帝国騎士団副団長フェルロス・エッセン
辿り着いた、『紫石の間』がある廊下。
全力で走って少し息があがりながらも、なんとかここまで来ることができた。
「ノーヴァは無事かしら……?」
「アイツなら、きっと大丈夫だ。」
自分にも言い聞かせるようにそう言う。
――ここに来るまでに、フェルロス側の騎士はほとんどいなかった。
とはいえ、襲撃が全くなかったわけではなく、5人の騎士に襲われたが俺とカイトさんですぐに倒せたし、それだけだった。
おそらく、俺達を足止めさせるためだったのだろうけど……うん……。
ちなみに襲ってきた5人は気絶させ、カイトさんが『リンク』で味方の騎士に報告し、捕縛命令を出していた。
味方の騎士達には、自分が単独で行動しやすいように、皇帝の護衛や別所の警備に当たってもらっているらしい。
これが職権濫用ってやつか……。
「皇帝からの命に従った上での行動だから、濫用ではないな。」
「そっすか……。」
もうツッコむのも疲れた。
皇帝の許可があればいいのね……そうですか……。
まあとにかくだ。5人倒したところで、クーシェからの情報からしてまだ25人はいる。つまり、その25人はみんな、ノーヴァを捕まえるためにこの中にいるということでもある。
……きっと今までよりも激しい戦いになる。
俺は一度深呼吸をして、辿り着いた保管室の入り口の扉に手をかけた。
低姿勢になり、扉を開こうとしたまさにその時だった。
ガァンッッという重い音が廊下にまで響き渡り、俺達は動きを止めた。
聞き覚えのある、耳障りな騒音。
「……今の、まさか……!」
それは、あの仮面の男が……フェルロスがノーヴァを撃ち抜いた時の銃声。
俺の脳裏に最悪な光景が思い浮かぶ。
あの時と同じようにノーヴァが倒れ、真っ赤に染まりながら命が失われていく。
そんな光景を想像したら、もう耐えられなかった。
「ノーヴァ!!」
相棒の無事をすぐにでも確認したくて、俺は何も考えずに、扉を開け放ってしまったのだ。
「おいこらバカ!!」
「開けるなアカツキ!!」
焦ったように叫んだカイトさんの声と、俺を制止するノーヴァの声が同時に聞こえた。
そして、少し遅れて耳を強く引っ張られた。
あまりの痛みにそちらに体ごと引っ張られれば、再びの重い音が響き、俺のすぐ横を何かが横切った。
……いや、何かじゃないな。銃弾しかあり得ない。
最初の銃声は、俺を嵌めるための罠だったと気付く。
耳を強く引っ張ったのは俺の肩にいたクーシェで、咄嗟の判断で俺を守ってくれたのだろう。
おかげで命拾いした。もし、あのまま扉を開けた場所に突っ立っていたら……考えるだけでゾッとする。
俺は心臓がバクバクとやかましく鼓動するのを落ち着かせ、クーシェに礼を言う。
俺と同じことを考えて顔を青ざめさせたらしいクーシェを落ち着かせてから、銃弾が飛んできた方を見た。
一つの宝を守るには広すぎる、広大な保管室。
ふと部屋の中心を見れば、ガラスケースの中に飾られた物を見つけた。
花の蕾のような形で、左右対称に蔦がうねっているような装飾が施された薄紫色の宝石。大きさは片手で握れるくらいだろうか。
保管室の二階にある窓から差し込む月明かりで、神秘的に輝いている。
これが、聖帝国ルネラントの保有する魔導石、紫石ルネララムだと、すぐにわかった。
そしてそのさらに奥、ちょうど月明かりが当たらない陰から、こちらに向かって微笑む人物。
「フェルロス・エッセン……。」
「やぁ、アカツキ君。あの森以来だね。」
俺はその人物の名を口にした。
名を呼ばれた奴はさらに笑みを深め、こちらにまた銃を向ける。
俺は身構えたがしかし、フェルロスの横から突然騎士の1人が吹っ飛んできたことで、奴は後ろに飛び退ける他なくなった。
俺と奴が騎士が飛んできた方を見れば、そこには赤い髪を揺らした、夜空色の相棒がいた。
前に突き出したステッキを見るに、さっきの騎士は、あれの餌食になったんだろう。
ステッキをコツンと床につけ、ノーヴァはフェルロスを睨みつける。
「アカツキを狙うとは卑怯だな、フェルロス・エッセン。正々堂々、騎士らしく戦ったらどうだ?」
「それを言ったらお前も、ちょこまかと逃げず戦えばいいものを。」
「お生憎様。僕は騎士じゃないからね。」
ノーヴァはフェルロスへの警戒を解くことなく歩いてきて、入り口に立つ俺の隣に立った。
一度こちらを見て、俺を安心させようとしたのか、いつもの笑みを浮かべてから、フェルロスへ鋭い視線を向けた。
怪我もないようで、俺はほっと息を吐く。
とりあえず、相棒は無事だった。
ならあとは、フェルロスを止め、ルネララムを手に入れるだけ。
その時、ノーヴァがポツリと呟いた。
「まさか助けに来てくれるとは。」
「クーシェが急いで連絡してくれたんだ。おかげでこうして、ここまで辿り着けた。」
「クーシェも戻ってきたんだね。逃げてくれてよかったのに。」
「協力するって言ったんだから、仲間を見捨てるわけないでしょ!あんな勝手なことまたしたら、絶対許さないんだから!」
