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路地裏での出会い

 ふと、目が覚めた。そう、目が覚めたのだ。

 死んだはずなのに目を開け、暗闇の中に倒れていることを自覚する。

 重い身体をなんとか起き上がらせ、起きたばかりで覚醒しきれていない頭をなんとか働かせる。


 何があった?確か、出勤途中に陽介から電話がかかってきて、会話していたら辺りが騒がしくなって、鉄骨が落ちてきて………。


――ああ、そうか、あの時俺は……。


 弟のことを思い、胸が痛くなる。電話を繋げたまま、俺はおそらく鉄骨に潰された。スマホが潰されていれば話は別だが、もし潰されてなかった場合、アイツに兄の死ぬ瞬間を…死ぬ瞬間の音を聞かせてしまったことになる。いっその事、スマホも潰れていてくれ。

 トラウマになっていないといいのだが……。いや、トラウマにならない方がおかしいか。本当に悪いことしたな……ごめんな、陽介…………。


「そういえば、ここは何処なんだ…?」


 段々と暗闇に目が馴染んできたのか、少しだけ周りが見えるようになってきた。

 あの世……なのか?だとしたらおかしい。だって…あの世がこんなヨーロッパ風な建物に囲まれてるわけがない……いや、決めつけは良くないけど。想像していたのは、もっとこう…日本のあの世的な感じだったのだが…。どう考えても違うだろ、ここ。


 胸に手を当ててみると、心臓が規則正しく鼓動を打っているのがわかった。めちゃめちゃ元気じゃん。本当に死んだのか疑問に思うレベルだよ。

 鉄骨に潰されて、俺死にましたよね??


 ……改めて自分の死に際のことを思い出すと、なかなかに悲惨な事故だったな……。

 まだやり残した事あったのになぁ……。


「……まあ、今更後悔しても遅いよな。できることをやるしかねぇか。」


 頬を軽く両手で叩き、気合を入れる。止まってたって何かが変わるわけではないだろう。今は俺自身で行動を起こすしかない。

 その場で軽く体を動かし、ちゃんと動くか確認する。うん、体に問題はなさそうだな。痛いところもなし。マジでなんで無傷なのか疑問だけど、今はもう無視だな!わからない事は保留だ保留!!


 俺は一歩を踏み出す。まずはここが何処なのか、ちゃんと把握しないとならないだろう。ぶっちゃけ、何が起きているのかも全然理解できてないが、理解するためにも動くべきだ。


 明かりも何もない、暗く、長い路地裏の出口を目指し、俺は前に歩き続ける。何箇所か横に道が続いているようだが、とりあえず真っ直ぐ進んでみる事にする。

 暫く歩いてから、空に輝く星を見てため息を吐いた。


「せめて昼なら、明るくて動きやすいんだけどな……。」


 流石に星の光が道を照らしてくれるわけではないし、位置の関係もあるのか、月も見えない。

 目が慣れたとは言ってもそんなはっきりと道が見えるわけでもなく、何かに躓きそうで怖い。ついでに何か「そういうもの」も出てきそうで怖い。この怖さを紛らわせる苦肉の策として、壁伝いに恐る恐る歩きながら、自分の状況をもう一度整理することにした。


 俺はあの時死んだはずだ。呆気なく。


 それなのに、俺はこうして息をしているし自分で動けている。なんなら周りが静かすぎて自分の心臓の音も聞こえるほどだ。

 仮にあそこで死なず、奇跡的に助かっていたとしよう。新しい疑問が出てくる。

 鉄骨に潰されたんだ、無傷ではすまないだろう。ならば普通、病院に搬送されるのではないだろうか?どう考えても病院じゃないし、屋外だし、日本じゃない。


 そもそも、なんで俺はここで倒れていたんだ?


