覗き見たもの
「結構歩いたと思うんだけど、まだ見つからないか?」
「見渡す限り、緑ばっかだね。」
俺達は同時にため息を吐いた。
エイルの言う通り、見渡す限り緑、緑、緑で、色の違う木なんか、全く見当たらないのだ。
葉っぱの深緑と、幹の茶色、あとぽつりぽつりと咲いている小さな花の白色しかない。
クーシェはまっすぐ進めばわかると言っていたが、全然わからないぞ?
「……まさかとは思うけどさ、わかりやすく色が違うんじゃなくて、緑の木の葉っぱが、ちょーっと黄緑になってる……とかいう違いじゃ、ないよな?」
「ないでしょ。流石にないでしょ。それはいくら何でも……ないと、思いたい、ね……。」
恐ろしい考えに辿り着いてしまい、必死に頭を振って、その考えを追い出す。
できれば否定しきってほしかったなぁ……。
小さな違いを見つけるとか、絶対無理。
――頼む、わかりやすく違っていてくれ……!!
俺は心の底から、そう願った。
「……あ。そういえばエイル。」
「何?」
「クーシェがリンク……?ってやつで、他の妖精達に伝えておくって言ってたんだけどさ、その、リンクってなんだ?連絡魔法とかそういうやつ?」
話していないと良くない方向に考えてしまうので、とりあえずさっきクーシェが言っていた、リンクという言葉について、エイルに聞いてみた。
前を歩くエイルは、暫く歩いた後、首を横に振り、ほんの少しだけこちらへ振り向く。
「……リンクは、僕もちゃんと知ってるわけじゃないんだ。」
「え、そうなのか?」
「でも、聞いたことがあるのは、自分と相手の五感を繋げることもできて、脳を魔力で繋げると考えの共有とか、脳内会話もできるようになるって事と、魔力が多くないとちゃんと扱えないってことかな。」
「それ、さらっと言ってるけど凄すぎないか?」
「連絡を取りやすくなるって考えれば便利だけどね。今じゃ使うのはエルフや妖精くらいなんじゃないかな?」
苦笑したエイルはそれ以上は言わず、早く行こうと、そのまま前を向いてしまった。
それにしても、五感を繋げる、か。
『リンク』は、英語の『Link』なのか?
そちらの意味で考えれば、『繋げる』というのは『接続』が妥当なんだろうけど……。英語は元々、あまり得意じゃなかったから、合ってるかわからないな……。
とにかく、リンクがどのようにお互いに作用するのか、エイルの説明ではいまいちわからない。
まあ流石にエイルといえども、専門外のことの説明には限界はあるよな。
しかし正直、連絡を取りやすくなるっていうのは、これから俺達に必要になる力な気がする。
離れていても連絡が取り合えるなら、怪盗業の時に動きやすくなるんじゃないだろうか。
魔力なしのノーヴァともできるのかはわからないけど……。
……試してみる価値は、あるよな。
魔法は、イメージすればある程度形になる。
それはこの世界に来て、実際に魔法を使って、よくわかった。
それに、魔力が多ければ使える魔法なら、人間の中でも魔力が多いと測定された俺にも、できなくはない気がする。
今俺が「エイルに、口に出さず、言葉を伝える」という魔法の形を想像すれば、案外すんなり、『リンク』できるんじゃないか?
俺は、前を歩くエイルの後ろ姿を見つめる。
エイルなら、習ってない魔法を使っても許してくれる気がする。
ぶっちゃけいつも、使ったことのない魔法使わされてるし。髪染めとか代表格。
俺が脳内に、ほんの少しだけ喋りかけるだけだし、ちょっとくらい試してみてもいいよな……?
