協力者
「……とりあえずこれで一安心、かしら。」
「ありがとな、クーシェ。」
クーシェに案内されて着いた場所は、周りの木よりも大きな木の根元だった。
大きなうろ……樹洞には人二人なら余裕で入れるほどのスペースがある。
その樹洞は、クーシェが地道に広げていき、迷い込んだ人が休める空間として趣味で作ったらしい。
なんか、色々すごいな……。
俺はその中にお邪魔し、ノーヴァを横たわらせる。
すぐさまクーシェが持っていた色とりどりの葉っぱ……薬草を使って処置を始め、俺も簡単なものしか使えないが治癒魔法でサポートした。
その甲斐あってか、ノーヴァの顔はいつしか、苦痛で辛そうだった表情から、落ち着いた寝顔に変わっていた。
「本当なら、ちゃんと専門の人に見てもらった方がいいわ。でも、それが無理なら私ができる限りやる。毎日傷に薬草の汁を塗って、治癒魔法で少しずつ治していくわ。」
「クーシェも治癒魔法が使えるのか?」
「ええ!私の一番得意な魔法よ。」
にっこりと笑って、クーシェは誇らしげに言う。
「ちょうど薬草を摘みに行った帰りでよかったわ。すぐに手当てができた。」
「こんな夜に薬草を?妖精って暗闇を怖がるんじゃないか?」
「他の子は怖がるわね。でも、私は変人だから全然!
怖くないからこそ、夜にしか取れない薬草も取りに行けるのよ。」
「夜にしか取れない薬草ってあるんだな……。」
それにしても、変人、か。
確か、前に案内してくれたあの妖精達も、クーシェは変わっているが、頭がいい。だから言うことを信じて、その通りに行動している……みたいなことを言っていた気がする。
「他の子達は魔法に全て頼りきってるわ。だからこそ、もしもの時に備えて魔法を使わない治療法とかを研究しているの。」
「……努力家なんだな、クーシェは。」
俺が素直にそう伝えれば、彼女は胸を張って微笑んだ。
「当たり前よ!私はいつか世界を旅するんだから!何があっても対処できるようにしておかなきゃ!」
「旅?」
「そう!私、ルネラントの外へ行ってみたいの。他の国はルネラントとは全く違うんでしょう?それを自分の目で見てみたいの!貴方と初めて会った時も港にいたでしょ?いつもあそこに行って、遠い遠い海の向こうの世界を考えてるのよ!」
目を輝かせてそう言って、クーシェは蔦で吊るした、自分用の可愛らしい小さな椅子に腰掛けた。
足をぶらぶらと揺らしながら、満面の笑みを浮かべたクーシェは、その様子からも本当に他の国に憧れを抱いていることがよく分かり、俺もつられて笑顔になれた。
夢を語るその姿が、弟の陽介と重なって、すごく微笑ましかった。
すると彼女はクスリと笑い、俺に言った。
「やっと笑ったわね。貴方、ずっと青ざめていて、こっちがヒヤヒヤするくらいだったのよ?」
「そんなにか……?」
「えぇ。私が森で見つけた時からずっと。」
「……なんか、ごめんな……。」
焦りと不安と、親しい人が死ぬかもしれない恐怖で、確かにあの時の俺は相当やばかったかもしれない。
でも、そんな風に言われるほどって……と、自分が情けない。
「謝らないで。それくらい、この人のことを助けたいって思ってたんでしょ?」
「……あぁ。命を救われたから、な。」
よく考えてみれば、ノーヴァには守られてばかりだ。
マヴロ・フォティアに初めて会った時も、ギルドでの喧嘩騒ぎの時も、今夜も、ノーヴァはどんな時も、俺がピンチの時、必ず守ってくれた。
相棒だから、と言われればそれまでだが、他にもまだ、何か理由がある気がするのは、気のせいだろうか……?
「それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「うおっ!?」
俺が下を向いて思考を巡らせていると、突然横からクーシェが覗き込んできた。
流石にビビる。
「教えるって何を?」
「貴方とこの人が、どうしてあそこにいたのか!だってこの人、怪盗ノーヴァよね?」
「ノーヴァを知ってるのか?」
「街でも森でも、たまに話を聞く程度には有名だもの。訳ありとはいえ、助けてあげた私は貴方とノーヴァの関係を、事情を知る権利があると思うわ!」
「ごもっともだな……。」
確かに、クーシェのおかげでノーヴァを助けられた。だけど、こいつの意識がない今、あそこにいた経緯を話すのはどうなんだろうか。
俺はどうしたら……。
「でも、貴方と一緒にいたってことはやっぱりノーヴァは……」
「仕事帰りだったんだよ。……迷惑かけたね、2人とも。」
「っ!?ノーヴァ!?」
俺が返答に困っていると、突然俺でもクーシェでもない人物の声が聞こえた。それはもちろんノーヴァ本人で。
眠っていたはずのノーヴァが身体を起こし、肩を抑えながらも微笑んでいた。
クーシェも俺と同じように驚いて目を見開いていたが、すぐに我に返ったのか、ノーヴァの額をペチペチと叩き出した。
「何やってんの!まだ絶対安静!寝てなさい!!」
「痛い痛い!怪我人への扱い間違ってないかな!?」
「ツッコミ入れられるなら大丈夫だろ。」
「辛辣だな!?」
目が覚めたのは、まぁよかった。起きたら起きたでうるさいけど、うん。安心した。
一言も喋れなかった状態から、ツッコミができるくらいまで復活したことに、正直本当に安心した。
それはそれとして、なんとかクーシェの攻撃をやめさせたノーヴァに、俺は気になった事を聞いてみる。
「お前、いつから起きてた?」
「実はずっと。君が、僕が死にそうで彼女に泣きついてたのも聞こえてたよ。」
「殴ったら記憶ってなくなるかな!」
「軽率な暴力やめよ?」
満面の笑みで拳を固めれば、速攻でノーヴァは暴力反対だと片手を前に突き出した。
やはり、撃たれた側の手はあげられないのか。
普段と変わらない態度で振る舞っているが、手を庇っていたり、脂汗を浮かべていたりするところを見ると、無理はしているんだろう。
俺が油断しなければ、こいつは怪我しなかったはずなのに……俺のせいで……
「君のせいじゃないよ、アカツキ。」
「っ!」
全く気にしていないと言わんばかりに、彼らしい笑みを浮かべ、ノーヴァは続けた。
「僕が庇いたくて庇った。それだけ。相棒を守るのは、当たり前だろ?
……まぁ、君が、自分のせいで僕が怪我をしたと言うなら……
次は君が僕を守ってよ。もちろん怪我をすることは許さないけどね。」
あぁ、まだ次があるのか。
隣にいていいのか。
俺のせいで怪我したのに、まだ相棒と呼んでくれるのか。
笑みを浮かべるノーヴァの顔は、少しの曇りもなく、本当にそう思ってくれていることがわかった。わかってしまった。
どうしてコイツは、俺が望む言葉をこんなにも簡単に口にしてくれるんだろう。
だから俺は聞いてみた。
「……俺の心読んだ?」
「君がわかりやすいって、前も言ったじゃん。」
出会ったばかりの時にもしたやりとり。
互いに覚えていて、似たような会話をしたことがおかしくて、俺もノーヴァも同時に吹き出した。
少し、心が軽くなった気がする。
俺はやはり、ノーヴァに救われてばかりだ。
でも、いつかその分、俺がノーヴァを救う。だから、今は…………
ふと、2人分の笑い声が響く中、少し不貞腐れた声が聞こえてきた。
「お二人だけで随分楽しそうね!助けたのは私なのに、すっかり蚊帳の外よ。寝てろって言ってるのにずーっとお話してるし!!」
気がついたら俺の肩で肘をついて、クーシェは頬を膨らませていた。
完全にいじけてる。
「あはは、ごめんよクーシェ。ここからは君にも話に参加してもらおうかな?」
「私の名前……。やっぱり、貴方エイルね?」
「ご名答!勘がいいね、クーシェ!」
「アカツキと一緒にいたから、それでなんとなくよ!赤い髪も似合っているわね!」
「本当?照れちゃうな〜。」
「え、そんな簡単に受け入れられる感じ??」
あまりにも自然に、ノーヴァがエイルだということを受け入れていて、俺は脳が思考停止した。
いや、俺と一緒にいたからって理由だけで正体に辿り着くか、普通?
