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怪盗ノーヴァ

「それでは、予告した通りヴィスローニュ伯爵の所有していた魔法石は、この怪盗ノーヴァが頂いていくよ!」


 高らかに宣言した赤髪の怪盗、ノーヴァ。

 屋根の上にいる奴は俺の位置からは遠いというのに、その声ははっきりと聞こえた。


「アイツが……怪盗ノーヴァ……。」


 ノーレンさん含め、多くの人間がノーヴァを捕まえようと周囲を囲んでいるにも関わらず、屋根の上のそいつは、月をバックに凛として立っていた。

 赤髪が風に揺られ、ミニサイズのシルクハットの長いリボンと共に、星を散らしたように輝く様を見て、俺は思わず息を呑んだ。それはあまりにも神秘的な姿で、俺が想像していた怪盗のイメージそのままだったから。


 ノーヴァに気を取られていた意識が戻されたのは、屋敷の入り口が騒がしくなったからだった。

 そちらに目をやると、護衛を引き連れた小太りの男が、何かを喚き散らしながら外に出てくるところだった。

 明らかに寝る直前だったのだろう。寝巻きにスリッパという姿だ。

 男はキョロキョロと周りを見回した後、やっと気付いたように屋根の上を見て、ノーヴァを指差し怒りを露わにした。


「怪盗ノーヴァァァ!!貴様、私の財産を奪いおって、このコソ泥がぁ!!」

「ご機嫌ようヴィスローニュ伯爵。僕はコソ泥ではなく怪盗だよ。……というか、貴方も『怪盗』ノーヴァ、と呼んでいるじゃないか。」


 男の…ヴィスローニュ伯爵の罵声を流しつつ、ノーヴァはその、よく通る声で恭しく挨拶をした。その余裕のある態度が余計火に油を注ぐと思うのだが……。

 案の定、伯爵は顔を真っ赤にして叫び出す。


「知ったことか!!その減らず口、私の手で永遠に閉じさせてやる!!」


 怒りに顔を歪ませた伯爵に、ノーヴァは少しも態度を崩すことなく言う。


「そう。面白いね。では僕は、あなたのその口が開いたまま塞がらないサプライズをしてあげようかな。」

「何を馬鹿げたことを…」


 ノーヴァは胸元に手を入れ、一枚の紙を取り出した。

 不思議に思っていると、ノーレンさんが俺の肩に手を置き、ノーヴァを指差す。


「アカツキ、よく見ておけ。またアイツは、ギルドの仕事に首を突っ込みやがったらしい。」

「え……?」


 真剣な顔をしたノーレンさんにどういうことか聞こうとしたそのときだった。

 ノーヴァが、告げた。


「ヴィスローニュ伯爵。ここのところ貴方が取引をしている商会だけど……少し悪い噂を聞くところではないかな?ご存じなかった?」

「なっ…!?貴様、まさかその紙は…!?」

「貴方の買い物履歴とでも言おうかな。面白いところから魔法石を購入しているようだね、伯爵。」

「黙れ!!口を開くな、その紙を私に寄越せ!!お前達も何をしている、早く奴を捕まえろ!!!」


 顔を真っ青にした伯爵が、先ほどの威勢はどうしたのかと言うほどに狼狽えている。

 突然主人の様子が変わり、護衛達も困惑しているようだった。

 しかし肝心のノーヴァは全くと言っていいほどに意に介さず、徐に手に持っていた紙を、紙飛行機にした。


「喧しいなぁ……。そんなに欲しいならあげるよ。でも…僕の紙飛行機、とーっても飛ぶから、追いつけるといいね?」

「やめろぉぉぉぉ!!!!」


 伯爵の叫び虚しく、ノーヴァは紙飛行機を勢いよく飛ばした。

 伯爵はそれを追いかけるが、ただでさえ、うん、ちょっと太っているので、追いつけるわけもなく……。足が絡まり途中ですっ転んだ。そして偶然にも紙飛行機の進行方向にいたノーレンさんが、手に入れる形となった。


 紙飛行機を開き中を確認して、ノーレンさんは眉を顰める。心なしか、紙を握る手にも力入っている気が…。

 え、なに、そんなやばいこと書かれてた感じ?