好奇心には勝てなかった。
そうと決まれば、実践してみよう。
折角だし、突然脳内に話しかけて、驚かせてみるのも面白いかもな。普段、振り回されているの俺だし。
バレないように、手をエイルに向ける。
そして頭の中で、エイルの脳内に語りかけるイメージを生み出して、魔力を込める。
これならいける。『リンク』することを意識して、脳と脳を繋げるイメージをして…………
何かが、カチリ、と繋がる感覚がして、世界から音が消え、目の前は黒に染まった。
ハッと気づいた時、目の前には顔は見えないが多くの大人がいて、彼らを自分は見上げていた。
『魔力なしの役立たず』
『女神に見捨てられた化け物』
『存在する価値のない子ども』
『卑しい盗人』
ポツリポツリと呟かれた、聞き取りきれない悪口は、やがて鼓膜が破れるほどの喧しさとなり、自分を責め立てる。
魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし魔力なし
耳を塞いでも、とても鮮明に、大きな声で、自分に向かって吐かれるその呪いの言葉は、どんどん体を蝕んでいって、それで、
『救ってあげようか』
たったそれだけの言葉で、周りの言葉が、聞こえなくなった。
前を見れば一人の男。
とても、とても綺麗な赤色の長い髪で顔は隠され、でも、微笑んでいる気がして。
伸ばされたその手に、自分の手を重ねて…………
全身が焼けるような痛みに襲われた。
まるで全てを奪われるような。
体の自由が効かなくなるような。
自分という存在の全てを刈り取ろうとする、『黒い炎』に身を焼かれて、何もかもがぐちゃぐちゃでどろどろで訳がわからなくなって誰かに助けてほしくてただただ意味を成さない叫び声をあげそうになって________
首元に当たる、剣の冷たさで、正気を取り戻した。
剣……レイピアを俺に向けているのは、エイル……そう、エイルだ。
なんでそんな顔を……何かに、怯えたような顔をしてるんだ?
いや、それよりも一体、俺、今、何を
「……僕の中、覗いた?」
その言葉で、俺がさっき何をしたか思い出した。
何かのミスで……いや、おそらく、意識を繋げた時失敗して、エイルの記憶らしきものを追体験してしまったんだ。
「…………ぁ、俺、その、違くて、」
「わかってる。わざとじゃないのは、わかってる。…………嫌なもの見たでしょ。ごめん。」
「エイ、ル……俺…………」
「『リンク』が、人間で使える人が少ないんだ。……そう言われるのには、理由があるんだよ。だから、もうやめておきな。」
俺を怒るでもなく、ただ眉尻を下げて微笑むエイル。
なんでお前が謝るんだよ。
悪いのは、調子に乗って、できもしない魔法を使ってみようとした俺なのに。
どうして。
「剣の使用禁止でーーす!!」
「すぐにしまってくださーーい!!」
「「っ!?」」
重苦しくなった空気の中、それを破るように聞こえてきたのは、高い、元気な声だった。
周りを見回しても俺達以外はおらず、どこから声がするんだと思えば、エイルが上を見ていた。
俺も同じように上を見れば、クーシェと同じ大きさの種族……つまり、妖精が2匹……いや、2人……?ゆっくりと降りてきていた。
少年の姿の妖精と少女の姿の妖精は、ぷっくりと頬を膨らませ、怒っている様子だ。
「仲間に剣向けるのダメ!!怒る!!」
「ぼーりょく反対!!」
「えっと、君達は……?」
剣を持つエイルに対して詰め寄っている彼らに、俺は話しかけてみる。
こちらに振り向いた妖精達は、今度はにっこりと笑って答える。
「妖精!!」
「いやそれはわかるけど。名前は?」
「ない!!妖精は妖精!!」
妖精達の様子からして、名前がないのは嘘ではないのだろう。……というか、嘘とか、つけそうにない感じだし……。
レイピアを鞘に収めたエイルは、妖精の少年に話しかける。
「君達が、クーシェの言っていた仲間?」
「その代表だよ。リンクでわかってる。案内する!」
「そうそう!!案内あんなーい!!」
キャラキャラと笑いながら、妖精達は森をさらに進んでいく。
そして俺とエイルを手招き、また笑う。
なんというか、妖精ってすごい元気なんだな。
俺達は目を合わせ、少しだけ肩をすくめてから彼らの後についていく。
――そういえば、クーシェはこいつらと同じ妖精なのに、名前があるよな?何か理由があるのか……?
