微睡の間に
目が覚める。
だんだんと意識がはっきりとしてくるにつれ、自分が見覚えのない場所にいることがわかり、一気に飛び起きる羽目になった。
え、まじでここどこ。
周りを見渡しても、物の一つも置かれてすらおらず、床も壁も天井も、どこまでも薄紫色の靄に囲まれているようで、なんとも言えない不思議な空間。
自分の武器がないか確認するも、案の定何もなく。
完全丸腰な状態の俺は、ため息を吐くしかなかった。
一旦整理しよう。
ここにくる前、俺は……いや、俺達は無事に騎士団から逃げきり、宿の自室に戻った。
ルネララムを月明かりに翳して、その輝きに見惚れていたノーヴァを見ていたが、暫くしてから何故か頭がぐるぐる回ってきて……。
そうだ、俺はあの時そのまま気絶したんだ。
ということは、これは夢……?
「あの子の言葉を借りるわけではないけど、君は本当に無茶をするねぇ。」
「っ!?」
俺しかいなかったはずの空間に、突如聞こえたその声。
後ろから聞こえたその声に振り向けば、さっきまでなかったはずの小さなテーブルと椅子があり、そこに腰掛けて紅茶を飲む女性がいた。
この空間と同じ淡い薄紫色の、足元まで隠れる服を纏っている。
そして、透き通るような金色の長髪を隠すように、レースのベールをかぶっていた。
隙間から覗く、夜明けを思い出させるような藍色とオレンジ色のグラデーションの目が、俺を見て細められた。
「こんにちは、暁晴斗。そしてようこそ、私の世界へ。」
「どうして俺の名前……それに、私の世界?」
「まあ混乱するよね。まずは少し説明させてもらおうかしら。まぁ座って座って!」
女性がそう言うなり、もう一脚の椅子が何もない空間に突然現れ、それを彼女は当たり前のように受け入れていた。
俺は少し警戒しながらも、彼女の隣に腰掛ける。
彼女はテーブルに肘をついて手を組んだ。
その上に顎をちょこんと乗せ、微笑む。
「それじゃあ何から話そうか。何が聞きたい?」
「じゃあ……アンタの名前とか、此処のこととか。」
「そうね!初めはそうしましょう!」
彼女はそう言って、胸に手を当てた。
「私はアリオラ。あの子が前に軽く私のことは教えていたと思うけど……覚えているかしら?」
「アリオラ……?アリオラ……どっかで聞いた気が……」
俺は考え込む。
なんか聞いたことある。
いつだ?いつ聞いた?
その時思い出したのは、まだノーヴァと出会ったばかりで、アルオローラのことを勉強し始めたばかりの時のことだった。
あの時、ノーヴァが言っていた気がする。
『名前が似ていてややこしいのが、この世界で信仰される女神アリオラなんだけど……まあ、それはどうでも良いかな。』
「…………あ!!??」
「あ、思い出した?」
「女神アリオラぁ!!??」
「大正解!記憶力がいいのね!」
彼女は……いや、女神アリオラは満面の笑みで拍手をする。
おいノーヴァ、どうでも良くねぇよこれ。
女神様と一対一で話しているんですけど。
今はここにいない相棒に、心の中で愚痴を吐いた。
っていうか俺、女神様に対して「アンタ」とか言っちゃったんですけど!?
そんな俺の様子は気にせず、女神アリオラは話を続ける。
「気軽にアリオラと呼んで。不敬とか不遜とか、そういうの気にしないし。」
「えぇ……それでいいのかよ……。」
「堅苦しいの嫌いなの。」
クスクスと笑って、アリオラは俺の前にも紅茶を用意した。
なんか……想像していた女神と全然違うな。
もっとこう……神々しくて近寄りがたい女神様を想像していた。
しかしアリオラは、友人に接するように親しげに俺に話しかけてくる。
「あと、此処が何処か、だったわね?」
「あ、あぁ。」
「此処はさっきも言った通り、私の世界。アルオローラを傍観する、『狭間の世界』。」
「『狭間の世界』……?」
「そう。私は普段、此処でアルオローラで起きていることを傍観している。貴方達が何をしてきたかも、もちろんわかっているわ。」
「っ!!」
これはつまり……盗みを働いた俺達を許さないと言いたいのだろうか。
頬杖をついて俺を見る彼女の目が仄かに光を放ち、全てを見透かされているような心地になる。
そういえば俺達が盗んだ『ルネララム』や、その仲間の魔導石って、女神アリオラからの贈り石……たしか、『アルトレアス』って呼ばれているんだよな……?