「…ダメだ、頭が混乱してきた。」


 難しいことを考えるのは後回しにしよう。怖さも程よく紛れた気がするし、後はただ、ひたすら前に前に進んで、ここから抜け出そう。


 そう思い、再び足を進め始めた時だった。横道からヌッ……と手が出てきて、あろうことか俺の手を掴んできたのだ!


「ギャアァァァァァァァァァ!!??」

「おっと、驚かせちまったか。すまんすまん!」


 ただでさえ暗い道、静寂に包まれていた中で突然そんなことが起きればどうなるか。

 答えは簡単、死ぬほどビビるし叫ぶし腰抜ける。

 死んだはずの俺が、この例えを使うのはおかしい気もするが。まあ、言葉の綾ってことで。


 突然現れたその人は、座り込んだ俺に手を差し伸べ、起き上がるのを手伝ってくれた。

 突然の事で叫び声をあげてしまったが、落ち着いてみると、初対面の相手にかなり失礼な態度だったよな。手を掴んだ相手も悪いと思うけど!!


「悪かったな驚かせて。人の気配がするもんだから、アイツ(・・・)の可能性も考えて来てみたんだよ。」

「え……?あの……?」

「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はノーレンだ。」

「あ……俺は暁晴斗です。」

「アカツキハルト……?いい名前だな!」


 その人……ノーレンさんはそう言って半ば強引に握手をしてきた。彼のそばに浮かぶランタンに照らされた顔は、屈託のない笑顔で、小皺などから40代前半かな、とおもっ……て…………。


――ランタンが浮かんでる!!!???


 待って。ちょっと待ってくれ。ランタンって浮かぶものだっけ。え、あれ?幻覚?

 目を擦り、もう一度見てみるが、どう見てもランタンが浮いてる。ノーレンさんが何か持っている感じでもないし、本当に、彼のそばを浮いて、道を照らしているようだった。


「ノ、ノノノノーレンさん、あの、そのランタン…」

「ん?これか?眩しすぎたか?」

「いやそうじゃなくて!なんで浮いているんですか!?」


 俺がそう言えば、ノーレンさんは不思議そうに首を傾げた。


「なんでって……魔力で浮かしてるだけだぞ?」

「魔力!!??」

「なんでそんな驚いてんだ。これくらい誰だってやってるだろう。そんなことよりも、出口は向こうだ。早く行くぞ。」

「はい……!?誰だって……!?って、ちょっと待ってください!」


 俺が1人で混乱していると、ノーレンさんはさっさと件のランタンで前を照らしながら歩いて行ってしまった。なぜか一緒に行動することになってることに首を傾げつつ、俺はやっと出会えた人と離れるのはまずいと思い、彼の後ろをついていく。

 しかし、頭は混乱したままだ。


 さっき、彼は「魔力」で浮かしているだけと言った。つまり、この世界では魔力……魔法が当たり前に存在している、という事だろうか。

 もしかしたらの可能性が頭をよぎる。俺も好きで読んでいたジャンルのお決まりパターン。まさか、そんなファンタジーな展開が起きるわけない。そう思いたかったが、実際に目にしてしまったのだから、認めるしかないだろう。



