む国、シヴィム王国だ。」
そう言ってノーヴァが指差した島は、それなりに大きい島のようだった。ノーヴァの言った中心国の一つらしい。
地図には色もついており、森や海がパッと見ただけでわかる。
さまざまな国の名前を見ていると、自分達が今いる国の細かい地理も知りたいだろうと、ノーヴァがシヴィム王国の地理が詳しく描かれた別の地図を渡してきた。
なるほど、シヴィム王国は人間が多く住むと言うだけあって町が多いのか。
シヴィム王国全体の地図の中、特に目立つのは海と繋がっている大きな森林だろうか。
島の4割はこの森林が占めている。
「ちなみに僕達が今いる場所はここね。」
ノーヴァが指差したのは4割を占める森林のちょうど真ん中。
それを見た瞬間、俺の顔から表情がごっそりと抜け落ちた気がした。
「…ノーヴァ、見間違いじゃなければ、ここ森だよな?」
「そうだね、森だね。」
「そんで地図にはここ、『死の森』って書かれているんだが?」
「そうだね、『死の森』だよ?」
「……………。」
「痛い痛い痛い、無言で腕殴るのやめて。」
一度本気で殴っちゃダメかなぁ…。
なんで重要そうなことを後出しにするんだ。
なんなら、俺が気付かなかったら、ここが『死の森』とかいう恐ろしい名前の森だって、絶対言わなかっただろコイツ。
「そもそも名前が物騒なだけで、全然呪われた森とかじゃないんだけどね。」
「じゃあなんでこんな名前なんだよ。」
「空気に魔素が一切存在しないから。」
また新しい単語出てきた。魔素?
あれかな、魔法を使うために必要な物みたいな?
「名前から大体わかる通り、魔法の素さ。どんな魔法にだって魔素が必要だ。でも、この森には魔素がほんの少しも存在しない。だから魔法が当たり前のこの世界で、魔法が使えなくなるこの森は、忌み嫌われる死んだ土地として、『死の森』と呼ばれているんだ。」
「なんで魔素が存在しないんだ?」
「さっき大戦争の話をしただろう?この森がある場所が、かつて最も激戦区となった戦場だったんだよ。」
その激しい戦いで魔素は一つ残らず使われてしまった。二度と魔素が復活しないほどに。無くなってから戦争の愚かさに気付くなんて馬鹿だよね。
ノーヴァは明るく笑ってそう言うが、俺は笑えるような気分ではなかった。
だってそれだけ此処で、命を落とした人がいたことの証明じゃないか。
自分にはまだよくわからない事とはいえ、魔素というものが完全になくなるほど激しい戦争が行われていたというのは、戦争なんか知らずに育った俺からしたら現実味はないが、確かに悲しい事に思えた。
「まあ、魔素がなくなって人が踏み入らなくなったからこそ、これだけの自然が育ったんだし……悪いことばかりじゃないさ。」
「…………。」
「さてと、気持ちのいい話ではなかったところで申し訳ないが、もう一つ、この世界の気持ち悪い常識を教えておこうか。」
コイツ悪魔だろ。俺が結構気持ち沈んでいるのわかった上で、まだ説明続ける気だ。
だが、この世界で生きていくならば知っておかなければならない事だろうし、腹を括ってノーヴァを見る。
ノーヴァは、一呼吸置いて話し出した。
「この世界では、基本どんな種族だって魔力を多かれ少なかれ持っている。逆にいえば、魔法が使えない奴、使えても大した魔法が使えない奴は、出来損ないのレッテルを貼られる。」
「そんなにか?」
「それがこの世界の当たり前だからね。……そして、その出来損ないの事は『魔力なし』って呼ばれているんだ。……珍しすぎて、完全な魔力なしはいるかどうかも疑われるほどだけどね。」
「だけど、常識として魔力なしってのが認識されているなら、本当に存在しているんだろ?」
「まあね。でも、魔力なしだとバレたら奇異の目に晒されるし、道を歩くだけで笑われるし、同じ生き物としての扱いはされないから、名乗り出るやつはいないけど。」
「そこまで酷いことあるのか?」
そしてノーヴァは、俺を見てまた笑う。
「……僕自身が魔力なしだし、体験談だよ。」
「は!?」
ノーヴァが魔力なし!?
