桃星へ
目が覚める。
見慣れた天井。使い慣れたベッド。
窓の方を見れば、ノーヴァが縁に腰かけ、外の景色を眺めていた。
彼の髪が朝日で煌めいている。
「……ノーヴァ?」
「っ!おはよう、アカツキ。調子はどう?昨日はいきなり倒れるからびっくりしたよ。」
「悪かった……。なんか変な夢を見た気が……いっっ!!??」
起きあがろうとすれば、全身に電気が走ったような痛みが広がった。
「無理しないほうがいいよ。昨日あんなに戦ったんだから、全身筋肉痛だろうさ。」
「お前は平気なのかよ?」
「戦いは慣れていたからね。強いて言うなら吐き気が続いてることかな……。」
「それ重症じゃね?」
ハハハ、といつもよりも顔色が悪いノーヴァが笑う。
心なしか、少しげっそりとしている気が……。
どうしてそうなった?
「多分、魔力酔いじゃないかしら?昨日、ノーヴァはアカツキと繋がることで、初めて魔法を使ったんでしょ?多分慣れてないから酔ったのよ。」
クーシェがそう言って、ノーヴァの背を摩る。
俺が起きる前から窓に座って外を見ていたらしいノーヴァは、外の空気を吸ってだいぶ調子が良くなったと笑う。
そしてこちらを見て言った。
「それよりもこれ。冒険者ギルドからの緊急のお知らせ。見てみなよ。凄いことになってる。」
「えっ?……っ!」
投げ渡された一枚の紙。
それは冒険者ギルドに所属する者に、新聞で話題になるよりも先に事態を把握しておくために、事前に知らせる魔法を使って自動で送られてくる便りだった。
そこには、ノーヴァがアルトレアスの一つを盗み出したことが大々的に書かれていた。
『女神からの贈り石』を盗むという前代未聞の事件。
そして、その隣にはフェルロスが逮捕されたことも書かれていた。
帝国騎士団の活躍によってフェルロスを初めとした裏切り者が一斉に捕まったことで、国が危機から守られたという内容。
しかし、それだけ多くの裏切り者がいたことへの、騎士団やカイトさんが騎士団長を務めることへの懸念や不安が国民達の間に広がることが予想されると書かれていた。
盗んだ犯人である俺が言うのも変だが、国宝と言うべきルネララムをまんまと盗み出されたことで、騎士団のメンツにも影響が出てしまったようだった。
「……騎士団には悪いことしたな。」
「こうなるとわかっていて、それでもカイトは僕達に手伝いを頼んだんだ。寧ろ、非難されることすら彼の望みだったのかもね。」
本当にそうだとしたら、カイトさんは今後どうするのだろうか。
間違いなく、国民達からの非難は殺到する。
様々な対処に追われることになるだろう。
「そこは僕が最後に言った通りだよ。」
「え?」
「ルネラント支部の冒険者ギルドと協力するさ。その為に発破をかけたんだから。」
「……また俺顔に出てた?」
「わかりやすかったよ。」
「私ですらわかったわ。」
二人にそう告げられ、表情を引き締めておく練習もしようかなと思った。
ふと、自分のベッドに移動したノーヴァが俺の前に座り、やれやれと頭を振った。
「そもそも、カイトはフェルロスを逮捕できるくらいには重要な証拠を既に集めていた。」
「でも、マヴロ・フォティアに消される可能性があったから、俺達に協力を頼んだんだろ?」
「逮捕に踏み切ってしまえば消される前に対処できる。証拠だってあるんだから、捕まえようと思えば難しいことではなかったと思うよ。」
「え?じゃあ、なんのために……」
俺の言葉に、ノーヴァは考える仕草を見せて、一つの可能性を口にした。
「……もしかしたら、フェルロスに当たり前のことを気付かせる機会を与えたかったのかもね。」
「それって、俺が最後アイツに言ったやつか?」
「うん。僕にしてもアカツキにしても、騎士団とは関わりのない立場で、客観的な意見、見方をすることができる。そんな僕達がフェルロスに己の価値観を見せることで、カイトはフェルロスに当たり前だったことに気付いてほしかったのかもしれない。……実際、君のおかげでフェルロスは最後に気付けたようだったし。」
「……客観的、か……。」
「自分が非難される結末になるとしても、友として、大切なことを思い出させたかったのかもね。」
俺は自分が言いたいことを言っただけだ。
でも、それが少しでもカイトさんの助けになって、フェルロスの妖精に対する考え方に影響を与えられたのなら……カイトさんが望んだ結末になったということなのだろうか。
カイトさんは、フェルロスを本当に友人だと思っていたのだろう。
だからこそ、一手二手先を考えて怪盗ノーヴァに協力を求めたんだ。
――とにかく、これでルネラントでの仕事は一件落着、か。
深く息を吐いて、そういえばと思い浮かんだ考え。
こんな大事になって、あの人が知らないわけがない。
そう思った瞬間感じた嫌な予感に、俺は咄嗟の判断で、ノーヴァの髪を黒く染める。
突然のことにノーヴァもクーシェも驚いたが、俺のこの行動は正しかったことだと、三人同時に知ることになった。
染め終わると同時に騒がしくなる隣の部屋。
ガタガタガタッ、ゴトン、ガシャン!