「おいおい…これが本当だとすると……」

「ノーレンさん?あの、そんなにやばいこと書かれてたんですか?」

「まあな。とにかくまずは……」

「それでは、僕はこれで失礼するよ!あとはギルドの諸君にお任せするとしよう!」

「あ!?おい待てノーヴァ!!」


 ノーヴァは目的は果たしたとばかりに綺麗にお辞儀し、屋根の上を走り出す。

 ノーレンさんが何かの魔法で網を作り出してそれで捕まえようとしたが、ノーヴァはそれも難なく躱し、俺達の上をジャンプし、屋根から屋根を伝って姿を消してしまった。


――ほんの一瞬だったけど、目が合った……?


「アカツキ!!」

「っ!?」


 ノーレンさんに呼ばれ、ハッとする。


「俺と何人かで伯爵に話を聞く。お前はノーヴァを追いかけてくれ!」

「え、でも……」

「今ならまだ捕まえられるかもしれねぇんだ!行け!」

「わ、わかりました!」


 おそらく、ノーヴァに渡された紙の内容について聞くのだろう。ほぼ部外者の俺はあまり知るべきではないことかもしれない。そう思い、ノーヴァが走り去った方へと……先程俺達が通ってきた路地裏へと走り出す。

 この時の俺は、多分本物の怪盗に会えたことで興奮してたんだろうな。


 まさか、また迷うことになるとは思わなかった。



____________________



「また迷った。」


 ここ、どこ。また迷子だよ、俺。

 っていうか、この路地裏入り組みすぎなんだよ!さっきから同じような場所行ったり来たりしている気がするんだが!?

 絶対ノーヴァ遠くに逃げたって……。


「すみませんノーレンさん…。」


 おそらく伯爵に事情聴取をしているであろうノーレンさんに謝っておく。でもこれだけは言わせてください。

 素人なりに頑張りました。


 さて、ここからの問題はどうやって路地裏から出るかだ。

 もうこの際ノーヴァを捕まえるのは諦めよう。捕まえる前に俺の命が危険に晒される。

 踵を返し、歩き出して気付いた。


――俺、何回曲がったっけ…?あと右左どっち…?


「……詰んだ?」


 ちょっと待ってくれ、調子に乗って奥に来すぎたかな?もしかして本当にこれ、路地裏から出られなくなったのでは……?


「落ち着け俺、大丈夫だ歩いていれば絶対出られる。少なくとも、朝になればもうちょっと歩きやす……」

「そこ危ない!!」

「えっ。」


 突然頭上から声が聞こえた。

 しかも、ついさっき聞いたばかりの声。

 俺は上を見上げる。


 そこには、俺に向かって落ちてくる赤髪の怪盗がいた。


――星みたいだ。


 ぶつかる直前、ノーヴァと今度こそしっかり目が合った。見開かれたその瞳は星のような輝きを放ち、夜空色の服も相まって、本当に彼自身が星空のようだった。

 なぜだろう、その星の瞳、俺は前にどこかで見たことがある気が……


「ギャッ!?」

「痛っ!?」


 なんて考えているうちに、俺とノーヴァは激突した。

 頭同士でかなり強く。

 俺はあまりの衝撃に倒れ、動けなくなってしまう。何が起きたのか理解できない。いや、上からノーヴァが降ってきたのは理解できたけども……。

 ちょっと待て、出来るわけないよな、なんでノーヴァが上から降ってきたんだ!?遠くに逃げたのでは!?


