帝国騎士団
次の日、ハッと目を覚ます。
目の前にはノーヴァの顔。
「……あー…………おはよう?」
「おはよう。今日は起こす前に起きちゃったか〜。」
さも残念そうにするノーヴァに呆れながら、俺も起き上がる。
俺の顔覗いて楽しいのか、こいつは?
「そだ!アカツキ、予告状なんだけど……」
「お前ら!!起きてるか!!??」
「「っ!!??」」
ノーヴァが言い切る前に、ノーレンさんの大声が聞こえ、俺は急いでノーヴァの髪を染めた。
染め終わると同時にノーレンさんが部屋に飛び込んできて、俺達2人は同時に息を吐いた。
すげぇギリギリセーフだったんだが……!?
ノーレンさんは、いつもの快活さがさらに増していて、キラキラと黄色い目を少年みたいに輝かせている。
「ノーヴァが予告状出しやがった!!」
「えっ。」
「冒険者ギルドとランベルト伯爵の屋敷に、『伯爵の所有する魔法薬を盗む』という内容の予告状が届いた。俺は先にギルドに向かっているから、準備ができたら来いよ!!」
捲し立てるように言ってから、ノーレンさんはすぐ部屋を出て行った。
残ったのは呆然とした俺とノーヴァ……じゃなかった、エイルの2人で、暫くどちらも固まっていた。
さっきエイルが言いかけたのは、ギルドにも予告状を出したという事だったのだろうと合点がいき、俺はため息を吐く。
「お前、予告状出したの屋敷だけじゃなかったのかよ。」
「観衆がいた方が盛り上がると思って、ギルドにも出したよ。」
「目立ちたがり屋か。」
「怪盗だからね。」
答えになってねぇよ……。
この間注目されて真っ赤になって逃げたの誰だよ……。
俺が呆れた目でエイルを見ていると、奴は腰に片手を当てて微笑んだ。
「さて、それじゃあ早く準備しておくれよ、アカツキ?」
「ノーレンさんがギルドで待ってるから?」
「彼含め、僕の予告状で慌てふためく冒険者諸君を拝みに行くから!」
「そんな事だろうとは思ったよ!!」
お前エイルじゃねえの!?
思考がノーヴァのままですけど!?
分けるならちゃんと分けろ!?
ツッコミを入れたいのは山々だったし、耐えきれず枕を顔面にぶつけてやった。
にっこり笑ったまま表情を崩さないエイルに、もう無視しようと心に決め、自分の準備を進めたのだった。
____________________
「うわっ……。」
「マジの引き声じゃん。」
いや、そりゃこんな声も出るだろ。
準備ができ、昨日ノーレンさんからもらったバッグに必要な物詰めて、いざギルドに来てみたら。
中は大混乱で、てんやわんやと動き回る者、そんな彼らを見て笑っている者、我関せずと自分の依頼に目を通す者と、様々な人がいて、まあ……一言で言うならカオスな状態だった。
ちなみに、ノーレンさんはてんやわんやと動き回っている組だった。
「ノーレン、お前まだ諦めてなかったのかよ!」
「いい加減やめとけって!もういい歳なんだから!」
「うるせえ!!ノーヴァを捕まえるのは俺なんだから、今に見てろよ!!」
同僚らしき冒険者達に茶化され、ノーレンさんが反論している姿を見て、俺が申し訳なくなってしまった。
俺の隣にいるんだよな、ノーレンさんが追ってる怪盗……。
「うん、良心が痛むね。」
「痛んでる顔してねぇけど。」
むしろめっちゃ楽しそうな顔してるけど。
いつも通り……というか、冒険者達の様子を見て、いつも以上にご機嫌なエイルと話していると、ノーレンさんもこちらに気付き、近付いてきた。
「来たか!」
「おはようございますノーレンさん。」
「おう、おはよう!今朝は挨拶もなしに悪かったな。」
「それだけ怪盗ノーヴァを真剣に追っているということじゃないですか。その執ちゃ……コホン、その情熱、見習いたいです。」
「え、どの口が……い゛っ!?」
つい、口が滑ってどの口が言ってるのかと言いそうになったが、即座に足を踏まれた。
ってか、お前も口滑らせかけたよな?執着って言おうとしてたよな??
ここで言い合ってたら絶対どっちかボロを出して正体バレそうだし、今はやめておこう。あとで文句言ってやる。
今はノーレンさんに聞きたかったことを聞こう。
「ノーレンさん、俺、一度妖精の森に行って、クーシェに色々報告したいんですけど今日の依頼って……」
「ダメですよ、あそこに行っちゃ。」
「うおっ!?」
突然後ろから声をかけられ、俺は飛び跳ねた。
振り向けば、そこにいたのはルネラントのギルド案内人、エルフのアンさんだった。
俺は昨日報告の時に挨拶したが、長い金髪のポニーテールが昨日よりこう、ハリがないというか……なんか全体的に、妙に疲れてね?