「……ごめんね、ありがとう。」
ノーヴァは嬉しそうに笑って、ステッキを構え直した。
俺も剣を手に持ち、奴を睨む。
フェルロスはクーシェの姿を見ると、先ほどまでの笑みが嘘のように顔を歪ませた。
「あぁ……お前達を助けていたのはその妖精か。ただでさえ存在そのものが鬱陶しいのに、こうも我々の邪魔をするとは……忌々しい限りだよ。」
「お前のその妖精嫌いは昔からだな、フェルロス。いや……さらに悪化しているか。」
「……カイト。」
扉の陰に隠れ、様子を窺っていたカイトさんも俺達のそばに歩み寄り、フェルロスを見据えた。
ノーヴァはカイトさんがいることがわかっていたのか、それほど驚いていなかったが、フェルロスや奴側の騎士達は動揺しているようだった。
そんな周りには目もくれず、カイトさんはただ、フェルロスを見続けて言葉を続ける。
「嫌いなものを好きになれとは言わない。だが、それだけの理由で今お前がしようとしていることは、断じて許せない。」
「君は何もわかっていないな、カイト。」
フェルロスは笑みを浮かべた。
それはギルドで会った時の親しみやすさのある笑みではなく、人を嘲笑う、邪悪な笑みだった。
「私はただ、あの方のために行動しているに過ぎない。たまたま私の『願い』と、あの方の目的のための『手段の一つ』が同じだったというだけ。殺したいから殺すんじゃない。殺す必要があるから殺すだけだ。」
「……妖精を滅ぼすことで平穏を失わせ、国内からの崩壊を望むのか、お前は。」
「あぁ、その通りさ。その崩壊が各国を巻き込む戦争になれば……あの方の悲願は叶う。」
奴のその言葉に反応したのはノーヴァだった。
「アイツは何を考えている?僕を狙うことと何か関係があるのか?」
「ハハハ!!これから死ぬ器が知る必要はないさ。まぁ一つ言えるのは、大戦争が再び始まれば……我々騎士団の願いも叶うということか。」
「っ、フェルロス、まさか貴様……!」
「そうだよカイト!!私の部下達はそのためにこちら側についた!!みんな戦争で活躍の場を得たい奴らさ!!たった千年前は、嫌でも戦争で手柄を上げることができた。なのに今はどうだ!?戦いなど、望んでも絶対に起こらない。普段の仕事といえば皇帝の護衛か国の警備、そして飽きるような書類仕事!!騎士であるにも関わらず、腰の剣は肉を斬ることすら知らない!!平和を愛し、それを護る?反吐が出る!!」
感情を爆発させ、捲し立てるように吐き捨て、フェルロスはカイトさんを指差す。
「カイト。お前は戦いを望まず、妖精どもと同じように『平和』を愛している。その考えを持つ者は邪魔でしかないんだよ。」
「だからこの場で殺す、か。」
「お前さえいなくなれば、皇帝なんぞどうにでもできるからな。侵入者共々、ここで死ぬがいいさ。」
フェルロスの合図と同時に、彼側の騎士が一斉に武器を構え、俺達を囲む。
戦う力を持たないクーシェにフードの中に隠れるように言って、改めて武器を構え直す。
「……お前達は、エルフの誇りも捨てたのだな。」
小さな声で呟き、カイトさんは鞘から剣を抜く。
月明かりが反射して、銀色の剣が煌めいた。
「……いいだろう。帝国騎士団団長として裏切り者を処罰し、1人のエルフとして同胞の過ちを正そう。エルフの誇り……『慈愛』の下に、お前達を止めよう。」
どこまでも真っ直ぐな強い声と青い瞳が敵を見据え、その姿を見た何人かが一瞬怯んだ。
「そういうわけだ。少々付き合ってくれるか、アルオローラ一の怪盗殿?」
「僕達は体よく巻き込まれたってわけね。いいよ、興が乗った。予告状に書いた通り、ルネラントの巨大な闇……裏切り者達には、夜明けという名の終わりを届けようじゃないか。」
ノーヴァも星の瞳を煌めかせ、そう宣言した。
目だけこちらに向けて、相棒は微笑む。
「アカツキ、準備はいい?ルネララムを盗むための下準備。裏切り者達に、痛い目見てもらうよ。」
「あぁ、まかせろ。クーシェ、しっかり掴まってろよ。」
「わかったわ!3人とも頑張って!」
「おい待て、ルネララムをすんなり盗ませるかどうかは別問題だからな?」
「えぇ!?僕達は君を手伝っているのに!?」
「それとこれとは話が別だ。……というか、命を狙われている状況なのに、俺を含め随分と呑気なことだ。」
カイトさんが呆れ気味に呟いた言葉に4人揃って笑ってしまう。
確かに、命を狙われているこの状況で笑う余裕すらあるのは、危機感がなさすぎるかもしれない。
――だけど、負ける気がしない。
絶対に騎士達に……フェルロスに、勝てる。
俺はそう確信していた。
だから俺も、俺達を囲む騎士を見据え、笑みを浮かべた。
俺達が笑っていることが気に食わなかったのか、フェルロスはこれ以上ないというほど表情を歪ませ、片手を横に振った。
それは合図。
一斉に、騎士達が襲いかかってくる。
「いくぞ!」
俺の言葉にノーヴァ達も頷き、武器を構えた。
ルネララムを手に入れる為に。
裏切り者を正す為に。
妖精達を護る為に。
俺達は、戦いの一歩を踏み出した。




