バディ結成
息が苦しい。心臓が大きく、早く脈打っている。
あれからどれだけ逃げただろう。
ノーヴァに手を引かれるまま、気が付けば鬱蒼とした森の中にいた。
「この辺りまで逃げれば、とりあえず平気かな……っと、大丈夫かい?」
「これ…が、だいじょ、ぶに……見え…か……!?」
「見えないね。とりあえず水飲みなよ。」
少し開けた場所で止まった瞬間に、とっくに限界だった俺は座り込んだ。
なんでノーヴァは息一つ乱れてないんだよ!?
張本人は涼しい顔をして、近くにあった泉の水をボトルに入れ、俺に渡してきた。
俺は渡されたそれを受け取り、ありがたく水を飲ませてもらう。
めっちゃ美味ぇ。水ってこんなに美味かったっけ!?
「少しは落ち着いたかな?ごめんね、余裕がなかったからさ。」
「いや…それはいいけど……。…ありがとう、おかげで助かった。」
ノーヴァに守られなければ、おそらく俺はあの仮面の奴らに殺されていただろう。
流石にお礼を言わないってのは俺のプライドが許さないから、しっかりと礼を伝えておく。
目を大きく開いてキョトンとしていたノーヴァは、唐突に吹き出した。
「なんで笑った!?」
「いや、ごめんごめん!まさかお礼を言われるなんて思ってなかったから。そもそも僕が巻き込んだようなものだったし……。あ、そうだ。」
ノーヴァは座ったままだった俺に視線を合わせるように屈み、右手を差し出してきた。
「こちらこそ、助けてくれてありがとう。君のおかげで逃げる隙ができた。
改めて……僕はノーヴァ。知っての通り怪盗だよ。」
「……俺は暁晴斗。よろしく……」
言いながら思った。
――あれ?俺捕まえようとしていた相手とよろしくしていいのか?
いや、でも、一般常識として挨拶は必要なことだしいいの、か……?
握手するのを少し躊躇っていると、ノーヴァの方から俺の手を取り、半ば無理やり握手をする流れになった。
「こちらこそよろしく、アカツキ。」
「お、おう……。」
まあいっか。命を助けてくれた恩もあるし、許されると思いたい。
「そういえば、お前なんであそこにいたんだ?てっきりもっと遠くに逃げてるもんかと……」
「灯台下暗しって言うだろう?だから冒険者達が遠くまで探しに行ったら下に降りて、悠々と帰ろうと思ってたんだけどねー。」
あぁ、なるほど。他の人達はもっと遠くを探しに行っていたから会えなかったのか。
そして俺は路地裏で迷って、屋敷から近いところにいて、偶然……本当に偶然、ノーヴァの裏をかく形になったわけだ。
喜べばいいのか、悲しめばいいのかわからないな…。
「まあ想定外だったとはいえ、アイツらがやっと表に出始めたってことが確認できたし、僕も悪運強いのかな?」
「アイツら……って、あの仮面の奴らか?」
「そう。僕の敵さ。」
敵……ノーヴァは確かにそう言った。
しかし、そうするとノーレンさん達…えっと、確かギルド?の人達も、コイツを捕まえようとしているし、敵のはずだ。
――この怪盗は、一体何と戦っているんだ。
泉を見つめるその横顔からは想像できないほどの何かを…この怪盗は抱えている気がした。
俺の視線に気が付いたのか、ノーヴァは俺を見てまた笑った。
「言っておくけど、僕のことやアイツらのこと聞いたら、後悔するよ?」
「……また心読んだ?」
「君がわかりやすいんだってば。」
そんなにわかりやすいのかよ俺。
つーか、後悔するって…そんなヤバい事なのか?
