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暁の怪盗 〜俺、怪盗のバディになる〜  作者: 櫻海月
聖帝国ルネラント編
18/34

初仕事

 それから数日。時は夜。

 騎士団に囲まれ、完全な警備体制の敷かれたランベルト伯爵邸の…………庭の植木の陰に隠れて、様子を見ています。

 あれ?怪盗って、こんなコソコソするっけ?

 もっとこう……満月を背負って、大胆に屋根の上から警察を見下ろす……的な感じ想像してたんだけど……。


「盗むまではダメでしょ。警備を今以上に固められたらどうするの。」

「ごもっともだわ。」


 俺がアニメの影響とかで、怪盗に夢見すぎなのもあるな、うん。

 普通、警備が厳重な中、華麗に盗みだすとかできないもんな。人間離れしすぎている。


 俺の隣で屋敷の様子を窺っているノーヴァは、初めて会った時と同じ、あの夜空色の衣装に身を包んでいる。

 なんて言うんだ、スーツのズボンの上から巻いている、前は短く、後ろは踏みそうなほど長いスカート?は邪魔じゃないかとか、ミニシルクハットのリボン長すぎないかとか、今思えばチグハグで機能性を疑う格好だよな。

 怪盗らしさは全開だけど。


「お前、今までその服どこに隠していたんだ?」

「企業秘密。」

「バディなんですけど?」


 なるほど、バディにも内緒ってか。この野郎。

 しかし、このまま話していても、何も進まないことを悟る。

 呆れてため息を吐くと、ノーヴァは俺に小さな白い玉をいくつか渡してきた。


「僕お手製の煙玉。見つかりそうになったら、それ投げて。視界を悪くすることはできるよ。」

「魔法使って逃げるのは?」

「できれば使わないで。修行もしたし、魔法石も身に付けてるけど、まだ安定してないでしょ?もしもの時だけって約束して。」

「……わかったよ。」


 確かに本番で使うってなったら、まだ不安なところはあるし、妥当な判断だよな。

 魔力に慣れるための魔法石も、ノーヴァに言われた通りまだ胸ポケットに入れている。まぁ、余程のことがない限り上手く魔法も使えるとは思うが……。


「それじゃあ行こうか。経路は確認してある。」

「了解。」


 ノーヴァが立ち上がり、ついてこいと手で示す。

 俺は彼の後に続き、フードを深く被って見張りの騎士の目を掻い潜って移動していく。

 騎士が見張っていない、見張りの薄い裏口に辿り着き、ノーヴァはご丁寧にも、裏口のドアをピッキングで秒で開けてしまった。

 手慣れてるなぁ……。


「それじゃあ入らせてもらおうか。」


 裏口はどうやら、使用人が使う入り口らしく、豪華な作りではなかった。

 バレないように、音を出さないようにして歩いていく。だんだん造りが豪華になっていき、大きな階段のあるエントランスまで来た時だった。

 前を歩いていたノーヴァが止まり、動くなと合図を送ってくる。

 静かにしていれば、2階から慌ただしい足音が聞こえ、何やら騒いでいる声が近づいてきた。

 俺達は身を潜めて、様子を探る。


「本当に大丈夫なんだろうな!?私の魔法薬はアルオローラで一番の最高級品だぞ!?どこぞの盗人なんかに盗まれたら、その価値に傷をつけられる!!」

「わかっている。貴殿の魔法薬は、我々帝国騎士団が安全性を確認した上で、その効果を認めている。それに、その数々の魔法薬がこの国の発展にも繋がっていることは、皇帝陛下も把握しておられる。」

「それは光栄だが……。アウフリック殿、早いところ奴を殺してくれ。あの盗人が生きている限り、安心して眠ることもできん。」


 1人は昨日会ったことがある人物だった。

 カイト・アウフリック。騎士団長で、妖精の森への立ち入りを禁止し、冒険者に伯爵邸の警備をするなと命じた、張本人。

 もう1人は少し高価そうな服を着て、ビクビクと周りを窺っているネズミのようなひょろっとした男で、会話からランベルト伯爵だとわかった。


 今、ノーヴァを殺せって言ってなかったか、あの伯爵?


「……こちらにはこちらのやり方がある。奴の始末はこちらのやり方でやらせてもらう。」

「一刻も早く始末してくれ。それに、奴にアレ(・・)を盗まれたら……」

「己の信用が地の底に落ちる、か?」

「っ、貴様!?」

「アレが盗まれると決まったわけでもないのに、そのように怯えた姿を見せていては、自分にやましい事があると認めているようなものでは?」


 ぶつぶつとずっと焦ったように呟き続けるランベルト伯爵に、少し小馬鹿にしているように鼻で笑ってカイトさんが言葉を返し、伯爵の顔色はさらに悪くなった。

 突然険悪な雰囲気になり、睨み合い……というか、伯爵が一方的にカイトさんを睨みつける。

 アレ、とはなんだろう。

 あの2人は、アレが何かわかっていて話しているようだが……。

 ふと、ノーヴァに肩を叩かれ、耳を寄せる。


「アレ、は魔物寄せの魔法薬の成分表の事だね。君が見つけるべき、罪の証拠。アレが見つかれば、伯爵の罪も明らかになるし、信用ガタ落ちなのは目に見えてるからね。多分、保管室に他の魔法薬と一緒に保管されていると思う。」