「俺、異世界に来ちゃった……?」



____________________



 ノーレンさんの後ろをついていきながら、彼が魔力で浮かせている、と言っていたランタンをよく観察してみた。

 やはり糸も何もついてないし、完全に宙に浮いているとしか表現のしようがない。

 夢でも見ているのかと淡い期待を抱いて、頬をつねってみたり、レンガで造られた建物の壁に頭をぶつけてみたりしたが、どちらもとても痛かった。夢じゃない、現実だった。

 ノーレンさんには「変わった奴だな。」と笑われ、腫れた額をまたもや魔法らしき力で癒してくれた。めっちゃ普通に魔法使うじゃん…。ゲームみたいな詠唱ないじゃん…。


「そういえば、アカツキはどうしてこんな所にいたんだ?」

「え?」


 突然そう聞かれ、俺は言葉に詰まった。

 「死んだと思ったらここにいました」とか、「異世界にいつの間にか来ちゃってました」とか言ってみろ、痛い奴だと思われる。

 しかし何も答えないと、それはそれで怪しい奴だと思われてしまうし……俺は覚悟を決める。


「俺、すごい遠い所から来たんですけど、土地勘がないから迷い込んじゃったみたいなんですよね。周りは高い建物ばかりだし、路地裏は入り組んでるし……。」

「ハハハ!!なるほどな。見た目の割にお前さん、抜けてるところがあるんだな!」


 嘘に現実味を持たせるためには、多少本当のことを混ぜるといい、と最初に言ったのは誰だったか。

 土地勘云々で迷ったわけではないが、遠い所(別の世界)から来たし、迷ってたこと自体は本当だ。


 ノーレンさんは俺の話を信じてくれたらしく、豪快に笑って肩を叩いてきた。どうやら、路地裏に迷い込んだ事がツボに入ったらしい。そんなに笑えましたかね??


「でも、偶然にもノーレンさんと出会えて良かったです。下手したらまだ迷ってましたよ。ありがとうございました。」

「いいってことよ!俺は現場に向かう前に、近くにアイツ(・・・)が潜んでいないか見回ってただけだしな。」


 その言葉に、ふと疑問が浮かぶ。


 アイツって、誰なんだろう?

 そういえば出会ってすぐの時も、アイツがなんとか…みたいな事を言っていた気がする。

 現場に向かう前とか言ってるし、ノーレンさんはこの世界での警察みたいな感じなのだろうか?そして、アイツとやらはノーレンさんの追っている犯人とかか……?


「あの……ノーレンさん。一つ聞きたいことがあるんですけど…」

「お?なんだ?」

「ノーレンさんが探している、その……アイツって、何者なんですか?」


 俺の疑問に、ノーレンさんは何故か目を丸くした。

 え、俺なんか変なこと言ったか!?


「なんだアカツキ、お前同業者じゃなかったのか!!悪ぃな、勘違いしてたわ!!」

「はい!?」


 俺の肩を叩きながら、ノーレンさんはまた豪快に笑った。よく笑う人だな。あと痛いです。

 というか!!!勘違いってどういうことだ!?もしかして俺もそのアイツとかいうのを追いかけていて迷ったと思われた感じかな!?


「さっき遠いところから来たって言いましたよね!?もしかして信じてませんでした!?」

「いやぁ、依頼を受けて別の国から来た新人かと思ってな。そういうわけでもなく、本当にただ普通に迷子だったんだな。」

「いや、まあ……迷子ですけど………なんかいざ言われると恥ずかしいんで、迷子って言わないでください…。」


 迷子呼びされると流石に恥ずかしい。俺のなけなしのプライドが……うん……。


「わかったわかった。それで、アイツが誰か、だったか?」

「っ!はい!」

「俺はアイツを捕まえるために、任務としてここに来たんだ。……つっても、アイツは俺や他の同業者がどんだけ頑張っても、全てを躱しちまう化け物だけどな。」

「化け物……?」


 え、マジで言ってます?そんなヤベェ奴のところに今行こうとしてんの?

 というか、こんな街中――今いる場所は路地裏だけども街であることに変わりはなさそうだし――に、そんな化け物出て人間襲われない?大丈夫?


 いや、異世界ならあり得る、のか……?

 もしかしてノーレンさん、ハンターだったりします?化け物退治専門の職業の人です?夜な夜な街の平和のために戦ってるヒーロー的なそういう感じですか!?


