待ち構えていた者
なんとか誰にもバレずに辿り着いた別棟の前。
別棟とはいえ、かなり豪華な造りだし広いし、ノーヴァに事前に教えてもらった地図がなかったら、絶対迷子になる自信があった。
――でもアイツ、なんで別棟の地図なんか持っていたんだ……?
昔忍び込んだことでもあるのだろうか?
……あとで聞いてみるか。
今はとにかく目的を果たすことが先だ。
ノーヴァほど速くは出来ないが、俺もピッキングを練習していた。それを使う気満々だったのだが……。
いざ入れそうな位置にあった窓を見つけると、そこは鍵が開いており、難なく中に侵入することができた。
中にも、留守番の騎士1人いない。
「……さすがにこれは、罠か……?」
いくらなんでも順調すぎやしないか?
魔導石が狙われているからと言って、完全な無人にするだろうか。
1人考え込むが、俺だけでは答えに辿り着くことはない。
シン……と静まり返った廊下。
等間隔に壁にかかったキャンドルに灯されて、ゆらゆらと揺れる赤い炎を眺め、一度深呼吸をした。
「……罠でも、行くしかないな。」
細心の注意を払って俺は廊下を歩き出した。
歩くたびにコツコツと自分の足音が響く。
いくら歩いても誰にも会わず、本当に誰もいないんじゃないかと思い始めた。
地図が間違っていないか、念のため一階から部屋を覗いていくが、どうやら間違いなさそうだ。
キッチンも、騎士全員が集まるであろう食堂も、外の訓練場に繋がる中庭への扉も、もらった地図の通りだ。
ならば、目指すべき部屋は3階だ。
ノーヴァのくれた地図を見る。
そこに描かれた、団長、副団長の2人が使う執務室。その部屋に赤いペンで丸がつけられている。
ここに来る前の会話を思い出す。
『アイツが何か物を隠すなら、敢えて共有スペースに隠すはずだ。引き出しなんかは自分のスペースだから、隠してしまえばめったに見つからない。』
『もしそれで本当に証拠が見つかったら、どうしたらいいんだ?』
『証拠は今回、騎士団に渡したい。だって今回は身内の問題でもあるだろ?彼ら自身の手で裁くことを、きっと望んでいるだろうからね。』
見つかった証拠は持ち帰らず、共有スペースのわかりやすいところに置いておけばいいと言っていたが……。
もし、あの仮面の男以外に騎士団の裏切り者がいたらどうするのだろう?
よくよく考えてみれば、かなり疑問はあった。
いくら騎士団の中での地位があると言っても、1人でできることには限りがあるはずだ。
つまり、協力が必要不可欠。
マヴロ・フォティアという犯罪組織の1人が、悪事がバレそうな時に庇ってくれる味方、いざとなれば身代わりにできる仲間を、作らないなんてこと、あるのだろうか?
「……なんだか、嫌な予感がする。」
もしかすると、思っていた以上にこの国の闇は深くなってしまっているのではないだろうか。
だとしたら、俺達の敵は、仮面の男だけではない____?
ゴーンッ ゴーンッ
「っ!!」
時計の音が不気味に響く。
悩む時間があるならば、早く終わらせてノーヴァの助けに行った方がいいかもしれない。
自分の仕事が終わったら宿に戻れと言われたが……アイツは肩を怪我している。クーシェもいるし、さすがに心配だ。
俺は3階まで階段を登り、目的の部屋を探す。
1階はさっきも言った通り、キッチンや食堂、訓練場などがあり、2階は騎士団の資料室が年代ごとに部屋分けされていた。
そして3階は、皇帝が住む城に直接繋がっている渡り廊下や、団長達の執務室、役職持ち達の自室などが並んでおり、4階以降は他の騎士達の部屋だと地図には書かれていた。
目的の部屋、執務室は3階の一番奥にあった。
鍵は……今度は閉まっていた。
誰も周りにいないことを確認してから、教えてもらった方法でピッキングを試みる。
思いの外早く解錠することができ、これも罠かと疑う。
マジで順調過ぎでは?
あまりにも順調に行き過ぎて、それに薄気味悪さすら覚えながらも、部屋の様子をそっと窺う。
中は2人分の執務室だし、団長と副団長の仕事部屋というだけあり、まあ広めの作りだった。
奥に大きな窓があり、夜空が見える。カーテンは束ねられているようだった。
その手前にはハの字型に置かれた二つの執務机があり、そのうち一つの机の上は綺麗に整理されていた。
しかしもう一つの机は、これでもかというほど書類が積み重なり、ここで仕事できるのか疑問に思うほどに、まぁその……散らかっていた。
これ、団長の机だとしても副団長の机だとしても、もう少し綺麗にした方がいいだろ……。忙しいのはわかるけどな……。
一つ息を吐いて、俺はとりあえず綺麗な方の机から調べることにした。
……散らかっている方を探すのが面倒くさいとか、やりたくないってわけじゃないからな?
