紫石ルネララム
フェルロスが負けを宣言し、ノーヴァも剣を下ろした。
二人の元へ俺も歩み寄る。
「それで……私を殺すかい?君が憎くて憎くて堪らない、マヴロ・フォティアの幹部を。」
ノーヴァに投げかけられたその言葉。
それはむしろ、自分を殺せと言外に伝えているように思えた。なぜそう思ったのかはわからない。
だけど……フェルロスはもはや抵抗する意思を見せず、全てを諦めているように見えた。
そんな彼を見て、ノーヴァは息をゆっくりと吐いた。
「……殺さない。お前は、裁くべき人が裁く。」
そう言ってノーヴァが視線を向けたのは、未だ炎の外にいるカイトさんだった。
彼は、俺が炎の円の内側に入ってから魔力を流すのを止め、戦いを見届けていたらしい。
フェルロスは俯き、自嘲するように笑う。
そして徐に両手を顔の横に上げた。
ゴウゴウと燃え続けていた炎がだんだんと弱くなっていき、やがて完全に鎮火する。
フェルロスが魔法を完全に止めたということだ。
それと同時に、炎という障壁がなくなったことで外側にいた二人も俺達の元へ近寄ってきた。
「……カイト。」
「帝国騎士団副団長フェルロス・エッセン。お前の身を拘束する。……抵抗はしてくれるなよ。」
「はは、今更そんなことしないよ。剣を折られた時点で私は戦う資格がない。……それは君の方がよくわかっているだろう、カイト・アウフリック騎士団長?」
「……あぁ、そうだな。」
カイトさんは一度目を伏せ、前に足を踏み出した。
そしてフェルロスの目の前まで行き、差し出された両手首に、魔法で生み出した光の縄のようなものを巻きつけた。
「あれは……?」
「所謂拘束魔法。拘束された者の魔力を封じる魔法だよ。」
「解こうとしたり、逃げようとしたりすると電気が流れるって話も聞いたことあるわ。」
いつの間にか俺の肩に座っていたクーシェがノーヴァの説明を補足して、あの魔法のことを教えてくれた。
「先程リンクで、他の騎士達にここに来るように指示を出した。詳しい話は後日聞かせてもらう。わかっていると思うが……」
「この後は牢屋直行ってわけだね。みなまで言わずともわかっているとも。これでも副団長だった。騎士団が今後、我々裏切り者をどうするかは理解しているつもりだよ。」
さっきまで激昂しながら戦っていたフェルロスと同一人物なのか疑うほど穏やかに笑って、彼はそう言った。
そして更に続ける。
「……私は、妖精が何も気にせず自由気ままに生きている姿を見るのが嫌だった。大嫌いだし憎たらしい。私達よりも少し魔力が多い種族というだけなのに、『祝福』だなんて大層な名前で妖精の魔法に縋るこの国の民が許せなかった。……この国を、この国の『平和』を護っているのは私達なのに。私達、帝国騎士団だったのに……。」
「フェルロス、お前は……」
「…………まぁ、今更どうでもいいさ。あの方はいつかアルオローラを完全に無に返す。それこそがあの方の目的であり、我々が大戦争の果てに望む未来。いつか滅びゆくこの国を護る理由も、もうない。」
「っ……。」
「怪盗ノーヴァ。お前はあの方の目的を知った上で一体何を望む?魔導石を全て盗み、その果てに何を求める?」
ノーヴァはフェルロスの言葉を何も言わず聞いていた。
俺に剣を手渡して、ノーヴァは服についた汚れを手で払い、フェルロスを見つめた。
「僕は……僕を取り戻す。アイツに奪われた身体を取り戻して、僕がアイツを終わらせる。それが……僕の望みだ。」
凛とした声で言い放ち、ノーヴァは窓から覗く月を見上げた。
外には大きな満月が輝いていて、隣に立つ相棒はそれを睨んでいた。
その様子を見届け、フェルロスは頷いた。
「……どこまでも愚かな奴だ。」
「満足のいく回答だったかな?」
「あぁ。最高にね。」
そして、奴はマヴロ・フォティアの幹部としての、邪悪な笑みで顔を歪めた。
「お前が惨めたらしく泣き叫び、望みを叶えられないままに絶望して死んでいくことを願ってるよ。」
「それはどうも。絶望した分だけ、僕は前を向いて笑ってやるよ。」
その時、閉まっていた保管室の扉が開け放たれ、多くの騎士達が中に入ってきた。
その中の一人がカイトさんと目配せし、奥で戦意喪失しているフェルロスについた騎士を捕らえに行くグループとそれ以外とに分かれ、行動を開始する。
俺達のいるところまで来た騎士達がカイトさんに敬礼し、両脇を固めてフェルロスを連行し始めた。
おそらく彼は、このまま牢屋へと連れて行かれるのだろう。
それに抵抗せず、されるがままに連れていかれようとしていた彼に、俺は声をかけた。
「フェルロス!」
「っ……?」
「アンタの妖精に対する気持ちに何か言うことは俺達にはできない。それはきっと、烏滸がましいことだと思う。だけど、これだけは言わせてくれ。」