「アイツはただの一度も、俺たちに捕まったことがない。だから今夜こそ、あのお騒がせ野郎を捕まえてやるのさ。」

「それで……そいつの名前は……?」


 熱く語るノーレンさんを見て、唾を飲む。

 そして、そいつの名は紡がれた。


「奴の名は、ノーヴァ。怪盗ノーヴァ。

 この世界……アルオローラ各地で盗みを働く、神出鬼没の怪盗だよ。」

「怪盗……ノーヴァ……?」


 この異世界が、アルオローラという名前であることがわかると同時に、ノーレンさんの追っている、アイツの正体もわかった。


 怪盗ノーヴァ、神出鬼没で捕まえることのできない謎の人物。


――まさか、本当に怪盗が存在するなんて……!!


 俺は感動のあまり手が震えた。

 何故かって?俺が怪盗と名の付くものが大好きだから。

 昔、大好きだったアニメの主人公が怪盗だった。その時からだったな。いつか警察になって、こんなすごい存在を捕まえてみたいと思ったの。今思えば「あ、そっち?」って思うし、幼稚な考えではあったけど。何故か俺は、絶対に警察になって怪盗を捕まえるんだという強い思いを持っていた。

 大人になるにつれ、アニメのような怪盗が存在しない事を知って、結構ショックを受けたのは苦い思い出だが……まさかここにきて怪盗が存在する世界に辿り着いてしまうとは。ある意味運がいいというか、悪運が強いというか……。


「それにしても、アカツキは本当に何も知らないんだな。今はどこの国でもノーヴァの話題で持ちきりだってのに。」

「いや〜、あはは……。」


 知るわけないんだよな、別世界だもん。

 それにしても……怪盗ノーヴァか。本当に怪盗がいるのなら、一度くらい目にしてみたいものだ。


「ノーレンさん、俺、手伝いとして一緒に行くことできますか?」

「むしろ大歓迎だぜ!人手は多い方が助かるんだ。」

「よかった、ありがとうございます!それで、ノーヴァは今日どこに……」


 怪盗が盗みに入るなら、美術館とかかな?少しワクワクしながら場所を尋ねようとしたのだが。

 前方が突如明るく照らされ、夜とは思えない明るさになった。うわ、絶対近所迷惑。


「くそっ!もう現れやがったか!アカツキ、話し込みすぎたらしい、走るぞ!」

「え?は、はい!」


 舌打ちをしたノーレンさんの後ろを走って追いかける。もしや、あの明るいところが目的地だろうか?

 ノーレンさんが40代とは思えないほどの速さで走り抜けていき、それに必死になってついていく俺。置いていかれそうになりながらも、俺達はあの明るい場所を目指して走り続けた。



____________________



 辿り着いたのは路地裏から出て、少し離れたところにある柵で囲われたお屋敷だった。どうやら近くに民家らしきものもないため、この辺りはそんなに迷惑とか考えずに行動できるのかもしれない。

 俺達の他にも、おそらくノーレンさんの同業者だろう人達が集まっていて、これだけ多くの人を相手に逃げ続けているノーヴァが、何故化け物と言われたのか少し納得できてしまった。


 とてつもない大きさの屋敷が、多くの光に照らされ、夜だというのにその姿がはっきりと見える。いや、屋敷が照らされているわけではないな。この光もおそらく魔力で作り出されたものなのだろうが、それらが一斉に照らしているのは、一箇所だ。


「いたぞ、あそこだ!!」


 ノーレンさんの指差す場所。屋敷の屋根の上に立つ、1人の人物。

 屋根の上から、下にいる俺達を見下ろす人物。

 夜空色の服に全身を包んだ、不思議な雰囲気を醸し出す存在。


 屋根の上の奴の顔が見えるわけがないのに、何故か奴が笑ったような気がした。


「それでは、予告した通りヴィスローニュ伯爵の所有していた魔法石は、この怪盗ノーヴァが頂いていくよ!」


 満月の光を受け、眩しいほどに輝く長い真紅の髪を靡かせ、奴は…怪盗ノーヴァは高らかに宣言した。






 この時の俺は、まだ知らない。

 この出会いが俺の人生を大きく変えるなんて、この時は少しも思わなかったんだ。

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