エルフ特有の長く尖った耳も、どことなく垂れているように見える。
「アンどうした?朝だってのに随分疲れてんな?しっかり寝たか?」
「昨日から想定外の出来事ばっかり起きてるんですよ。おちおち眠ってられません。」
アンさんは冒険者にもかなり人気があるらしく、ファンがたくさんいるらしい。つまり、ギルドのアイドル的存在だとか。
そのアイドルばりに可憐で整った顔を歪め、アンさんはノーレンさんに詰め寄る。
「まあ1番大きい原因は!!ノーヴァの予告状を知って!!貴方が朝っぱらから大騒ぎして!!それに便乗した奴らも一緒に騒ぎ出した事ですけど!!!!」
「そんなに騒いでいたか、俺?」
「自分宛でもない予告状が嬉しすぎて、大歓喜のあまり受付の植木鉢ぶっ壊しておいて何言ってやがります?」
「すんませんっした。」
体を垂直に曲げてアンさんに即座に謝るノーレンさん。
その動きに一切の無駄がなく、俺とエイルはどっちも察した。
――常習犯だ、この人。
って、そうじゃない。知りたいのはノーレンさんのヤベェ話じゃなくて、妖精の森のことだ。
「アンさん、話戻すけど、妖精の森に行くのがダメってどういうことだ?」
「その言葉通りの意味です!あ、エイル君初めまして。案内人のアンです。ギルドでのお悩みは私にいつでもどうぞ。」
「こうして挨拶するのは初めてだね。アカツキと一緒にノーレンさんとパーティを組ませてもらっているエイルだよ。改めてよろしく。」
「はい!よろしくです!」
アンさんはエイルと挨拶し合った後、真面目な顔をして説明してくれた。
「それでですね。妖精の森ですが、昨日の魔法薬の件を受け、帝国騎士団が調査に乗り出したのです。ギルドに来た通達では、『妖精の森への侵入を、犯人が捕まるまで禁ずる』とのことでして。」
「騎士団が!?いやまあ、それだけ大事っちゃ大事だもんな……。」
騎士団?騎士団って確か、エイルがこの間の夜、少し説明してくれたような気が……。
「確か、皇帝お抱えの騎士で、ルネララムの警備をしてるっていう……?」
「あぁ。普段は皇帝の護衛や城の警備をしている、エルフのみで構成されたこの国の精鋭だ。」
「妖精はこの国では祝福の存在ですからね。そんな存在の多くが住む森を侵し、魔法薬で魔物を引き寄せた奴がいるなら、帝国最大の戦力である彼らが出てくるのも納得なのです。」
妖精の祝福を受けるこの国では、妖精の森も妖精と同じくらい大切な場所なのだろう。
そして、だからこそ犯人をなんとしても捕まえるために騎士団が調査する、と……。
クーシェに色々話したかったが仕方ないか……。
俺達が明日成功すれば犯人に繋がるだろうし、妖精の森に行くのは少し我慢するとしよう。
妖精の森に行けるようになったら教えてくれと、頼もうと口を開いた時だった。
ギルドのドアが開けられ、誰かが中に入ってきた。
ルネラントの国章らしきものがあしらわれた鎧に身を包み、剣もかなり高価そうなもの。
一目で分かった。帝国騎士団だと。
入ってきたのは2人。
肩にかかるくらいの銀髪に、鋭く、全てを睨んでいるような青い目の男と、ベリーショートで橙色の髪、そしてパッチリ開いた茶色の目が印象的なずっと笑顔を浮かべている男だった。
そのどちらもが耳が尖っており、正に超絶イケメンという言葉が似合う顔で、エルフであることがわかった。
「……邪魔するぞ。」
「ギルドの皆さんお疲れ様ー!」
「カイト団長!?フェルロス副団長まで!?」
目を見開いて驚くアンさんは、どこか頬を赤く染めている。なんなら、男女関係なく、冒険者の多くの者が彼ら2人に見惚れていた。
まあ、すごいイケメンだし、わからんでもない。
ふと、こちらを見た彼らは、俺達の方へ歩いてきた。
「アン、少し時間いいだろうか。」
「お久しぶりです、お二人とも。ノーバート男爵の事件以来でしょうか?」
「そうだね!その件では世話になったね!」
「ノーレンがいるということは……まだ奴を追っているのか。」
「おう。相変わらず仏頂面だなカイト。」
俺とエイル以外の4人は知り合いだったのか。
完全に会話に置いていかれているんだが。
俺は、エイルを肘で小突き、耳打ちした。
「エイル、あの2人知ってるか?」
「アンさんが言っていた通り、帝国騎士団の団長と副団長だよ。
銀髪の方が団長のカイト・アウフリック。もう1人の方が副団長のフェルロス・エッセン。どちらもかなりの腕前の騎士。ぼくもこうして彼らに会うのは初めてだよ。」
帝国騎士団のトップ2人ってことか……。
カイト・アウフリックの言っていた「奴」というのは、多分ノーヴァのことだろう。
おそらくノーレンさんは、ノーヴァを追っている最中に彼らと知り合ったんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、フェルロス・エッセンがこちらを向いて、笑顔を見せた。
「ノーレン、この2人は君の部下かい?」
「部下じゃなくて後輩な。期待の新人だぞ、こいつらは。」
ノーレンさん、その紹介の仕方は恥ずかしいです。
俺が曖昧に笑えば、フェルロス・エッセンは顔をずいっと近付けてきた。
「へぇ〜!!ってことは、君達が妖精の森のことを報告してくれた子達か!助かったよー!!
