戦いの終わり
「じゃあ、僕がカイトウになるよ!」
「えっ?」
赤髪の少年は黄色い瞳を煌めかせ、隣に座る少年に微笑む。
「どうせこのままだと、僕は他の奴らと同じ泥棒になるしかない。だったら、君が憧れてやまない、悪い奴からお宝をかっこよく盗むカイトウの方が、ずっと素敵でしょ?」
「確かに!お前なら絶対かっこいい怪盗になれるよ!!」
「本当?君がそう言うなら、信じてみようかな。」
二人の少年はお互いの顔を見つめながら、本当に楽しそうに笑い合う。
薄暗くて不気味で、生気の感じられない路地裏で、二人だけが明るかった。
「僕と君、悪い奴を捕まえるために協力したら、間違いなく最強で最高な相棒になれるよね。」
「すっごく面白そうだな!!俺達ならきっと、悪い奴ら全員捕まえられるよ!!」
ふと、何か思い立ったように黒髪の少年が立ち上がり、赤髪の少年を見下ろした。
「なぁ、もしお前が許してくれるなら……俺がお前の名前、つけてもいいか?」
「名前?」
「そ、名前!怪盗としての名前!」
「カイトウとしての……。」
「印象深くてカッコよくて、お前らしい名前がいいよなぁ。親友として、素敵な名前をプレゼントしたいし……うーん……」
まだ赤髪の少年は答えてなかったが、興奮しているらしい黒髪の少年は親友のために名前を考え始める。
次々に名前を口にしては、コレは違うアレも違うと首を振り、困ったように親友の顔を見た。
黒髪の少年がその時見たのは、黄色の瞳。
自分の為に名前を考えてくれている少年を、温かい目で見守っていた赤髪の少年の、暗い夜空で煌めく星のような瞳だった。
そして、黒髪の少年は満面の笑みを浮かべた。
「思いついた!!自信作!!」
「どんな名前?」
「絶対に気に入ると思うぜ!ちゃーんと聞いてろよ?
お前の名前、怪盗としての第二の名前!」
赤髪の少年は手を引かれ立ち上がる。
楽しそうに笑う親友の次の言葉を、胸を高鳴らせて待っていた。
そして、黒髪の少年は名前を告げた。
「お前はノーヴァ。『怪盗ノーヴァ』!!」
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温かい記憶を見た。
きっとあれは、ノーヴァの過去の記憶。
ノーヴァが『ノーヴァ』である理由の記憶。
白昼夢から覚めるように、俺の意識はそこではっきりした。
届かないと分かりながらも、手を前に伸ばしたままの体勢でいたようだ。
炎のゴウゴウと燃え盛る音が聞こえる。
ノーヴァとフェルロスだけが炎の円の中にいる状態は、まだ変わっていないようだった。
しかし一つだけ大きく変わったことがあった。
それは、ノーヴァの目の前に氷の壁が生まれていたこと。
その氷はまるでノーヴァを守るように、銃弾をその分厚い氷の中に封じ込めていた。
一体誰があの氷を生み出した?
俺はこの場所にずっといた。
遠すぎたし、炎に阻まれて、ノーヴァのために魔法を使うことはできない状況だった。
ならカイトさんが?
そう思って隣を見るが、彼も俺と同じように目を見開いて呆気に取られているようで、彼でないこともわかった。
その時、フードから顔を出していたクーシェが、ぽつりと呟く声を聞いた。
「ノーヴァが、魔法を使った……?」
そんなバカな。
だってアイツは魔力なしのはずだ。
でも確かに、座り込んだノーヴァが左手を前に突き出して固まっている様子を見る限り、そうとしか思えない。
その左手から氷魔法を使ったとしか、思えなかった。
銃を向けていたフェルロスも、突然標的との間に出現した氷に驚いて後退したようで、様子を窺っているようだった。
『どういうこと?僕が魔法を使ったの?』
「っ!?」
突如、頭の中に響いた声。
リンクで繋げた時と同じような聞こえ方だったが、その声はクーシェではなかった。
クーシェが声をかけてきたが、俺はそれに反応できないほど動揺していた。
その声は、魔力なしでリンクは使えないはずのノーヴァの声だったから。
俺はまさかと思い、魔力をそちらに集中させる。
『……ノーヴァ、聞こえるか?聞こえたなら、こっちを向いてくれ。』
脳内で話しかけてみると、ノーヴァがこちらに顔を向けた。
その顔は驚きと困惑で、アイツらしくもなく、不安そうな顔をしていた。
いや、俺だって思考が追いついていない。
なんでお前とリンクが繋げられているんだよ。
魔法も、一体どうやって……。
『アカツキ、一体何が起きてるの?』
『俺にもわからない。だけど、こんなのお前が魔法使えるようになったとしか……っ!』
俺はハッとした。
フェルロスが剣に炎を纏わせ、その剣を氷の壁に向けたから。
あの野郎、氷を溶かしながら攻撃するつもりだ!