そんでもってなんで普通におしゃべりしてんの??
疑問が尽きず、1人で百面相をしているであろう俺のことは無視され、クーシェが一つ咳払いをしてから言った。
「それで本題に戻るけど……教えてもらえるの?貴方達に何があったか。」
「そうだね。助けてもらった恩があるし、君達妖精のためにも、聞いておいてほしい。」
ノーヴァはそうして、俺達の関係や、ここに来るまでに起こったことをクーシェに説明した。
俺達は怪盗とそのバディであること。
資金稼ぎで冒険者をやっていること。
ランベルト伯爵が森に魔物を呼んだ犯人だったこと。
今夜盗みに入り、成分表と魔法薬をいくつか盗んできたこと。
そして……
「逃げる途中に少し油断して、騎士団の1人の攻撃を受けちゃった結果、今に至るってわけ。」
「なるほど……そんなことがあったのね。」
「騎士団に森の立ち入りを禁止されて、犯人のこととか教えるの遅くなったんだ。悪い。」
「大丈夫よ!今こうして教えてもらえただけでもとても嬉しい。」
ノーヴァは、マヴロ・フォティアのことを伏せた。
今日、身をもってわかったアイツらの執念深さを考えれば、クーシェも巻き込まれかねないからだろう。
だから俺もノーヴァの意図を汲んで、そこには特に触れなかった。
クーシェは口に手を当てながら考え込み、俺の肩から離れ、ふよふよと俺達の間を飛び始めた。
「……ねえ、よければ、私にも協力させてくれない?」
「えっ?」
ふと思い立ったようにクーシェが言い、俺達は固まる。
どうしてそうなった?
「話を聞く限り、伯爵は捕まったけど、まだ真犯人がいるんでしょ?なら、私もそいつを捕まえたい。この森に生きる妖精として、戦いたい。」
クーシェのその言葉はとてもまっすぐで、本気だということは伝わってきた。
ノーヴァは彼女を見つめ、真面目な顔をして言う。
「……この国最強とも言える帝国騎士団を敵に回すことになる。それはわかってる?」
「承知の上よ。騎士団の誰かが真犯人だってことも、わかってる。」
「それは……」
「騎士団とは一応面識があるけど、彼らが一貴族のためだけに総出で警備に出るなんておかしいもの。命令が出せる団長か副団長が、ランベルト伯爵と共謀しているって考えるのが無難じゃない?」
この子は、俺達が話したあの少ない情報の中から、その可能性を導き出したのか?