「……なんだい。」
「妖精全員が、お前の思っているような奴じゃないよ。確かに彼らは自由気ままに生きているかもしれない。でも、それが全てではないと思う。」
確かにフェルロスの言う通りの妖精もいるだろう。
何も気にせず自由に生きる妖精。
国を守る騎士としての役割を持っていたフェルロスが、自由な彼らを憎む気持ちもわからなくはない。
俺達が出会った妖精は数える程度しかいないし、彼の言う妖精の方が多いかもしれない。
でも、俺は知っている。
それが全員ではないことを。
帝国騎士団を敵に回してまでこちら側に協力してくれた、小さな友人へと目線を向けた。
クーシェは、フェルロスを悲しそうな目で見ていた。
俺はもう一度フェルロスへ目を向け、言葉を続ける。
「……魔法に頼らないでも怪我を治せるように薬草の研究をしたり、自分達の森を……この国を守るために怪盗と行動したり……。帝国騎士団とは別の形で、ルネラントのことを想っていた妖精だっているってこと、知っていてほしい。」
「っ!」
「とはいえ俺は余所者だし、エルフと妖精について詳しいわけでもないし、アンタにとっちゃ的外れなこと言っているかもしれないけどさ。」
別に知ったかぶりをしたいわけでもないし、自分の意見が正しいと言い張るつもりもない。
それでも事実として、クーシェのような妖精もいると伝えたかった。
フェルロスは眉を顰めて難しい顔をしていたが、暫くすると俯き、そのまま扉の方へ体を向けてしまった。
そしてその去り際、彼は呟いた。
「……もっと早くに、その当たり前の事実に気付けばよかったよ。そうすれば、この憎しみにも何か、違いがあったかもな。」
そして今度こそ彼は騎士達に連行され、保管室から去って行った。
俺達の周りは静けさに包まれ、フェルロスに続いて連行されていく裏切り者達の足音が聞こえているだけだった。
それすらもついに聞こえなくなって、完全な静寂に包まれ、保管室には俺達と残った騎士がいるだけだった。
「……悪い、余計なことした。」
「いや、寧ろ余所者の君の言葉だからこそ、アイツに届いたのかもしれない。……彼に当たり前のことを気付かせてくれたこと、感謝する。」
「私からも感謝を。貴方がああに言ってくれて、私のやっていたことが認められた気がして……嬉しかった。」
「クーシェ……。」
俺の前で深く頭を下げて、クーシェは笑った。
これで終わったのか。
最初はこの国に来て、妖精の森でクーシェを助けたことから始まって、いつの間にか国全体に関わる大事件に足を突っ込んでいた。
ここまでで約一ヶ月。
色々、ありすぎた。
ふと、後ろでカランという音がして、反射的に振り向く。
ノーヴァが折れたステッキを拾う音だったようだ。
「さて、これで君が僕達に頼んだお手伝いは終わりかな。」
「あぁ。お陰でこの国の巨大な闇を、光の元に晒せる。」
「このあとフェルロス達のことはどうするんだ?」
「もちろん、持っている情報は喋らせる。その後は……まぁ、暫くは檻の中だ。……おそらく今日のことは、前代未聞の事件として魔法新聞で大々的に取り上げられるだろうし、騎士団もその対応に追われるだろうな。」
どこか疲れた目をして、カイトさんはそう教えてくれた。
ステッキの破片を拾い終わったらしいノーヴァは、破片を持っていた袋に詰めてから、カイトさんに右手を差し出した。
カイトさんはノーヴァの差し出したその手を握り、強く、強く握手した。
「兎にも角にも、最悪の事態になる前になんとかできて良かったよ。ありがとう、カイト・アウフリック。」
「それはこちらのセリフだ。フェルロスとの戦い、見事だったよ。お前達と共に戦えて誇らしかった。」
「カイト……。」
「さて、あとは……」
ノーヴァと握手している、カイトさんの手がより強く握られたように見えた。
残っていた騎士達が武器を構えた。
……俺達に向かって。
「「「えっ。」」」
今の今まで表情を滅多に変えなかったカイトさんが、にっこりと微笑んだ。
それはもう、楽しんでいるのがよくわかる笑みで。
「あとは、お前達を捕まえれば俺の仕事は完了だ。」
「なんでそうなったぁ!?」
「僕達、君の手伝いしたよね!?少しくらい大目に見てくれても……」
「それはそれ、これはこれ、だ。ルネララムを狙うならば、帝国騎士団として本気で捕縛させてもらうぞ。安心しろ、共に戦った仲だ。痛くはしない。」
「全く安心できないんですけどぉ!!??」
「言ってる場合か!!」
「なになになになに!?いきなりすぎないかしら!?」
そうだ、戦い始める前に言ってた。
ルネララムを盗ませるかどうかは別問題って、このお堅い騎士団長様言ってた!!