だけど…それでも、俺は聞きたいと思った。
この怪盗が何を目的として盗みを働いているのか。
その星の瞳が、何を見据えているのか。
――この怪盗のことを、知りたい。
そう思ってしまった。
「……教えてくれ、ノーヴァ。
お前が盗みを働く理由を。あの仮面の奴らとの関係を。…俺を助け、連れてきた目的を。」
「後悔するって、言ったよね。それでも構わないと?」
「……あぁ。」
むしろ、知らない方が後悔する。
あの仮面の奴らは言っていた。
『我々の姿を見た者は、誰一人として生かしては帰さん。』
あの言葉が本当だとすれば、この先も俺は命を狙われるかもしれない。
これからも命の危険に晒されるなら、奴らの事を詳しそうなノーヴァに色々と聞いておくのも、一つの手だと考えた。
「君、僕のことそんなに信用していいの?僕が嘘を教える可能性とか考えないわけ?」
「お前はそんなことする奴じゃねえだろ。話したのはほんのちょっとだけど…それでもわかる。
お前は、曲がったことはしない。そうだろ?」
ヴィスローニュ伯爵の屋敷で見た景色を思い出す。
おそらく伯爵の不正の証拠が書かれた紙を、ノーレンさん達に渡すことで表沙汰にした。
彼らに包囲されている状態を逆手に取り、隠蔽される可能性の少ない方法で悪を裁いた。
それに、戦いに巻き込まれた俺のことも、敵であるにも関わらず守ってくれた。
ノーヴァに守られなければ、俺はあの路地裏で殺されていただろうということは、容易に想像できる。
…そもそも巻き込まれた原因がノーヴァなのだが、まあそれは置いといて。
怪盗ノーヴァは悪人の罪を暴き、人を守る強さを持つ怪盗だと思った。
どこまでも真っ直ぐなあの瞳を見て、そう確信した。
そんな彼が、必要のない嘘を言うような人物には思えない。
「買い被りすぎだよ。でもまあ……そうだね。思っていたよりも度胸があるようで、正直君のこと、気に入った。」
「っ!」
「教えるべきか悩んでたけど…うん、そこまで言うなら話すよ。」
ノーヴァはそう言って、俺の隣に腰掛けた。
長い話になる…という事なのだろう。
暫しの静寂が流れる。
木々の間を流れる風の音が聞こえ、ノーヴァの長い赤髪も揺れていた。
やがて、ノーヴァは呟いた。
「色々教えるためには、やっぱりまずは仮面の奴らについて話すべきかな。
アカツキ、君はアイツらの事…どう思った?」
「……第一印象、ヤベェ奴ら。人の命簡単に奪いそう。」
「大正解だよ。アイツらはヤバい奴らだし、人の命をなんとも思ってない。」
ノーヴァは笑顔を消し、眉を顰めた。
「常に闇の中に潜んできた最悪な連中で、アイツらはとにかく執念深い。……なんとなく気付いているとは思うけど、これからずっと命を狙われると思うよ。」
「ずっと…?」
「そう、死ぬまでずっと。狙われたら、まず生きられないだろうね。」
ゾッとした。
それはつまり、これから四六時中、安心できる瞬間などない…という事ではないのか。
――俺、何日生きられるだろう…。
死んだばっかりなんだけどな……。
またすぐに死ぬのかな……。
なんて思っていたが、一つ気になることができた。
「ノーヴァ、お前はアイツらにずっと命を狙われているんだろう?……いつからなんだ?」
「僕?」
「そう、お前。」
「10年かな。」
「………………なんて?」
10年……?あのヤバい奴らから、10年…………?
あまりにも想定外過ぎた数字に、俺は思考が停止してしまった。
コイツ、マジで化け物なんじゃないだろうか。
「ってか、10年間もアイツらお前のこと殺そうとしてんの!?何盗んだ!?お前何盗んでそんなに恨まれてんだ!?」
「僕が先にちょっかい出したの前提で話進めるのやめてくれる?むしろ僕が盗まれてるんだよ。」
「えっ?」
つまりあの仮面の奴らに、ノーヴァが先に狙われたということか?
何故?
「……アイツらのボスに、僕の身体を奪われたんだ。」
「身体…?」
「そう。半分は10年前に為す術もなく奪われた。まあ、色々なことが重なって、なんとかもう半分は守れたけど…、お陰様で僕はこんな見た目になったわけ。」
胸に手を当て、ノーヴァは困ったような笑みを浮かべる。
「……本当のお前は、どっちなんだ?」
「こっちだよ。もう半分は…機会があればその時に話す。一つ言えるとすれば、仮面の奴らのボスの身体ではないってことだけかな。……巻き込まれた子がいたんだ。」
案の定…と言えば案の定ではあったが、ノーヴァは俺から見て左側……本人からすれば右半身、つまり男の方が本当の姿だと示した。
女性側の身体が誰のものなのかは、まだ教えてくれないらしい。
知りたいと思ったが、その寂しそうな顔を見たら何故か聞いてはいけない気がして、それ以上聞く気にはなれなかった。
「ところでさ、いい加減、仮面の奴らって言い方も面倒臭いんだが、ボスがいるってことは何かの組織なんだろ?呼び方とかないのか?」
「言っただろ、闇に潜んできた連中だって。公にわかるような呼び方はないのさ。」
「マジか…呼びにく……」
「まあ、僕の持ってる情報辿ってなんとか調べたけどね。」
「知ってんじゃねーか!!」
「知らないとは一言も言ってないもん。」
コイツ、俺の反応楽しんでないか!?
