満月の夜
白く輝く満月を見上げ、どこの世界でも月の美しさは変わらないのかなと、ぼんやりと考える。
そんな俺の肩を叩き、夜空色の衣装に身を包んだノーヴァは隣に立った。
「準備はいいかい、アカツキ?」
「あぁ。いつでも行ける。」
「リンクはもう繋げておくわね!」
ノーヴァの左肩に座ってクーシェがそう言う。同時になんとなく、クーシェと繋がった感覚を覚えた。
……この1週間でよく覚えた方だと思うよ、俺。
自画自賛したもんね。
クーシェとのリンクの練習が始まってすぐ。
案外すんなりと、五感それぞれでの共有を受け取ることができ、クーシェの魔力を経由すればこちらからもそれらを共有できるようになった。
しかし、リンクを繋げている時間が長ければ長いほど、互いに共有がうまくいかなくなり、かなり苦労したのだ。
正直、10分成功すればいい方だった。
これではずっと繋げておくことができない。
刻々と迫るタイムリミット。
全く長続きできないリンク。
だが、俺達はやり遂げてやった。
ついに1時間、ずっとリンクを繋げていても互いに共有ができるようになったのだ!
休み休みならもっと長い時間耐えられるし!
繋がる感覚というのも認識できるようになり、できた時はマジで涙出そうだった。
多分、単位を賭けた赤点ギリギリの講義のテストと同じくらい死ぬ気で頑張った。
流石に自分からリンクを使うところまではいけなかったけど、ここまで努力したことは認めてほしい。
ちょっと脱線したが、そんな経緯があって予告当日を迎えた。
俺達は今、皇帝が住み、ルネララムが保管されている王宮の豪華な門から少し離れた位置の物陰から、警備の様子を探っている。
閉じた門の前には門番の騎士が2人。それ以外の警備はいないようだった。おそらく、他の騎士はルネララムの周りを重点的に守っているのだろう。
しかし、門のそばには多くの人が押し寄せていて、たった2人では収拾がつけられない状態だった。
あの人集りは一体……?
「魔導石を盗もうとする不届者、今までにいなかったからね。僕が盗み出すのか、騎士団が守りきるのか、それを見たい市民が押し寄せたんだろう。」
「今までこうなった事は?」
「ないね。いつも冒険者達が規制して、市民が周辺に立ち入れないようにしていたし。ランベルト伯爵の時も騎士団が規制していたけど……今回ばかりは厳しかったようだ。」
「そうね。私ももし貴方達のこと何も知らなかったら、きっとあそこの1人として見ていると思うわ。忍び込んででも見てみたいもの。」
それは普通に不法侵入だぞクーシェ……。
まあ、今から3人揃って不法侵入するけど。
とにかく、今までは規制されていたから見に来る一般市民がいなかったことはわかった。
しかし今回は、ルネララムの護りを固めているから、こちらの規制に回す人員を最小限に収めざるを得なかったのだろう。
その結果、王族の保管する宝に手を出すという前代未聞の犯行予告の話題性も相まって、こんな事態になったと……。
「これは楽しくなりそうだね。」
「楽しむなこの状況を。……お前、右肩は?」
「心配しないで。庇いながら動けば問題ない。」
問題大アリだわ。
クーシェが毎日薬草や治癒魔法で治療してくれていたが、やはり完治しなかったか……。
ケロッとした顔をしているが、多分まだ痛むのではないだろうか?