あ、これもしかして、女神の怒りに触れたやつか?
女神様からの贈り物を盗むって、よくよく考えてみたら、めちゃくちゃに罰当たりなことしてしまったんじゃ……?
嫌な考えが浮かんでしまい、どうやってこの場を切り抜けようか、なんて言い訳をしようか考えていると、アリオラは俺に告げた。
「盗み続けなさい、これからも。」
「……へ?」
「私が贈った五つの石を、全て盗み出してごらんなさい。あの子……怪盗ノーヴァと共に。」
「どうして……?」
どういうことだ。
てっきり天罰でも下されるのかと身構えたが、まさか盗み続けろと言われるなんて思いもしなかった。
困惑する俺を見て、アリオラは笑みを深めた。
「あの子は私にとって特別な子なの。だから、その行動の全てが私の興味を惹く。」
「ノーヴァが特別……?」
「ええ。全員が魔力を多かれ少なかれ持って生まれる世界で、ただ一人全く魔力を持たずに生まれた特別な子。嘲笑され、過酷な環境に身を置きながら、決して曇ることのなかったその魂が一体何を成そうとしているのか。私はそれを見てみたいの。」
少しも崩すことのない微笑み。
何故か、その笑みが恐ろしく感じた。
少しも敵意なんか感じないどころか、優しさすら感じるその笑顔から目を逸らせず、カップを持つ手に知らず力が入る。
「あぁ、興味を惹くのは貴方も同じね。貴方もあの子と同じくらい、私の興味を惹く存在よ。」
「は?」
「別の世界の人間でありながら桁違いの魔力を持っている。それどころか、正義に憧れながらもあの子のバディとなって盗みに加担し、挙げ句の果てには魔力なしのあの子ともリンクに似た魔法を繋げられるようになった貴方。……これだけでも、誰にでもできるようなことではないって、わかるんじゃなくて?」
「……。」
確かに、俺もまだ使いこなせているわけではないけど、普通に考えて、そう簡単に魔力なしの相手と魔法を繋げられるわけないよな。
そしてそれも含めて、俺という人間も女神様にとって興味深い存在に認定された、と……。
いいことなのか?なんか、面倒くさい予感しかしないんだけど。
「まぁとにかく、特別な貴方達二人のこれからの活躍を楽しみにしているわ。多少のおイタは目を瞑ってあげましょう。」
「……ありがとう。」
とりあえず難は逃れた……のか?
アリオラも怒っているわけではなさそうだし、これからも盗み続けていいということなのだろう。
ふと、アリオラは浮かべていた笑顔を消し、申し訳なさそうに言った。
「昔の私なら加護でも授けて、一から十まで面倒を見たでしょうけど……そのせいで取り返しのつかないことになったことがあるから、傍観するだけにしておくわ。あ、意思疎通ができるように言語が自然と理解できるようにはしてあるから。この加護くらいなら大丈夫でしょ?」
「普通に文字とか読めると思ったら、加護だったんだな。それはありがたいけど……。」
「取り返しのつかないこと、やっぱり気になる?」
「いや別に……。」
「昔ちょっと、神の勝手で首突っ込んで何人かの若者の人生を歪めてしまったのよ……。」
「本当に取り返しのつかないことしてるな!?」
しかも1人じゃないのかよ。
一体この女神、昔何やらかしたんだ。
怖くて聞けたもんじゃない。
この世界に来た時から気になっていた、この世界の言葉がわかる事についての答えがわかると同時に、知らない方が良かったことも聞いてしまったんですけど。
「……あ。そういえば、その中の一人が貴方と同じで、リンクに似た例の魔法を使っていたわね。しかも繋げる相手は魔力なしではないけど、魔力がほとんど無い子だったはず。」
「……はい!?」
俺が何もわからないままにノーヴァと繋げていたこの魔法を、昔にも使っていた人がいたのか!?