私はフェルロス・エッセン。気軽にフェルと呼んでほしい。こう見えても帝国騎士団副団長でね。何か困ったことがあれば相談してくれて構わないよ!」
「俺はアカツキです。よろしくお願いします、フェルさん。」
「エイルです。帝国騎士団のお二人にお会いできて光栄です。」
「礼儀正しくていい子達じゃないか〜!ほら、カイト!君も挨拶しなよ!」
「……団長のカイト・アウフリックだ。長ったらしく呼ばれるのは好きじゃない。カイトでいい。」
とてもフレンドリーなフェルさんと、クールで表情を変えないカイトさん。
なんだか、とても個性的で覚えやすい2人だな……と、心の中で思った。
「そろそろ本題に入らせてもらうが。」
一つ咳払いをしたカイトさんは、アンさんとノーレンさんの方を向いて話し出した。
「怪盗ノーヴァの予告状の件は知っているか?」
「はい、今朝届きました!」
「丁度その話をしていたんだ。今度こそ捕まえてやろうと思って……」
「冒険者の介入を拒否する。」
「…………は?」
カイトさんの言葉に、ノーレンさんの顔から笑顔が消えた。
出会ってから今までで、1番低い声だった。
アンさんも目を丸くしたまま固まっている。
「ランベルト伯爵は、我々帝国騎士団が護衛することになった。貴重な魔法薬を保管しているから、信用のない者を屋敷に入れたくないとの希望だ。」
「俺達が信用ないって言いたいのか?」
「悪いねノーレン。妖精の森に関してもだけど、これはルネラントの守護者たる我々の仕事だ。」
カイトさんだけでなく、笑っているフェルさんの言葉にすら、有無を言わさない圧を感じた。
「それを冒険者達に、アン経由で伝えてもらうためにここに来たんだ。」
「おい!!一方的にそれはないだろ!?前は協力したってのに!!」
「ノーヴァが盗みに入った屋敷の主人だったノーバート男爵がルネラントで悪事を働いていた。そして我々もその証拠を掴んでいたから協力した。ただそれだけだ。」
「なら今回だって……」
「あくまでランベルト伯爵は私有物を盗まれようとしている被害者だ。今までノーヴァの被害に遭った者達全員が何かしらの罪を犯していたとしても、今回もそうとは限らない。それが明らかになるまでは伯爵はただの被害者でしかない。」
「だとしても、ノーヴァを捕まえるんだったら俺だって……!」
「勘違いするなノーレン。我々が前回協力したのは、効率を重視した結果だ。我々騎士団は未だ、お前達冒険者と協力体制を築くことを良しとしているわけではない。」
とりつく島がないとは、このことか。
ノーレンさんの反論は悉く論破され、要件は済んだとばかりに、2人は踵を返した。
「あとは頼んだぞ、アン。」
「え、あ、はい!承知、しました……。」
「おい!まだ話は終わってねぇぞ!!」
「俺は終わった。文句があるなら好きなだけ言っていろ。決定は変わらん。」
カイトさんはそう言い残し、出口へと向かい始める。
フェルさんは、少し申し訳なさそうな顔をしながら彼の後を追い、途中でこちらに振り向き、
「ほんっとうにごめん!ノーレン、今回ばかりは諦めてくれ!!アカツキ君、エイル君、またどこかで!!」
そう言い残し、カイトさんに続きギルドから出て行った。
騒ぎを聞いて見物していた他の冒険者も、俺達も、暫く何も言えず、ギルドに静寂の時が流れる。
「……あ、あの、ノーレン、」
「だぁぁぁ!!!クソッ!!!やってられるか!!!」
「っ!?」
心配して声をかけたアンさんを遮り、叫んだノーレンさんはすごい形相でこちらを見た。
「お前ら、依頼受けるぞ依頼!!アン、ありったけの依頼持ってこい!!」
「いや、貴方がありったけ持っていったら、他の人の依頼がなくなるんですけど!?ちょっとノーレン!?」
「ノーレンさん落ち着いて!!深呼吸しましょう!ね!?」
根っからの仕事人間だなこの人!?
明らかに怒りに任せて行動しているノーレンさんに、俺とアンさんは宥めようと必死になってしがみついていた。
だから気付かなかった。
騎士団の2人が出ていった方を、エイルがずっと睨んでいたことに。
新たなキャラの登場です。
次回、ノーヴァとアカツキが遂に動き始めますよ!