まさかあれ冗談でもなんでもなくマジだったのかよ!?
いやまあそりゃあマジだよな!国の宝盗ませるわけないよな!!
カイトさんの合図で武器を構えたまま迫ってくる騎士達の攻撃を、横の壁を使って避けたり、自分の魔法で防いだりしてなんとか逃げる。
カイトさんの手をなんとか振り解いたノーヴァも、同じように逃げていた。
普通の騎士達の相手ならまだなんとかなる。
ただ、時々彼らに混じって攻撃してくるカイトさんは一体なんなんだ。
ちょっと面白がってますよねぇ!?
「アカツキ!アカツキ!!」
「何!?」
こっちも必死なんだけど!?
怒りに任せて振り向いた先で、ノーヴァは攻撃を避けながらも上を指差していた。
そして、視線の動きで奴が何を言いたいのか察して、俺は笑った。
「クーシェ、しっかり捕まってろよ。」
「えっ?」
肩に座るクーシェごと、深くフードを被った。
バレないように、ポケットに手を入れる。
指先が触れたそれを、騎士の一人が剣を振り翳してきたのを避けたタイミングで高く掲げ、そして、強く床に叩き落とした。
そう、これはあの日にも使った道具。
「僕特製の煙玉をくらいたまえよ!!」
「またかノーヴァァァァ!!」
「はははっ!!悪いね、僕の十八番なんだよ!!」
保管室に蔓延する白い煙。
もはやお馴染みの煙に、カイトさんですら怒りの声を上げている。
そしてノーヴァは、俺の肩に手を軽く乗せてから、柱をうまく使って二階に登り、月が見える大きな窓を開け放った。
満月の光で長い髪が煌めき、誰もが目を奪われた。
……って、俺までアイツに目を奪われている場合じゃなかった。
騎士団がアイツに気を取られているその間に、俺はガラスが割れたケースに走り寄り、その真ん中に飾られていた宝を……『紫石ルネララム』を手にした。
「あっ!?」
「おい、何やってんだ!!捕まえろ!!」
近くにいた騎士が俺に気付くがもう遅い。
煙に隠れ、ノーヴァと同じく柱を使って二階に飛び移ろうと試みた。
が、そううまくはいかず、脚力が足りず後少しのところで手が届かない。
咄嗟に風を魔法で生み出し、体をギリギリ持ち上げる。
そして、ノーヴァが伸ばした手を掴み、なんとか隣に着地することができた。
そのまま俺はノーヴァにルネララムを手渡す。
「無茶するね、君も。」
「お前ほどじゃねえよ。」
安心したように笑って、ノーヴァはまた、一階にいる騎士達を見下ろした。
「それでは予告通り、聖帝国ルネラントが所有していた魔導石『紫石ルネララム』は、この怪盗ノーヴァがいただいていくよ!!」
「ノーヴァ……!」
カイトさんは悔しそうな、それでいてどこか楽しそうな顔をして、俺達を見上げていた。
満足そうに笑って背を向けようとしたノーヴァは、ふと思い出したように口を開いた。
「カイト騎士団長。もしもまた、この国で僕が仕事をする時があるならば……その時は是非とも、冒険者の皆様とご協力しては?」
「……自ら敵を増やすのか?」
「そうだね。張り合いがないのは退屈だから。……特に、あの情熱に溢れた冒険者がいないと、ね。」
俺は、ノーヴァがあの人のことを言っているとわかった。
カイトさんにもそれがわかったのか、彼も口元に笑みを浮かべ、答える。
「……あぁ。もしもまたお前が我が国で盗みを働くなら、その時は我々帝国騎士団と、冒険者ギルド、持ち合わせる全勢力を持って相手しよう。」
「……それは、楽しみだ。」
そして今度こそ、ノーヴァは窓から外へと身を乗り出す。
手に持つ魔導石を、月明かりに輝かせて。
「それでは騎士団諸君、またいつか!!今日という日の星空を決して忘れないでおくれよ。僕という新星が、誰よりも輝いたこの日を!!」
そう言って、怪盗は窓から飛び降りた。
俺もそれに続き、窓から飛び降りる。
かなりの高さがあったが、下にあった茂みがクッションになってくれたようだ。
「し、心臓止まるかと思った〜!!妖精が転落死なんて絶対に嫌よ!?」
「クーシェは飛べるのに?」
「そうだけどそうじゃない!」
フードから顔を出したクーシェが俺に苦言を呈し、俺もそれに笑いながら答える。
その時、俺より先に立ち上がったノーヴァが、また俺に手を差し伸べた。
「行こうアカツキ、クーシェ!逃げ切れば、僕達の完全勝利だ!!」
満月を背に微笑むノーヴァの髪も瞳も、神秘的に煌めいていて、出会ったあの日の夜を思い出した。
俺も笑みを浮かべて、差し伸べられた彼の手を取る。
「……あぁ!」
立ち上がり、再び走り出す。
闇が深い夜。
空に輝く月と星だけが、俺達の行く道を照らしていた。