あ、楽しんでるな、ニヤニヤ笑ってるし!!
やっぱムカつく奴!!
「それで、なんていう組織なんだ?」
「……マヴロ・フォティア。」
「マヴ……何?」
「マヴロ・フォティア。黒い火、という意味を表す言葉だよ。」
なんだその、厨二臭いけどカッコいい名前。つけた奴センスあるな?
って、そうじゃねえ。あくまで俺達の命を狙っている組織の名前だった。
それにしても……ノーヴァはマヴロ・フォティアについて、かなり詳しく調べているようだ。
どうしてそこまでして、自分の命の危険すら顧みず、奴らと戦っているのだろう。
それに怪盗なんて目立つことをしていたら、余計マヴロ・フォティアに自分の居場所をばらしてしまっているのでは……。
そして俺は、一つの可能性に気付いた。
「…ノーヴァ、お前、まさか……」
「気付いちゃった?」
もう何度か見た、悪戯っぽい笑みを浮かべ、ノーヴァは言う。
「僕は夜の舞台で輝く新星だからね。真っ黒な闇だって照らしてやるんだ。
僕の目的は一つ。怪盗として活動して奴らに存在を教える。そしていつか奴らを闇から引き摺り出して、その悪事を暴く。ついでに身体も奪い返してやるのさ!」
それ、目的一つどころじゃなくないか?
でも……あぁ、この怪盗はなんて真っ直ぐなんだろう。
その瞳には成功する未来しか描いておらず、自信に溢れているように見えた。
――俺とは、正反対だ。
ノーヴァは、陽介と似ている。中身的な意味で。
確かな目的を持って、それに向かってただ努力を重ねられる、そんな人なのだろう。
「……なんで、俺にそこまで話してくれたんだ。初対面で、お前の敵であるはずの俺に。」
なんとなく、話を逸らしたくなって、俺はそう聞く。
あのままノーヴァの澄んだ瞳を見続けていたら、自分がひどく惨めに見えそうだったから。
「君が知りたがったんじゃないか。僕の目的、アイツらの事、あと…君を連れてきた理由だったかな?」
「っ!そうだ、それ!なんで俺を……」
「その前に!」
1番の謎を聞こうと思い口を開いたが、ノーヴァに遮られた。
「僕ばかり話すのは不公平じゃないかい?」
「えっ。」
「今度は君の話を聞きたいな。君がどこの誰で、何故ギルドの冒険者じゃないのに彼らに協力していたのか……、教えてもらえる?」
「……それは、」
素直に話して、いいのだろうか。
ノーレンさんの時みたいに濁すことも考えた。
しかしノーヴァはおそらく本当のことを話してくれたのに、俺は嘘を交えて話すっていうのは良心が痛む。
それに、何故だろう。
――ノーヴァには、話してもいい気がする。
彼にはそう思わせる何かがあった。
俺は意を決して、口を開く。
「…多分、信じてもらえないと思うけど、俺は……」
そして俺は、全てを話した。
こことは別の世界から来たこと。
本当は死んだはずだということ。
路地裏でノーレンさんに出会い、彼の仕事を手伝うことになったこと。
魔法なんか使えないはずなのに、あの時何故か使えたこと、全て。
ノーヴァはただ黙って聞いていた。
時々相槌を打ちながら、俺の言葉に耳を傾けてくれた。
全てを話し終え、どんな反応を返されるか内心ビクビクしていた俺は、ノーヴァの次の言葉に呆けるしかなかった。
「とても大変だったんだね、アカツキ。そんなにいろんなことが一気に起こったんじゃ、疲れただろ。」
「……信じて、くれるのか?」
「俄には信じ難いけどね。でも、本当のことを話してくれたのは、君を見ていればわかるよ。
どんなに信じ難くても、僕は君を信じる。」
その言葉に酷く安心した。
追っていたはずの怪盗に、慰められて、信じられた。
俺は顔を俯かせる。
この世界で目が覚めてから、自分でも気付かない間に、かなり気を張っていたのかもしれない。
信じる、その一言を言われただけで目がじんわりと熱くなった。
ノーヴァは敢えてそれに気付かないふりをしてくれたらしく、そのまま話を続ける。
「そうすると……アカツキはこの後行く宛とかはあるのかい?」
「いや……何も決まってないし、どこに行ったらいいかもわからない。」
「ふむ……」
口に手を当てて、ノーヴァは考え込む。
ノーヴァに言われて気付いた。
俺、マジでこの後どうしよう。
流れに任せて――というか、俺が頼んで――ノーレンさんと一緒にノーヴァを追いかけ、ノーヴァに巻き込まれマヴロ・フォティアに命を狙われ、ここまで逃げてきた。
いや、本当に色々と起こりすぎて、これからどうするべきか考えてなかった。
野宿とかになったら、俺大丈夫だろうか…と遠い目をしていると、突然両手を掴まれ、かなり驚いた。
「決めた!僕のバディになってくれ、アカツキ!」
「はぁぁ!?」
何を言っているんだこの怪盗は!?