ノーヴァの位置からは、氷が分厚すぎて反対側にいるフェルロスの動きがわからない。
このままでは、死角から突然攻撃されてしまう。
せめて、攻撃を防げる何かがもう一つあれば……!
バリア魔法とか使えればいいのに……!
『ノーヴァ、危ない!!』
『っ!?』
俺は、ノーヴァに再び手を伸ばした。
伸ばしたことに特に意味はなかったけど、なぜか伸ばさなければと、反射で感じたから。
そしてノーヴァも俺と同じタイミングで手を伸ばした。
その手から今度は、ノーヴァの身を全ての方向から守るように薄い氷の膜が生まれるなんて、誰が予想できただろうか。
「えっ……?」
再びの不思議な出来事に思わず声が出る。
しかし、最初の氷の壁を貫いてフェルロスが攻撃を仕掛けてきたことで、そんなことを考えていられなくなった。
ノーヴァも相当驚いていたのだろう。
一瞬反応が遅れ、もし氷の膜がなければ攻撃をくらっていたかもしれない。
薄かったし、相性も悪かったせいですぐに割れてしまった氷の膜だが、一度はフェルロスの剣を弾き返し、ノーヴァは膜のおかげで逃げる隙を得た。
立ち上がって後ろに下がったノーヴァは、フェルロスを睨みつける。
しかし頬を伝う汗が、ノーヴァが相当無理をしていることを物語っていたのも確かだった。
「…………今……」
俺は自分の手を握りしめる。
さっきノーヴァの周りに氷の膜が生まれた時、直前に俺は、攻撃を防げる何かがあればと願った。
そして手を伸ばした時、ノーヴァは俺と同じタイミングで手を前に突き出し、自分の身を守る氷の膜を生み出した。
……本当にその膜は、ノーヴァの魔法か?
違う。あれは……あの氷は、俺の魔法だ。
直感で、そう感じる。
――もし、もしも俺の考えが正しいなら……。
俺は自分の右肩に左手を置く。
同時にノーヴァも右肩に左手を置いた。
自分の不可解な行動に困惑したノーヴァを見て確信する。
俺が、ノーヴァの身体の一部を操っているんだ。
クーシェから聞いた話を思い出す。
リンクを極めた者は、相手の身体を操ることもできると、彼女は前に言っていた。
今の状況は、まさにそれだ。
しかし、俺がこの短期間で極めたのかと言われれば、そんなはずはないだろう。
まだ原理すら完全に理解できたわけではないのに、「極めた」なんて言えるわけがない。
日常的に使っていた、妖精のクーシェですら極める者を見たことがないというほどなのに。
しかも今の俺とノーヴァの状態的に、魔力なしのノーヴァに俺の魔法を使わせることもできている。
聞いていた『リンク』の特徴と、違う部分がありすぎた。
イレギュラーな事態。
――でも、それでノーヴァを助けられるなら……!
『ノーヴァ!おそらく今、俺達は繋がっている。それどころか俺が操って、お前に魔法を使わせることもできる。何が何だかわからないけど、この状況は利用できるなら利用するべきだ!!』
『っ!』
ノーヴァの肩に治癒魔法をかけて実践しながら、今の俺達の状況を手短に伝える。
そして、あいつは俺の決して多くはない言葉だけで察したようだった。
『絶対に死なせない。俺がお前の手足になってお前を守る!だから俺を……』
『君を信じるよ。』
『っ……』
『いい加減、怪盗らしく盗み出して退場したいしね。一気に畳み掛けるよ、アカツキ!』
その言葉に、俺は大きく頷いた。
ノーヴァが再びステッキを構え、フェルロスと交戦し始めたのを見て、俺は様子を窺っていたクーシェとカイトさんに話しかける。
「カイトさん!フェルロスは俺とノーヴァでなんとかする。だから、この炎をなんとか消してほしい!」
「やれるだけやってみよう。だが、奴の魔法は騎士団一だ。この炎は俺でもかなり手こずることは承知しておけ。」
「クーシェ、カイトさんのサポートはできるか?」
「魔力譲渡くらいならできるわ。妖精の魔力だもの、多少は魔法の威力を上げられるはずよ。」
「じゃあ、無理のない範囲でカイトさんのサポートに回ってくれ。できるだけ早く、ケリをつける。」
クーシェは「何か考えがあるのね。」と笑って、カイトさんの方へ移動した。
ごめんクーシェ、後でちゃんと説明する。
俺とノーヴァの状況を話すと、間違いなく長くなるから……。