綺麗なやつから始めた方が、時間に余裕できるじゃん……!?
誰に言うでもなく言い訳を心の中で並べた。
とにかくそんなわけで、綺麗な机を調べようと思いそちらに近づく。
机の上は本当に整頓されていて、終わったであろう書類とこれからやる書類が、見て一発でわかるように分けられている。
筆ペンは仮にインクをこぼしても、書類に絶対被害が行かない場所に置かれ、この机の主人はかなり几帳面でしっかりしている人なんだろうと考えられた。
綺麗に揃えられすぎていて、探し物をするのが申し訳ないと思えるほどだ。
しかし、探さないことには始まらない。
思い切って、縦に3つ並んだ引き出しの一番上を開けてみる。
鍵もかかっていなかった引き出しは簡単に開いたから、そんな重要な物は入っていないのだろうと思った。
案の定、特に気になる物は入っておらず扉を閉じようとしたが……
「……ん?」
よく見てみれば、引き出しの底の部分の色が、側面と違う気がした。
中の物を一旦机の上に出してから、恐る恐るそこに手をかけてみる。
これが持ち上がれば、これは……
「二重底、か。」
注意して見ないと見落とす仕掛けだ。
持ち上がった底も一旦机の上に出し、そこに隠されていた物を見てみる。
それは探していた物だった。
契約書と、一つにまとめられた資料。
契約書には、魔物寄せの魔法薬を作り、それで妖精を森から排除できたならば、侯爵への陞爵を考えるという内容が書かれていた。
つまり、伯爵はこの契約の内容に目が眩み、あの魔法薬を作ったということだろう。
資料の方は伯爵の屋敷で手に入れた物と同じ、魔法薬の成分表の紙もあり、明らかに共謀していた証拠だとわかる。
しかも、妖精の森のどこに魔法薬を塗ったか、その結果どうなったか、それが事細かにまとめられた紙もある。
そして、契約書のサイン欄に書かれた名前。伯爵のものと、その下に書かれたもう一つ。俺はそれを見て、眉間に皺を寄せた。
「……ノーヴァの言っていた通りだ。やっぱり、この一連の騒動の裏で糸を引いていたのは……」
「随分と時間がかかったな、アカツキ。」
「っ!?」
自分以外の存在の声が後ろから聞こえ、俺は勢いよく振り向く。
そこにいた人物は、俺も知る人。
やはり、初めからこの人は、ずっと……
「……貴方は、全てわかっていたんだな。この国の闇……騎士団の中にいる裏切り者の存在も、そいつの狙いも、全部。……なぁ、そうなんだろ。答えろよ、
騎士団長、カイト・アウフリック。」
俺がそう告げれば、大きな窓にもたれかかって腕を組んでいたその人は……騎士団長カイト・アウフリックは、ほんの少しだけ口角を上げ、目を細めた。
「なんだ、そこまでわかっていたのか。」
「……気付くように仕向けたのは貴方のくせに。」
カイトさんは鼻で笑い、ただ、俺を見つめる。
この人の目的がわからない。
「なぜこんなことを?」
「こんなこと、とは?」
「とぼけんな。俺がここに来られるように鍵を開けておいたのも、簡単に部屋に入れるよう扉の防護魔法を解いていたのも、証拠をまとめて自分の机の引き出しにしまっておいたのも……ここで待ち伏せていたのも、全部だ。」
「…………。」
俺が問い詰めれば、カイトさんは笑みを消した。
耳が痛くなるほど静かな部屋に、コツコツというカイトさんの歩く音が響く。
その音が聞こえるたびに、俺の背には汗が伝っていく。
近付いてくるその人は騎士団長。纏う空気が全く違った。
目の前まで来た彼は俺を見下ろし、ただ無言で佇む。
俺は何か動きがあればすぐに反撃できるように、そっと護身用の短剣に手を添えた。
しかし、カイトさんは次の瞬間、予想もしていなかった行動に出た。
彼は、俺に対して片膝をついて頭を下げたのだ。
「頼む、アカツキハルト。お前達の力を、この国のために貸してくれ。」
「…………へっ!?カイトさん……!?」
「もはや事態は俺だけではどうすることもできない。全てを暴き、アイツを止められるのはお前達だけだ。この通りだ……!」
俺はどうしたらいいのかわからず、何も言えないまま彼を見下ろす。
まさかこんなことになるなんて。
ルネラントの精鋭、帝国騎士団のトップである騎士団長が、俺に頭を下げて頼み事をしている?
そもそも彼は今、『お前達』と言った。つまり、俺がノーヴァの仲間だとわかっていたということか?