 ノーヴァの方を見る。初めて近くで奴を見て、俺は驚いた。


「おん……!?」


 口に出して叫びそうになって抑えた。

 てっきり、仕草や口調から男だと思っていたが、長い赤髪の間から覗く横顔は確かに女性の顔立ちだったから。

 しかし、ふらつきながらも立ち上がったノーヴァは首を横に振った。


「見た目で判断するのはやめてほしいな。……まあ、ややこしい見た目なのは僕自身が一番わかってるけど。」

「は?それってどういう…、っ!」


 ノーヴァは俺の方を振り向いた。

 さっきは瞳に気を取られてしっかり顔を見ていなかった。

 初めてしっかりと見たその顔は一目見ると整った、中性的で美形の類に入るのだろうが、どことなく違和感を感じた。

 真正面から奴を見て、俺はすぐに違和感の正体に気付く。


「お前…その顔は……」


 顔だけでなく、おそらく身体も。

 ノーヴァは右半分は男性、左半分は女性の姿をしていた。

 さっきは遠かったからわからなかったが、右側の髪は所謂ウルフカットというやつだろうか。左側は肩あたりまでで少しウェーブのかかった長髪で、少しチグハグな印象だった。

 しかし、それぞれの顔がもともと美形なのだろう。多少の違和感はあれど、おかしいと感じさせない程度には整っているように見えた。


「……君、さっきヴィスローニュ伯爵の屋敷にいただろう。すごいね、見たところ冒険者じゃなさそうなのに、僕をこうして捕まえられるなんて。」

「捕まえるっていうかお前が降ってきたというか…。そもそも迷ってただけだし…。」

「はは、じゃあ余程悪運が強いのかな?」


 楽しそうにノーヴァは笑う。

 しかし、俺はそれどころじゃなかった。


 どうしたらいいんだよ、ノーレンさんならともかく、俺にノーヴァが捕まえられるわけない。

 たまたまコイツの着地地点に俺がいたってだけだし、間違いなく逃げられるよな!?

 ノーレンさん、どうやって捕まえたらいいんですか!?


 心の中でヘルプを出すが、それに応えてくれる誰かがいるわけもなく。

 俺は目の前の怪盗を逃さないように睨みつけることしかできなかった。


「えーっと…、僕、君に何かしたかな?すごい睨むじゃん。ぶつかったことなら謝るよ。」

「俺じゃあアンタを捕まえられないから、せめて応援が来るまで見張ってようと思って。」

「え、何それ面白いね。見てるだけで逃げられないと思われてるの笑える。」


 クツクツと笑うノーヴァに少しムカついた。

 つーかコイツ…なんか、さっきまでとキャラ違くね…?


「そりゃそうだよ。ずっとあんな風に演じてたら疲れるからね。」

「俺の心読んだ??」

「君、顔に出やすいって言われない?」


 質問に質問を返すな。

 なんなんだコイツ。さっきまでの、俺の中で完璧に完成されていた怪盗のイメージが崩れ去っていくんだが。

 なんか馴れ馴れしいというか、いちいちムカつく言葉を使ってくるというか……。


 反論しようと口を開いたその時、俺達のものではない足音が複数聞こえた。

 きっと、ノーレンさんの同業者の何人かが俺達の声を聞いてこっちに向かっているんだ!

 そう思って、俺は勝ち誇った顔でノーヴァを見た。


「観念するんだな、ノーヴァ。これで捕ま……ブッ!?」

「黙って。全く…困ったことになったよ……。」


 めっちゃ痛ええええ!!!

 何すんだこの怪盗!?

 俺の口に思いっきり手を叩きつけてきたんだけど!?

 絶対赤くなってんだけど!?

 ってか、こっち見ろや少しは!!何ジッと道の奥を見……て……。


 その時、気付いた。

 奥から歩いてくる、3人の影。

 ゆらりゆらりと左右に揺れながら、こちらにゆっくりと向かってくるその顔には、それぞれ気味の悪い仮面がつけられていた。

 奴らの手元を見る。

 どいつもコイツも、なんかヤバそうな武器持ってるんですけど。

 日本ならこれ、銃刀法違反なんですけど。

 明らかにノーレンさんの仲間ではない。


「怪盗ノーヴァ……その命……我らに寄越せ……。」

「お生憎様、僕の命は高いからね、誰かに渡すつもりはないよ。」

「そうか……なら……我らが刈り取ろう!!」


 そう言うが早いか、仮面の奴らはノーヴァに向かって襲いかかってきた。

 俺はあまりのことに硬直していたが、ノーヴァに押され、彼らから離された。


「ノーヴァ!?」

「危ないから下がってろ!」


 ノーヴァはそう言い、どこから出したのか、ステッキで奴らの攻撃を受け止める。

 そのまま目の前にいた奴を蹴り飛ばし、ステッキを上手いこと操って連続で突き技を繰り出し、他2人も一瞬でノックアウトさせてしまった。

 武装した3人をほんの一瞬で倒したノーヴァを見て、俺はコイツが化け物と言われる理由を、今度こそ知った気がした。

 捕まえられるわけがない。マジで。


 ステッキをコンッと地面に突き、今しがた自身が倒したばかりの3人を見下ろすノーヴァ。

 俺は恐る恐るノーヴァの元に近寄ってみる。

 彼はコイツらが何者か知っているのだろうか?