突然のカミングアウトすぎる。
おかしいだろ、だってコイツは魔法を使って捕獲しようとしていたノーレンさん達を難なく躱していたし、マヴロ・フォティアの奴とも戦って………。
ふと、思い至る。
そういえば、ノーヴァは一度も魔法らしいものを俺の前で使っていない。
相手が魔法を使ってきた時も、ノーヴァは避けるかステッキで応戦するかだけだった。
……まあ、まだ1日しか一緒にいないんだし、それだけじゃなんとも言えないが。
「そういうわけで、一緒に行動するアカツキの事を悪く言う輩もいるかもしれないから、それは覚悟しておいてね。」
「…………。」
何も言えず、俯いてしまった。
ノーヴァは、今まで周りから出来損ないと言われてきたのだろうか。だからそんな風に……他人事のように笑えるのか?
気まずい沈黙が流れるが、それを終わらせたのもやはりノーヴァだった。
「……さて!暗い話が続いたし、次はワクワクしちゃう楽しい話にしようか!!」
パンッ、と手を鳴らし、それまでより明るい声でノーヴァが告げる。
気を使わせてしまったな。
本人が明るく振る舞おうとしているのに、詳しく知らない俺が勝手に憐れむのは、本人に対する侮辱になるだろう。
折角ノーヴァがわかりやすく説明してくれているのだし、気持ちを切り替えてしっかり聞くことにしよう。
気合を入れ直してノーヴァを見て、
「ズバリ、僕らが狙うお宝について!!」
「いやワクワクするのお前だけだろ。」
何故かツッコミを入れる羽目になった。
おい待て、俺が真剣に考えた時間返せ。
っていうか、俺は別にワクワクしていないし、この世界で生きていくために仕方なく手伝うだけなのだ。そう、仕方なく!!!
……別に気になっているなんて事ないぞ。
ただ、どうやって警備の目を掻い潜って宝を盗み出すのか〜とか、どんなお宝を狙うんだろう〜って事に興味があるだけで、ワクワクしているとかそういうわけでは絶対にないからな。
だからやめろ、そのニヤニヤ顔。
「じゃあ、アカツキも気になっているようだし、これから狙うお宝について話すよ〜。」
「別に気になってない!!」
「はいはい。それで本題だけど、僕は無差別にお宝を盗んでいるわけじゃないから、ターゲットは絞られてくるんだ。」
そう言って、ノーヴァはこの世界での新聞のようなものを取り出した。
ノーヴァ曰く、魔法新聞と言い、一枚持っているだけで、毎日勝手に内容が更新される魔法道具らしい。名前の通りの道具だな……。
ちなみに、魔法道具は魔力なしでも使えるよう、魔法石を使って作られているとか。……まあ、どの魔法道具も超高額らしいけど。
その魔法道具の一つを持っているノーヴァに驚きながら、俺は新聞に目を通す。
うわ、一番目立つ大きな記事は昨日のノーヴァじゃねえか。
《怪盗ノーヴァ、またもお手柄!?》
という見出しの記事には、ヴィスローニュ伯爵の悪事や、ノーヴァ盗み出した魔法石について、面白おかしく書かれていた。
「そういえば、伯爵は何してたんだ?」
「簡単に言っちゃえば、裏組織との取引やら人身売買やらかな。そういうゲス野郎の罪を暴いて、僕も奴らに繋がる証拠を探しているんだ。」
「そうすると、今まで盗んできたのもそういう奴らの?」
「もっちろん!つまり僕が盗みに入るだけ、この世界に悪い奴らがいるってわけ。最悪だね!」
たしかに最悪だわ。コイツがこんなに有名ってことは、それなりに実績があるということだし、俺がこの世界に来るまでにいくつもの宝を盗んでいたはずだ。
悪事に手を出してる奴多くないか。
「……まあ、これから僕達が狙うのは、今までよりも規模がでかいけど。」
「今までより?」
「うん。今までは『魔法石』とか、貴族の悪事に関する物を盗んできた。でも今度は…世界に五つしかない『魔導石』…」
ノーヴァは5枚の紙を地図の上に並べる。
五つの鮮やかな宝石。
それをノーヴァは、こう呼んだ。
「女神アリオラからの贈り石…『アルトレアス』だ。」
用語を一気に出してしまいました……。
わかりづらかったら申し訳ありません。
作者自身、しっかり話に活かせているわけでは無いので、なんとなく「こんな用語あったなぁ〜」と思っていただけるだけでも大丈夫です。