「カイトさん、一度顔をあげてください。俺、何が何だか……」
「このままでは妖精達が危ない。もはやこれは帝国のみの問題には留まらず、アルオローラ全体を巻き込みかねない。」
「っ!」
「聖帝国ルネラントは、戦争の火種となる。」
「それって、どういう……」
『アカツキ!!助けて!!』
どういう意味なのか聞こうとすれば、突然の脳内に響いた叫び声。
考えるまでもなく、クーシェのものだった。
『クーシェ、どうした!?』
『助けて……ノーヴァが……!』
『ノーヴァに何かあったのか!?』
脳内での会話でもわかるほど、クーシェの声は震えきっていた。
そして彼女は、恐れていた言葉を放った。
『このままじゃ、ノーヴァが殺されちゃう!!』
____________________
「なんとか敵は撒けたかな?」
「すごいわねノーヴァ。あんなに追われていたのに逃げ切っちゃった。」
「まぁ、団長達だったら戦わざるを得なかっただろうけど。一般の騎士で助かったよ。」
騎士達に追われている時、バレないようになんとか隠れていた私は、追っ手がいなくなってからノーヴァの肩に座った。
お城はとても豪華だ。
私の暮らす森のような自然豊かさはないけど、お城特有の荘厳さが感じられた。
ここで私達の皇帝陛下が暮らしているのね……。
私達がいるここは廊下のようだけど、幅が広くて一つの部屋と言われてもおかしくないと思う。妖精の私から見たら……っていう条件付きだけど。
ノーヴァの走る音はとても静かで音も響かないから、なんだかとても緊張する。
「ねぇノーヴァ。肩は大丈夫?」
「大丈夫だよ。多少の痛みがあるのは仕方ないけど、それ以外は全然。」
彼はそう言うけど、肩を撃ち抜かれて多少の痛み程度なわけがない。まだ1週間しか経っていないのだから。
しかもそんな状態で、アカツキがバレないように自分を囮にするなんて。
いくらなんでも無茶が過ぎる。
「ノーヴァ、貴方はもう少し自分のことを……」
自分のことを大切にして、と言いかけたが、そっと口元に人差し指を当てられた。
静かにしろということか。
このタイミングで?
ふと、嫌な予感を感じてノーヴァの後ろに隠れる。
彼の長い髪のおかげで、なかなかバレないのだ。
「……姿を現したらどうだい。そこにいるのはわかっているよ。」
ノーヴァが声を掛ければ、広い廊下に多くの騎士が武器を構えて現れた。
……進みたい道も、進んできた道も塞がれた。
ノーヴァと私が進みたい方を塞ぐ騎士達の前に歩み出てきたのは、森に住む私でも何度か見かけたことがある、橙色の髪の騎士。
確か……副団長のフェルロス・エッセン。
彼は笑みを浮かべてノーヴァと対峙した。
「まさか本当にルネララムを狙って現れるとは。歓迎するよ、ノーヴァ?」
「それはどうも。熱烈な歓迎痛み入るよ、フェルロス・エッセン。……いや、仮面野郎。」
仮面野郎……?なんのことだろう。フェルロスさんは仮面なんかつけてないのに。
しかし、その言葉を聞いたフェルロスさんは、浮かべていた笑みを深め、もはや狂気的とも言える顔になった。
「気付いていたか。ここまでくると、もはや貴様の存在そのものが脅威でしかないな。」
「それは嬉しいお言葉だ。それで?こんな大勢の前で自分の正体を明かしてもいいのかい?」
「ははは!!明かすも何も、全員私の部下だよ!!言いたいことは……わかるな?」
「……分かりたくなかったけど、騎士団の約30人は裏切り者ってことね。部下の管理をちゃんとしてほしいね、団長殿には。」
ノーヴァは少し声のトーンを落として呟く。
心なしか、彼が震えているように感じた。
「あのお方は貴様を求めている。まぁ安心しろ、仮に死のうと、あのお方の器になる時には蘇生される。肉体だけは、な。」
「全く安心できないかなぁ。死んでもアイツに会うなんてごめんだ。なんとしても、ルネララムを手に入れて逃げさせてもらうよ。」
「そう簡単に逃しはしないがな!」
フェルロスさんの合図とともに、控えていた騎士達が一斉に武器を向けてくる。
そしてノーヴァは目線だけで辺りを見回し、走り出した。
向かう先には、開いていた小さな窓。
「クーシェ、このまま逃げろ。」
「え……?ちょ、ノーヴァ!?」
「ごめんね。」
そう言って、ノーヴァは____
騎士達に見つからないように、ノーヴァに窓から逃がされた私に出来ることは、助けを求めることだけ。
一体、あの方って誰のことなんだろう。
ノーヴァは何を知っているのだろう。
私にはわからないことだらけだ。
でも、一つだけ言えることがある。
――このままじゃ、ノーヴァが危ない!!
限界までスピードを上げ、私は別棟へと急ぐ。
早く、早く彼の元へ。
「『アカツキ!!助けて!!』」
唯一ノーヴァを助けられる人へ。アカツキへ。
私は力の限り叫んだのだった。
ついにマヴロ・フォティアの刺客の正体を明かせました。
もう少しでルネラント編が終わります。
もうしばらくお付き合いください。