その証拠に、ノーヴァは右肩をできるだけ動かさないようにしているし、よく見れば庇っているのがわかる。
「もし痛くなったら言ってね。簡易的にはなるけど、痛みを和らげる魔法を使うわ。」
「ありがとう、クーシェ。……さて、それじゃあ作戦の確認。」
「おう。」
クーシェに向かって柔らかく微笑み、その後真剣な眼差しでこちらへ向き直ったノーヴァは、今夜の作戦をもう一度確認する。
「僕はこのままクーシェと一緒に騎士達と応戦しつつ、ルネララムのある『紫石の間』を目指す。」
「その間に俺は騎士団の住居側……別棟で、伯爵と共謀した証拠を見つける。」
「私はバレないようにノーヴァのサポートをして、アカツキと情報を共有する。」
「そのあとは各々、近くの窓とかから脱出して宿で合流!幸運を祈る!ってね。」
今思うと割と雑な作戦だな。まぁなんとかなるか。
……クーシェがいる手前口には出せなかったが、もう一つ仕事がある。
伯爵と共謀した証拠を見つけることもそうだが、マヴロ・フォティアと関わっている証拠も見つけておきたい。
その証拠を見つけられれば、マヴロ・フォティアを表に引き摺り出すことも、騎士団に紛れ込んだあの仮面の男の余罪を明らかにすることもできるはずだ。
つまり俺が証拠さえ掴めれば、「この国の闇」どころか、「この世界の闇」も、暴くことができるかもしれない。
伯爵の時と同じく、責任重大だ。
そんなことを考えていると、ノーヴァは体全体を隠せる薄茶色のマントを出し、それを俺にも渡してきた。
「アカツキ、怖い顔してるよ。もっと気楽に構えていい。」
「でも……」
「想像してごらんよ。手負いの僕に出し抜かれて、宝は守れないわ悪事は明らかにされるわ、散々な目に遭う黒幕の姿を。」
「それはちょっと……面白いわね?」
「でしょ?一泡吹かせてやろうよ!」
「乗った!!」
ノーヴァの言葉にクーシェが同調し、きゃっきゃっと楽しそうに笑い始める。
クーシェ、お前妖精の森守るために俺達に協力したんだよな?
純粋に楽しんでいないか……??
なんて思いつつも、楽しそうに話す2人を見ていて、あまりの緊張感のなさに肩から力が抜け、少し心が落ち着く。
気楽に、か。
確かにその方がいいのかも、な。
「うん、いい顔になった。君に怖い顔は似合わないよ。」
「…………ありがとな。」
気を遣ってくれたことに感謝して、俺はマントを羽織る。
そしてフードを深く被り、まっすぐにノーヴァの目を見た。
それに対しノーヴァも頷き、フードを被ってクーシェに内側に入って隠れるように手招いた。
夜でも輝く赤髪はフードにすっぽりと隠れ、顔もよくわからない。
お互い不審者感満載の格好になったが、まあ仕方ないよな。
「じゃあ……行こうか!」
「「了解!」」
こうして俺達の、ルネラントにおける大仕事が幕を開けた。
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人が密集した門の入り口。
侵入者を阻む石の壁。時間はかかってもそれを乗り越えた方がバレないが、ノーヴァの立てた作戦のためには、この入り口を通る必要があった。
俺は人集りの後ろの列で立ち止まり、人集りの中に入っていったノーヴァを見送る。
クーシェがリンクで繋げてくれているため、視覚と聴覚の共有をして彼女の視点になって会話に耳を向けた。
人集りの一番前まで難なく辿り着いたノーヴァは、フードを被ったまま、騎士団に話しかけた。
「おやおやこれは騎士様!私、旅の者でございますがこの人集りは一体なんなのですか?」
わざとらしい演技で騎士2人に問いかけ、騎士だけでなく集まっていた市民達の視線もノーヴァに集中する。
突然現れた不審な人物に訝しげな顔をしつつも、騎士は答える。
「知らんのか。今夜、怪盗ノーヴァがこの城に現れるのだ。」
「だから警備の邪魔になる前に去れ。お前達もだ!」
「いいじゃねえか、ここで見るくらい!!」
「そーよそーよ!いつも規制されているのだから、遠くからでも見せなさいよ!」