と、派手に暴れる音が聞こえ、クーシェは怖かったのか俺のフードに隠れてしまった。
それから暫くすると、部屋のドアが派手にノックされる音が聞こえた。
「アカツキ!エイル!起きてるか!?ノーヴァがついにやりやがった!!」
「起きてます!!便り見ました!!」
反射的に俺が答えて鍵を開ければ、同時に飛び込んでくるノーレンさん。
肩で息をしながらも、その瞳はギラギラと輝いていて、あまりの気迫につい一歩後ろに下がってしまった。
興奮冷めやまない様子のノーレンさんは、持っていた新聞をぐしゃぐしゃになる程握って叫んだ。
「クソォ!!まさか本当に魔導石を盗みやがるとは!!俺も許可が出ていたなら絶対に加勢したのに!!」
「あはは……それはしょうがないですよ……。」
「ノーレンさんのことだから、内緒で忍び込んでノーヴァ逮捕に乱入!とかやると思ってましたよ、僕。」
「やろうと思ったんだが、それを察したアンにいつもの倍の仕事手伝わされてな……気がついたら予告時間過ぎてた。」
「強制とはいえ給料くれるし、残業代も出すあたり、しっかりしてるよな。」と笑うノーレンさんは、どこか遠い目をしていたとだけ言っておく。
っていうか、やっぱり乱入考えていたのかよ。
自分で聞いておきながら、ノーヴァ……ではなく、エイルは引いてる。
ノーレンさんの怪盗ノーヴァに対する情熱が凄すぎるんだよなぁ……。
エイルの顔色を見る限り、多分あれ、騎士団に冒険者と協力するように言ったこと後悔しているだろ。
その時だった。
「なんですかこれぇぇ!!??」
隣の部屋から聞こえてきた叫び声。
ドアから顔を出せば、アンさんがノーレンさんの部屋の前でワナワナと震えていた。
そしてそのすぐ後、鬼の形相でこちらに振り向き、ズンズンと向かってきた。
え、本物の鬼じゃん……?エルフだよねアンさん……?
俺が思わず扉を閉めてエイルのそばに逃げれば、ノーレンさんが明らかに顔色を変えた。
そして同時に、荒々しく開け放たれる部屋のドア。
バキャッ!って音したけど大丈夫か?
「おはようございまぁす。ノーレン、貴方一体何しやがりました〜?」
「お、おはようアン。隣の部屋がどうかしたか?」
「隣の部屋のことだとわかっていてくれたようで何よりです〜。この宿、冒険者ギルドと提携しているんですよね。……宿の備品、かなり壊れてますけど弁償していただけるので?」
「喜んで払わせていただきます大変申し訳ございませんっした!!」
表情を無くしたアンさんの迫力が凄い。
離れた所で見ているだけの俺達にも、アンさんの殺意が伝わってくるほどだった。
「ノーヴァの予告日も過ぎたし、通常業務に戻っていただこうと思いましたが、無理になりましたね。」
「えっ。」
「引き続き事務仕事の手伝いよろしくお願いします、ということです。備品の総額分で考えれば二、三日伸びるだけでしょうし。」
期間延長に崩れ落ちるノーレンさん。
冒険者として、外に出て依頼をこなしているノーレンさんには、事務仕事は本当に退屈でつまらないんだろうなと、目の前の彼を見て思った。
ふと、思い出したと言わんばかりにアンが俺達の方を見る。
「そうでしたそうでした。元々、これを伝えにきたんですよ私。どこぞの先輩ヅラおじさんの厄介ごとに巻き込まれたせいで、危うく忘れる所でした。」
「それ俺のこと言ってる?アン、俺のこと言ってる??というか、年齢的にはお前の方が……ごふぁ!?」
ノーレンさんの言葉は最後まで言いきる前に、アンさんが華麗な腹パンを決めたことで止められた。
そしてアンさんは、何もなかったかのような微笑みを浮かべ、俺の手のひらにそっと何かを乗せて渡してきた。
見てみればそれは、ピンク色の星のバッジ。
「おめでとうございます、冒険者アカツキ君。緑星から桃星にランク昇格です!」
「……は?…………えぇっ!?」
「すごいじゃないか!さっすがアカツキ、おめでとう!」
俺は突然の展開に驚き、間抜けな叫び声をあげてしまった。
エイルは肩を組んできて、俺が手に持つ桃星のバッジを覗き込んできた。