バディ…って相棒だよな!?
いや……マジで何を言っているんだこの怪盗は!!??
「お前正気か!?俺!!ギルドに協力してたんだけど!?」
「失礼な、正気だとも。実は君の話を聞く前から勧誘しようか迷ってたんだよ。君の魔法を見てからずっとね。」
「魔法……って、あの時の?」
路地裏であの3人を吹き飛ばした時のことを思い出す。
必死すぎてなんでああなったのか全くわからないが、あの時、満面の笑みを浮かべた瞬間から、ずっと俺を勧誘しようとしてたってことか。
「信じられないと思うけど、君の魔力量は多分すごく多い。使い方を学べば、必ず伸びると思うんだ。」
「……なるほど、つまり俺に使い方を覚えさせて、サポートさせよう…って事か?」
「簡単に言えばね。だからこそ君に、僕の目的も奴らのことも話した。君と僕が手を組めば、必ず目的を果たせる。それに……僕なら奴らから君を守ってあげられるしね。」
そういうことか。
ノーヴァが素直に全部話してくれたのは、俺を勧誘するためだったわけだ。
そして俺は、見事に引っかかったと。
してやられて悔しいと思うと同時に、何故か胸が高鳴るのを感じた。
でもそれは、さっきまでの自分の行動に矛盾する答え。
いいのだろうか、最終目的は結果的に良い事なのかもしれないが、盗みを働く事は明らかに悪い事だ。
マヴロ・フォティアから守ると言ってくれたノーヴァが本当に良い奴なのはわかったが、一般的に見れば怪盗も「悪」として認識される。
その手助けをしても、いいのか。
「行き場のない君に居場所をあげる。」
「っ!」
「この世界の常識や文化、奴らとの戦い方、生きる術、君が望むならなんだって教えてあげる。
その対価として魔法でサポートしてくれれば、それ以上は望まない。
マヴロ・フォティアを倒したら、バディを解消してくれていい。」
立ち上がったノーヴァは俺の前に立つ。
森の中に差し込む月光を浴び、ノーヴァの笑顔はとても、神秘的なものに見えた。
「無理強いはしない。君が拒むならこれ以上の勧誘はしないし、君と今日出会ったこともなかったことにする。」
「……俺は…………」
「でも、バディになってくれるなら……」
怪盗は……ノーヴァは、右手を差し伸べる。
「君が見たことのない世界を見せてあげる。」
その言葉が決め手だった。まだ多少の迷いはある。
……それでも。
この怪盗がどんな世界を見せてくれるのか気になってしまった、俺の負けだ。
「……信じていいんだよな?」
「もちろんだとも。約束する。」
「……わかった。」
そして俺は、ノーヴァの手を取り、立ち上がる。
「協力するのは、とりあえずマヴロ・フォティアを倒すまで。それでいいか?」
「ああ、約束する。」
「わかった。……よろしくな、ノーヴァ。」
「こちらこそ、アカツキハルト。」
あくまで自分の身の安全が確保されるまでの協力関係。それは、本当に名ばかりの相棒。
しかしその日確かに……
俺は、怪盗の相棒になったんだ。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
各話ごとに文字数が増えていってしまいましたが、ここからは少し文字数が減ると思います。(大体5000字前後を目安にする予定です。)