市民達の中から騎士達への不満の声が聞こえ、それに同調する他の人達の声も段々と増えていく。
2人だけの騎士では、やはりこの収拾をつけることは難しいのだろう。
市民達の非難の雨に騎士達も参っているようだった。
そんな状況でも自分のペースを崩さず、話を続けるのはもちろんノーヴァ。
「はて?あの怪盗は一体何を盗むと?」
「この国の魔導石、紫石ルネララムだよ。全く無謀なことを……。」
「我々帝国騎士団の警備の中盗み出すことなど、不可能に近いというのに。」
「そうですか……さぞ自信があるのでしょうね、その怪盗は。」
絶対わざととしか言いようがない言葉。
言外に、「必ず盗み出す」と宣言しているようなものだ。
クーシェが横を見上げれば、悪い顔をしたノーヴァが視界に映り、状況を楽しんでいることが理解できた。
「自信があるのなら、とっくに現れていていいだろう。」
「盗み出せる自信がないからまだ姿を見せないのでは?」
「まったく……この警備自体が徒労に終わりそうだ。」
騎士達の愚痴は続き、ノーヴァは左手を挙げてストップをかける。
「自信?あるに決まっているでしょうよ。でなけりゃ予告などもいたしません。」
「なぜそう言い切れる?」
「なぜ?そんなの決まっていますよ。」
「だって…………僕が怪盗ノーヴァなのだから。」
その言葉とともにフードを取り、赤い髪が広がる。
目の前に突然、ターゲットの怪盗が現れた騎士団2人も、驚きで目を見開いている。
そしてノーヴァは、高らかに宣言した。
「さぁ始めようか、僕の舞台を!」
手に持っていたあの煙玉を地面に叩きつけ、一面が真っ白な煙に包まれ、突然のことに市民達の間からは歓声とも悲鳴とも区別がつかない叫びが上がる。
それを聞いて、視覚の共有のみ解除し、自分の視点からノーヴァを確認する。
ノーヴァはマントを脱ぎ捨て、人間離れなその身体能力で大きく飛び上がったところだった。
そしてそのまま閉じた門の上にバランスよく立ち、ノーヴァとしての笑みを浮かべ言い放つ。
「予告通り魔導石の一つ、紫石ルネララムをいただきに参上した!」
「怪盗ノーヴァ……!!」
「門の鍵を開けろ!!早く捕まえるんだ!」
騎士2人が慌てて門の扉の鍵を開き始める。
「悪いけど、開けるのを待っていてあげるほど優しくはないのでね。先を急がせてもらうよ!」
「くそ、待て怪盗ノーヴァ!!」
「早く情報の伝達を!!」
城の広い庭の奥へと、ノーヴァは走り去っていく。視認できるところまででも、あの煙玉を数個使って視界を奪いつつ、彼は城の内部へと走り去っていった。
走り去る前、一度こちらに視線を向けたノーヴァ。
俺もそろそろ、動き出そう。
騎士達が遅れて門の鍵を開け扉を開け放つ。
しかしそれと同時に俺もノーヴァと同じ煙玉を叩きつけ、人の間を掻い潜って走り抜けた。
「なんだ!?またか!?」
「ノーヴァが仕掛けておいたのか!?」
「ってか本当にこの煙何も見えないな!!??」
再びの煙で視界を奪われた騎士から門の鍵を奪い、内側からまた鍵をかける。
これで騎士も市民も中には入れない。
煙が完全になくなる前に、俺もそのまま別棟へと走った。
後ろからはまだ、煙がなくならず騒いでいる騎士と市民の声が聞こえるが、こちらも目的がある。
心の中での謝罪はして、そういえばと思いリンクで脳内会話をしてみた。
『クーシェ、聞こえるか?』
『聞こえるわよ!中に入れた?』
『あぁ。お前達は?』
『今騎士団と追いかけっこしてるわ。城内には入れた!』
『わかった。……気をつけろよって、伝えておいてくれ。』
『えぇ、わかったわ。そっちも気をつけてね!』
とりあえず向こうも順調なことは把握できた。
騎士団はおそらく、ルネララムを守るために全勢力を持ってノーヴァの方へ向かう。
まさか自分達の住居である別棟から盗まれるものがあるなんて思わないだろう。
だからなんとしても、ノーヴァが囮になってくれている間に証拠を見つける。
――必ず、この国での目的を果たす。
俺はその思いを胸に、先を急いだのだった。