「なるほどな。それを知っているカイトさんはなんなんだ……?まさか、昨日ギルドで出した指示って、証拠を隠すためとか……」

「……先入観は持たないこと。」


 そうは言うが、今の発言からしておそらく国の平和を守るための皇帝直属の騎士が、犯罪に加担しているのだろう。

 その可能性は、国の中枢の真っ黒い部分を浮き彫りにするように思えた。

 もし、本当に自分達の罪を隠すために森への立ち入りを禁じたり、ノーヴァ逮捕に介入させなかったりしたのだとすれば、ノーレンさんが悔しんで、苦い思いをしたのは……。

 今は宿にいるであろう先輩のことを思い、手を握り締める。

 誰よりも本気でノーヴァを追ってきたノーレンさんの想いをこんな形で邪魔するなんて許せない。

 必ず、全ての罪を白日の元に晒してやる。


 そうこうしているうちに、俺達が息を潜め様子を窺っていることには気付かず、ランベルト伯爵とカイトさんはどこかに歩いていった。

 バレずに済んでよかったが……かなりヒヤヒヤするな、これ。


「さあ、僕達も行こう。多分彼らも、保管室だ。」


 ノーヴァの合図で、再び歩き出す。

 この先からは本当に気を引き締めていかないとな。


 俺は、ノーヴァの後ろをついていきながら、この先で明らかになるであろう謎について考える。

 もし、帝国騎士団が……カイトさんが伯爵の共犯者だったとしたら、彼らは魔物寄せの魔法薬のような危険な薬で、一体何を考えているのだろうか。

 妖精の森に魔物を誘き寄せたこと……それが導き出す答えは、まさか……。

 いや、ノーヴァも言っていた。先入観は持つなと。

 確固たる証拠を手にして、それから考えるべきだろう。


 俺は首を横に振り、一度深呼吸をする。

 保管室で証拠を手に入れる。

 まずは、ここからだ。


____________________



 息を潜め、騎士達に見つからないように、俺がジャンプしてやっと上に届くくらい大きな棚から棚の陰へと移動していく。

 大倉庫のような保管室に辿り着いた俺は、ノーヴァとは別行動で、互いに個別にやるべきことをやっている。

 保管室に並ぶ棚には、ランベルト伯爵の家紋の入った瓶が並んでおり、それぞれラベルで効能が書かれていた。


『魔力を一定時間増大させる薬』、『枯れた植物を甦らせる薬』、『魔物避けの薬』。

 本当に色々な種類の魔法薬が置かれており、最高級品というだけあると思った。

 全部ラベルを読んでいきたいところだが、時間がない。

 想像していたよりも保管室は広く、見張りの騎士もノーヴァが確認できただけで10人はいると言っていた。

 救いなのは、窓から外に出られることだろうか。

 脱走経路は、おそらくこの窓になる。飛び降りた先の安全は……なんとかなるだろ。

 外の月の明かりが部屋に結構差し込んでいて、電気がなくても明るいくらいだし、きっと大丈夫だろう。


「ノーヴァは見つかったか?」

「っ!」


 近くで声が聞こえ、咄嗟に身を縮こませる。

 そっと様子を見ると、副団長のフェルロス・エッセン……フェルさんが部下らしき騎士2人に指示を出しているようだった。

 昨日の人当たりのいい笑みではなく、真剣そのものな顔で、この人もこんな顔できたのかと、失礼ながら思ってしまったのは心に留めておこう。


「はっ、未だ捜索中です。」

「そうか。見つけ次第捕縛しろ。逃がすなよ。」

「副団長、しかし本当に現れるのでしょうか?我々がいる以上、手出ししにくいのでは?」


 部下の質問に、フェルさんは自信に満ちた笑顔で告げた。


「あの怪盗は予告状を出した以上必ず現れる。必ず、だ。……さぁ!もう一度探すぞ。私はこちらを探すから、君達は向こうを頼む。」

「「はっ!!」」


 フェルさんと部下2人が去ったことを確認し、息を吐いた。

 どうやらカイトさんのように、始末しよう、という過激な考えではなく、フェルさんは本当にただノーヴァを逮捕しようとしているのか。


――どちらにせよ、敵であることには変わらないけど。


 俺は保管室のさらに奥を目指す。

 そして他のとは違う、重厚そうな棚があり、そこに多くの資料が並べられているのを見つけた。

 おそらく、そのどこかに探している成分表があるはず。

 しかしそばにはもちろん騎士がおり、ランベルト伯爵も忙しなく歩き回っていた。


 離れたところで、騎士団に見つからないように待機しているであろうノーヴァへ、合図を送る。

 胸元に入れていた白い魔法石、それに俺の魔力を少し流せば、じんわりと淡い光が石から発せられた。

 さらにそれに月の光が反射して、離れているノーヴァにも合図が見えるという算段だ。

 この合図にノーヴァが気付けば……


「さぁ、始めようか。僕の舞台を。」


 凛と響く、バディの声。