状況も俺達に似ている。
「忘れていたわ。彼も使っていた魔法だった。というか、彼が開発した魔法ね?」
「じゃあ、アリオラはあの魔法について知っているってことか!?」
「私自身は使えないけど、その魔法の名前なら知っているわ。」
「それだけでもいい、教えてくれ!」
「えーっと、たしか、そう……『コネクト』。繋がりを意味する、コネクトだったわ。」
コネクト……connectか。リンクと意味はほとんど同じだが、区別するのに便利だし、後でノーヴァにも伝えよう。
まさかこんな収穫があるとは。
「あーーーーー!!!!!!!」
「え、何!?うるさっ!?」
突然叫び立ち上がったアリオラに本気で驚き、持っていたカップを落としかけた。
アリオラは俺に詰め寄ると、顔をグッと近づけて興奮したように話し出した。
「暁晴斗!!!女神として告げます。貴方達の次の目的地はエリュオトリム!!『鉱国エリュオトリム』です!!」
「は……はぁ〜〜!?なんでいきなり!?つーか、完全に首突っ込んでんじゃねぇか!?」
「いいからそこへ行きなさい!『コネクト』使える子が、そこにもう一人いるの思い出した!!」
「えぇっ!?」
後出し情報が多いな本当!?
いや、でも本当に『コネクト』を使える奴がそこにいるなら、もしかしたらコントロールの仕方を教えてもらえる可能性もあるのか……?
「その子達も、貴方達と同じで強い絆で結ばれている。彼らの戦い方を見ればおそらく、何かしらのヒントを得られるんじゃないかしら?」
「強い絆……。」
そういえば、魔力が特に多いエルフや妖精は『リンク』を使っていると、クーシェが言っていた気がする。
……もしかすると、特定の条件が重なり合った二人が繋げることで、『リンク』は『コネクト』に進化するのかもしれない。
とはいえ、今の段階では結論が出せないだろう。
行ってみるしかないか。
座り直したアリオラに俺は礼を告げた。
「アリオラ、ありがとう。ノーヴァにも伝えてみる。」
「ええ、そうしてちょうだい。ならば次は、『翠色の世界』で会いましょう。」
「翠色?」
「あら、気付いてなかったの?この世界が薄紫色の理由。私がこうして貴方をここに呼べたのは、貴方達が盗み出した『紫石ルネララム』を媒介にしたからなの。」
「つまり、媒介にした魔導石の色に、世界が染まっている?」
「正解。察しがいいわね。次に会えるのは『翠石エリオテーズ』を見事盗み出した時。そしてエリオテーズを媒介にして私が呼んだ時。……それまでは、まぁ……」
紅茶を注ぎ直しながらそう言って、アリオラがニッコリと笑った。
その瞬間、何の前触れもなく俺の足元に穴が空いた。
「うおわぁぁぁぁぁ!!??」
「楽しい異世界生活を楽しんでちょうだい。遅くなったけど、貴方にこの言葉を。
『アルオローラへようこそ』!」
この女神、相当いい性格してんな。
次会った時は絶対に苦情入れてやる!!
俺は下へ下へと落ちながらそう決意し、襲いくる眠気に抗わず、目を閉じたのだった。
※※※
「……晴斗は無事に目を覚ませたかしら?きっと大丈夫でしょう。……さて。」
二人だけのお茶会が再び一人だけのお茶会になる。
大して気にしていないと言うような澄まし顔で紅茶を一口飲み、傍観する女神は口元に笑みを浮かべた。
「あの子達が今度こそ幸せになってくれたら、|あの子達の人生を歪めた《・・・・・・・・・・・》私としては、償いができるのだけど。」
不思議な色彩の瞳を輝かせ、彼女は立ち上がる。
「楽しみね。夜明けの世界に太陽が昇る日が。」
コツコツと靴音を響かせ、アリオラは靄の中へと姿を消す。
残されたテーブルと椅子も、初めから何もなかったかのようになくなり、静寂に包まれた空間だけが、最後までそこにあったのだった。