俺は深くゆっくりと呼吸をした後、意識をノーヴァとの感覚共有に集中させた。
炎の壁はカイトさんに任せた。
なら俺は彼が炎を少しでも弱めてくれるまで、外からノーヴァをサポートするしかない。
次第に自分の視界がぼやけ、もう一つの視界が見えてくる。
そして、ノーヴァが感じている怪我の痛みも俺に襲いかかってきた。
五感全てが繋がったらしい。
「この痛みで動けんのかよ、アイツ……!」
想像以上の激痛。途端に溢れ出した冷や汗。
自分が怪我したわけでもないのに、痛すぎて、情けなくも涙が出そうになる。
銃で撃たれるというのはこんなにも痛いのか。俺の治癒魔法程度では、気休めにもならないじゃないか。
感覚を共有しただけの俺ですらこれなんだ。
ステッキを振るって、攻撃を受け止めて、フェルロスと直接戦っているノーヴァは、きっともっと辛い。
胸ポケットに入れた魔法石を、服の上から強く握りしめて、耐えろ、踏ん張れと自分を奮い立たせた。
フェルロスが剣を振りかぶり上から攻撃を仕掛け、ノーヴァはステッキでそれを受け止めた。
しかしその重い一撃に耐えられず、ノーヴァは苦痛に顔を歪める。
肩への激痛が、より酷くなる。
「どうした、もう限界か?」
「『まだだ』!!」
俺は片目を瞑り、ノーヴァ視点のみを映して魔力を高める。
嘲笑うような笑みを浮かべたフェルロスを睨みつけ、足に力を込める。
そしてギリギリのところで踏ん張り、剣をいなして躱すことができた。
なんとか攻撃を避け切ったノーヴァは、起き上がって体勢を整えると同時に、ステッキを前に突き出す。
「ぐっ!!??」
攻撃を耐えきって反撃までしてくるとは思わなかったのか、フェルロスはそのまま攻撃をくらい、体勢を崩した。
それと同時に、音を立ててノーヴァのステッキが二つに折れる。
長時間に及ぶ戦いに、本来と違う用途で使われ続けたステッキは限界を迎えたのだろう。
レイピアを置いてきたアイツはステッキがなければ丸腰だ。
武器を渡さなければと思ったその時、保管室全体に充満していた炎の魔力が揺らぐのを感じた。
「アカツキ、今だ!」
カイトさんが成功したんだ。
俺は考える前にもう走り出していた。
自身の剣を手に持ち、弱くなったとはいえまだ燃えている炎の円へ、飛び込んだ。
「ノーヴァぁぁぁぁ!!!」
離れたところに退避して体勢を整えようとしているフェルロスに、ノーヴァは武器を持たない状態で走り出す。
何をするつもりなのかわかった。
だから俺は、手に持っていた剣を全力で投げつける。
投げられた剣はノーヴァへと猛スピードで向かっていく。
ノーヴァは走りながら、一瞥もせずに剣の持ち手を掴んだ。
そのままさらにスピードを上げ、フェルロスへまっすぐ進んでいく。
奴は銃を投げ捨て、自身の剣を振りかぶり、ノーヴァを迎え撃った。
「おおおおおお!!!!」
「魔力なしごときがぁぁぁ!!!!!」
ぶつかり合う剣と剣。
ギリギリと金属が音を立て、二つの雄叫びが響く。
俺も、ノーヴァの助けに少しでもなるように魔力を集中させ、手から血が滲むほど、固く固く握りしめた。
金属にヒビが入る、甲高い、嫌な音が聞こえ……
そして、その時は来た。
切先が折れ、弾かれた剣は持ち主から遠く離れたところへカランと音を立てて落ちた。
衝撃で倒れた相手の首元に剣を当てて、これ以上の抵抗は無駄だと、自分が勝ちだと示す。
炎の燃える音。
整いきっていない息の音。
自分の心臓が脈打つ音。
やがて、勝者はゆっくりと口を開いた。
「……僕の、僕達の勝ちだ。降参しろ、フェルロス・エッセン。」
勝者は……ノーヴァは静かに告げ、フェルロスを見下ろす。
剣を折られた騎士は俯き、また嘲笑うように笑った。
「……そうか。剣を折られたのか、私は。」
「…………。」
「……もはや騎士とすら名乗れないな。」
深く息を吐き、出会った時のあの笑みを浮かべ、フェルロスは静かに呟く。
「…………私の負けだよ。」
……こうして、長いようで短かった、マヴロ・フォティア幹部、フェルロス・エッセンとの戦いは、幕を閉じた。
一つの戦いが終わりました。
もうしばらくお付き合いください。