 騎士団の誰もが声の方へと向く。それは伯爵も同じだった。


 月の光が差し込み、赤い髪が輝く。

 ノーヴァは、魔法薬の並ぶ棚の一つに腰掛け、保管室のどこからでも見える、高い場所で囮になる気のようだった。


「予告通り、ランベルト伯爵の魔法薬をいただきに来たよ。」

「怪盗ノーヴァ……!!」

「こんばんは、アウフリック団長。今宵は冒険者がいないようだけど、君達騎士団が相手をしてくれるのかな?」

「…………。」


 カイトさんが誰よりも早くノーヴァの名を呼び、睨みつける。

 対するノーヴァは余裕の顔を浮かべ、未だ座ったままだ。

 するとノーヴァは、左手に2本、魔法薬と思われる瓶を持ち、チャプチャプと揺らした。

 なるほど、姿を見せる前に盗んでいたのか。

 え、ずるくね?


「っ!」

「実は、こうしてもう僕は予告通りいただいているんだよね。つまり、あとは僕が逃げ……!?」


 その瞬間だった。

 瞬き一つ、するかしないかのうちにカイトさんはノーヴァの目の前まで迫り、その剣を振るっていた。

 まるで瞬間移動でもしたかのような速さだった。

 咄嗟に避けたノーヴァはそのまま下に着地し、魔法薬をしまう。


「取り囲め!!逃すな!!」

「そう簡単には捕まらないよっ!!」


 下で待機していたフェルさんの指示に、保管室にいた騎士達はノーヴァを取り囲むように動き出す。

 それをいなし、斬りかかってきた騎士にはステッキで応戦し、ノーヴァは騎士団を翻弄する。

 それに悲鳴をあげたのはランベルト伯爵だった。


「やめろぉ!!瓶が割れたらどうするつもりだ!?ちょこまかと逃げるな盗人め!!貴様らも早く捕まえないか!!」


 顔を真っ青にして、大事な商品の心配をした伯爵は、資料が保管されている棚から離れる。

 しかし、巻き込まれることが怖いのか、叫びながら傍観しているだけだ。

 今、棚周辺に見張りはいない。なら、今しかない。


 俺は音を立てないように棚に近づき、目的のものを探す。

 見た目通り、ここにある魔法薬、その全ての成分表が保管されているのだろう。これは手間がかかりそうだと顔を顰める。

 直感であたりをつけてその辺りから急いで探そうと手を伸ばす。

 しかし、ふと下の方を見れば、一つだけ倒れている資料があった。

 そこに書かれている題名から、魔物に関する資料であることがわかる。

 そして、ざっと内容に目を通し、確信した。

 成分表も資料の中にあり、これは間違いなく伯爵の罪を暴く証拠になるだろう。

 俺はその資料をバッグにしまい、ノーヴァ特製の煙玉を、未だに喧騒に包まれている方へと投げつける。

 床に落ちた煙玉は、見事な効力を発揮し、辺りは隣も見えないほどの白い煙に包まれた。


「何事だ!?」

「カイト、ノーヴァは!?」

「私の魔法薬がぁぁ!!!!」

「団長!!煙で何も見えません!!」

「狼狽えるな!!まだ近くにいる、探せ!!」


 その場は突然の出来事に混沌とし、各々が悲鳴やら怒号やらをあげる。

 ……この空間作り出したの、俺ってのが凄いな。やればできるじゃん。

 っていうか、この煙玉普通にヤバい。

 何をどうしたらこんなに何も見えなくなるんだよ。それなりに広い保管室全体が見えなくなるって、相当だぞ。


 おっと、感心している場合じゃないな。

 俺は考えていた逃走ルートを走り抜け、何も見えないから割と賭けだったけども、なんとか窓から外に飛び降りる。

 俺は壁を上手く伝って、無事に着地することができた。

 こんなに動けたのは、修行の成果だろうな。明らかに身体能力が上がってる。


 俺が着地してからすぐ、その場に似合わぬ楽しそうな声が聞こえてきた。


「それでは騎士団諸君、また会おう!楽しかったよ!!」

「待て、ノーヴァ!!!」


 カイトさんの怒声が聞こえると同時に、窓からノーヴァが飛び降りてきた。

 見た目に似合わず豪快に飛び降り、ステッキを巧みに使いこなして地面にふわりと着地する。

 いや、流石に人間離れしてるだろそれは。


 俺が呆気に取られていると、こちらを見たノーヴァが満足そうな笑顔を浮かべた。


「さあ、目的は果たした。行くよ、相棒?」


 ……この怪盗が人間離れしているのは、最初からだったな。

 俺はもう、考えることを諦めた。

 俺も相棒に笑顔を見せ、頷く。


「……あぁ、行こう。まだ追手が来る。」


 俺達は妖精の森に向かって走り出す。

 ノーヴァの隣を走りながら俺は、俺が思っていた以上に自分が怪盗のバディとして役を果たせたことに、完全に浮かれていた。


 でも、兎にも角にも、こうしてバディとしての初めての仕事は、成功に終わったのだった。

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