侮っていたわけではない。
しかし、俺が思っていた以上にクーシェは聡明で、多くを考えられる妖精だ。
クーシェは俺達をまっすぐ見て、凛とした声で続ける。
「妖精は、平和を重んじる種族よ。私は私達の森の平和を守るために貴方達に協力する。たとえ騎士団だとしても、平和を脅かす悪い奴なら懲らしめてやるわ!!」
彼女がこの森のことを想う気持ち。
それが、言葉から伝わってきた。
俺はノーヴァを見る。
相変わらず座ったまま肩を抑えているノーヴァはクーシェを黙って見つめ、悩んでいるように見えた。
……言ってみる価値はあるよな。
「なぁノーヴァ。クーシェに協力してもらってもいいんじゃないか?」
「……理由は?」
「お前は怪我をしている。俺は治癒魔法苦手だけど、クーシェは得意で、今の処置だってほとんどクーシェがやってくれた。」
ノーヴァは俺の話をジッと聞いてくれた。
クーシェも、俺がフォローに入るとは思っていなかったのか、キョトンとした顔でこちらを見ている。
「クーシェがいてくれるなら、お前のその怪我も診てもらえるし、俺達に協力したいっていうクーシェの願いも叶えられるだろ?」
「…………。」
「それに、自分の大切な場所を守るために戦いたいっていう、クーシェの気持ちも、尊重してやりたい。」
おそらくノーヴァは、俺みたいに修行を受けたわけでも、ノーヴァみたいに戦いや盗みに慣れているわけでもないクーシェを連れていって、危険な目に遭わせてしまうことを危惧しているのだろう。
バディの俺にすら、「まだ断ってくれていい」と退路を用意していたくらいだし。
どれくらい無言の時間が流れたか。
しばらく俺とクーシェの顔を交互に見た後、ノーヴァはため息を吐いた。
「……真犯人は確かに騎士団の奴だ。でも、この資料を見る限り、真犯人が関わったことがわかる証拠は抜き取られている。」
そう言って、真犯人の話に戻り、盗んできた資料をペラペラとめくって顔を顰めるノーヴァ。
魔物寄せの魔法薬の成分表があるから、クーシェがギルドに持ち込んだ魔法薬と照合すれば、ランベルト伯爵の罪は暴くことができる。
しかしこれでは真犯人は捕まえられないし、目的もわからずじまいだ。
だからこそ、難しい顔をしているのだろう。
「おそらく城にある騎士団の居住スペースのどこかに証拠は残されているはず。例えば、ランベルト伯爵との魔法薬についての契約書とか、そういうやつね。」
「城…………。」
「僕がルネララムを探している間、アカツキにはその証拠を探してほしい。……でも、連絡を取り合う術がなくてね……。誰かに仲介人になってもらえたら、すごく助かるんだよなぁ。」
「っ!それじゃあ……」
クーシェは期待に目を見開く。
ふふ、と小さく笑い、ノーヴァは言った。
「君が森を救って満足するまで。お言葉に甘えて、連絡係兼治療者として協力してもらおうかな。」
「やったぁぁぁ!!」
「よかったなクーシェ!」
「アカツキのおかげよ!ありがとう!
エイル……じゃなかった、ノーヴァもありがとう!私、とっても嬉しいわ!!」
周りを高速で飛び回って喜ぶクーシェに、とても微笑ましい気持ちになる。
相当嬉しかったのか、無邪気に喜ぶその姿には、さっきまでの落ち着いた妖精の少女の面影はなかった。
「さて!そうと決まれば、早速作戦会議といこうか!」
意気揚々としてノーヴァがそう言う。
が、しかし。
「まずは絶対安静だけどね!!ってことでいい加減寝ろ!!」
「いや、だから額叩くのやめて!?」
「肩撃ち抜かれてるんだからね!?普通に重傷なんだからまずは傷を癒すところからよ!私が仲間になったからには、無理はさせないんだから!!」
これは随分と頼もしい仲間だなと、笑みが溢れる。
俺もノーヴァも、怪我とか気にせず無理するタイプだから、しっかり止めに入るスタンスのクーシェの存在は、かなり大きい。
俺達を見つけてくれたのがクーシェでよかった。
俺は、未だ相棒と寝る寝ないの攻防を繰り広げている新たな協力者の少女に、小さく、聞こえない程度の声で感謝の言葉を口にした。
こうして、俺達の協力者、妖精族の少女クーシェが、作戦に参加したのだった。
クーシェ再登場&協力者となりました!
今後のクーシェの活躍もお楽しみに。