「ノーヴァ……なぁ、」

「まだだ!」


 その言葉を言い終わるのとほぼ同時に、倒れていたはずの仮面の奴らが再び起き上がり、攻撃を仕掛けてきた。

 ノーヴァはまたステッキで応戦し、奴らの攻撃をいなす。

 狭い路地裏で3対1。明らかに不利な状況であるにも関わらず、一つも傷をつけさせないノーヴァ。

 俺はそれを見ていることしか出来ない。


「うおっ!?」


 何故か嫌な予感を感じ、俺は一歩後ろに下がった。

 その瞬間に、さっきまで立っていた場所に仮面の奴の1人が短剣を突き立てた。地面が抉れ、あの短剣が明らかに魔法か何かで強化されていたのだろうと予想がつく。


――あそこにずっと立っていたら……。


 想像して嫌な汗が背中を伝った。

 コイツら、俺も殺す気だ。

 目撃者も生かしては置けないとかそういう事ですかねぇ!?

 俺も狙われていることに気付いたノーヴァが、俺の前に立つ。


「君達の目的は僕だろう。無関係の彼を巻き込むな。」

「無関係?戯言を。我々の姿を見た者は、誰一人として生かしては帰さん。」


 やっぱりそういう感じかよ!!

 俺完全に巻き込まれただけじゃん!!


 不運すぎない?

 鉄骨に潰されて、異世界に飛ばされて、路地裏で迷子になって、ノーレンさんに驚かされて、また迷子になって、そして再びの命の危機なんですが!?

 俺、何か悪いことしましたかねぇ!?


「誰一人として、ねぇ……。長年僕に逃げられ続けている仮面野郎は誰か、な!!」


 ノーヴァは、新たに狙われ始めた俺のことも守りながら、再び戦い出す。

 俺も手伝いたいが、武器も持たない丸腰の俺では役に立つはずがない。

 悔しいが、ここはノーヴァに任せるしか……。


 ふと、俺は気がついてしまった。


 ノーヴァと応戦している仮面の奴の人数が、一人少ない。

 まさかと思い、俺は通路の奥を見る。

 少し離れたところに立っている3人目が、銃でノーヴァを狙っていた。

 ノーヴァは他2人の攻撃を受け止めていて、まだ死角からの攻撃に気が付いていない。


――頼む、間に合ってくれ……!


 捕まえようとしていた怪盗でも、守ってくれた恩人を見殺しにしたくなくて。

 俺は気が付けば、手を伸ばしていた。


「ノーヴァ!!」

「っ!?」


 その瞬間だった。

 周りの空気が震え、衝撃波のようなものが起きる。

 その衝撃波は仮面の奴ら3人を吹き飛ばし、壁に叩きつけた。


「……へ?」


 ……あれ、おかしいな。

 勘違いじゃなければ、今の衝撃波、俺から出てなかった?


 目を丸くしてこちらを見ているノーヴァと目が合い、俺は首を全力で横に振る。

 違う、俺じゃない。俺、こんなこと出来ない。

 しかし、ノーヴァはパァァッ、という効果音がまさにピッタリな笑顔を浮かべる。

 やめろ、そんな顔で俺を見るな。違うんだって。


「君は……」

「ウゥ…ッ」


 ノーヴァが何かを言いかけたが、仮面のやつの1人が呻き身じろいだことで、言葉を途中で止めた。

 呆然とする俺の手を握り、ノーヴァは走り出す。


「は!?え、何!?」

「いいから早く!今は逃げるよ!」


 なんで一緒に逃げることになってるんだ!?

 っていうか、さっきの衝撃波なに!?

 意味がわからなすぎて、俺は…俺は……


「なんなんだよコレぇぇぇぇ!!??」


 捕まえようとしていた怪盗に手を引かれながら、虚しく叫ぶしかなかった。

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