「ま、まだ冒険者歴一ヶ月なんですけど!?もう昇格していいのか!?早くない!?」
「歴なんて関係ありませんよ。それだけ短い間にたくさん功績を残したってことです。ノーレンが無理やり入れまくった依頼もありましたし、むしろ妥当な期間かもですね。それにこれ、騎士団長の推薦でもあるんです。」
「騎士団長って……カイトさん!?」
カイトさんの推薦ってどういうことだろうか。
エイルと顔を見合わせていると、アンさんが続きを話してくれた。
「カイトさんだけでなく、そこで伸びてるノーレンからも推薦がありました。ランク昇格はアカツキ君だけにはなりますが、お二人とも、貴方達の実力を大いに認めているそうで、よりランクの高い任務もこなせるだろうと推薦されたそうです。」
「いつの間に……。」
「いつの間に、はこちらのセリフです!いつの間に騎士団長にも実力を認められるような任務受けてたんです?あ、もしかして申告していない追加任務やりやがりました!?」
「違う違う!!色々あったんだよ、色々!!プライベートの方で会ったから、その時かな!?」
あの人、さては俺達の怪盗業での実力で推薦出しただろ。
バラされていないのは助かったが、アンさん相手に誤魔化すの大変なんですけど。
「俺が知らんところでお前さん達がカイトと会っていたってのは少し気になるが……まぁ、プライベートまで口を出すわけにはいかないから、それは何も言わねぇさ。それにアイツの人を見る目は確かだし、俺もお前達の実力を認めている。」
「ノーレンさん……。」
「だからまぁ、2人で独立しても十分やっていけるだろうさ。」
そうだ。元々、俺のランクが上がるまでってことでノーレンさんとパーティを組ませてもらっていた。
つまりランクが上がった今、ノーレンさんとパーティを組んでいる理由はなくなった。
もう、やろうと思えば俺一人で任務を受けられるということだ。
でも……一ヶ月とはいえ、かなりお世話になったのに、こんなにあっさりと独立してもいいのだろうか。
俺もエイルも、なんて答えたらいいのかわからず顔を見合わせる。
すると、ノーレンさんが静かに言った。
「……実はな、俺の方がパーティ続けられなくなったんだ。」
「え?」
「ノーレンさん、それ、どういう……」
「依頼を受けたんだ。冒険者ギルド本部から直々にな。長期の単独任務って話で、お前達と組み続けられなくなったんだよ。」
「そうなんですか……。」
確かに元々の予定ではランクが上がり次第独立って予定だったし、好都合と言えば好都合だ。
でも……。
多分、エイルも同じ気持ちなんだろう。複雑な顔をしていた。
「ははは!そんな顔するなお前達!何もこれが永遠の別れってわけじゃないんだ、また必ず会えるさ。」
俺達の頭を豪快に、それでいて優しくわしゃわしゃと撫で、あの屈託のない笑顔でノーレンさんが言う。
「ノーレンさん……。」
「頑張れよ二人とも。また会える日を楽しみにしてる。」
「……ありがとうございました、ノーレンさん。」
「すぐに追いつきます。貴方と同じランクまで、絶対に。」
俺もエイルも、それぞれノーレンさんに言いたいことを言って、笑顔を向けた。
それに満足そうに頷いて、ノーレンさんは踵を返した。
「よし、それじゃあ俺は、受けた依頼に取り掛かるためにも、スパッとアンの仕事手伝ってくるかな。」
「あら、珍しくやる気です?後輩にいいところ見せようとして……」
「聞こえませーん。あ、そうだ。部屋はまだ借りてるし好きに使ってくれ。もし他の国にもう行くなら、隣の部屋に鍵は置いてってくれていいぞ。」
「では、私もこれで失礼します!これからもどうぞ、良き冒険者ライフを!」
そう言って、ドアの扉は閉められた。
嵐のように二人が去っていったドアを見て、隠れていたクーシェが顔を出し、俺達に問いかける。
「それで……これからどうするの?」
「さあ、どうしようか。まさかこんなに早くランクが上がるなんて、僕も予想外。アカツキは?何をしたいか、とかある?」
エイルに話を振られ、俺は桃色のバッジを握りしめた。
「……俺は…………」