ふと疑問に思ったが、今はいいかと頭を振った。今は木のところへ行くのが最優先だ。
案内がしてくれるなら、木もすぐ見つかるだろう。
俺達は、未だに笑い続ける妖精達の後ろを、何も言わずついて行った。
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「到着〜!!」
「この木だよ!!」
あれからさらに森の奥へ進み、辿り着いたのは、確かに色が全く違う、枯れかけた木だった。
葉は白く、落ち葉も多い。
クーシェの言っていた「すぐ」って、飛んでいれば「すぐ」の距離ってことだったんじゃねえかな……。
すごい奥まで来た気がするんだが……。
「近くを見ても大丈夫か?」
「へーきだよ!!」
「クーシェがへーきって言ってたからへーき!!」
ねー!!と、頷きあう妖精達に、今度こそ聞いてみる。
「なぁ、お前達には名前がないのに、クーシェには名前があるのって、クーシェがお前達のリーダーだから?」
その言葉には、きょとんと顔を見合わせ、首をブンブン横に振る。
「違うよー!クーシェは自分で名前を作った変わった奴なのー!!私達名前いらないもん!!」
「でもクーシェ頭いい!だから僕達、クーシェの言うこと信じるー!!」
「えぇ……。」
なんかよくわからないが、とりあえず、クーシェはやっぱりリーダー的存在って事なのか……?
余計混乱していると、エイルに肩をポンと叩かれた。
「妖精ってこういうもんだよ。この子達の言う通り、クーシェは普通の妖精とは、少し違うかも。」
「そうなのか……。」
まだまだ、学ばないといけない事は多いなと思った。
この世界に完全に慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだ……。
俺が、長い道のりになりそうだと、深いため息を吐いているうちに、エイルは枯れた木の周りを一周し、上から下まで入念に観察していた。
「何してんだ?」
「んー……たぶん、あると思うんだけどさぁ……」
「何が?」
「んー……」
「おーい、エイル〜?何がある、っでぇ!?」
どこか上の空な返事しかしないエイルに、近付いてもう一度聞いてみようと一歩を踏み出す。
しかし、俺は情けなくも、足元にあった木の根に躓き、盛大に転んだ。
そう、それはもう盛大に。落ち葉の上でスライディングするほどに。
「いってぇ……。」
「何やってんのさ、アカツキ。」
「アカツキダサいー!」
「アカツキおっちょこちょいー!」
「やめてくれ!?」
妖精達にすら笑われ、無性に悲しくなった。
木の根に引っかかっただけじゃん……笑いすぎじゃん……?
ふと、立ち上がろうと地面に手をついた時、何か違和感を感じた。
「どうしたの?」
「いや……なんかここ、他の所より落ち葉多い……?」
「え?」
俺の言葉に、エイルも地面に手を当てる。
そしてハッとしたように、俺が躓いた根の辺りの落ち葉を掻き分け始めた。
俺が舞い上がらせたから、少し少なくなってはいたが、それでも多い。
俺も、エイルが何に気付いたのかはわからないが、手伝い、落ち葉をどかしていった。
そして、落ち葉をどかした先に見つかったのは、土に偽装された何かの小さな扉だった。しかも、俺が躓いたあの根は、取手部分だったようだ。
「エイル、これって……」
「お手柄だよ、アカツキ。おかげで見つかった。」
「は?」
どういう事だ、と俺が聞くよりも先に、エイルは扉を開いた。
そして中を覗き見れば、何があるのかもわからないほど真っ暗な空間があった。
「うわぁ!!」
「そこ怖い!!やだ!!」
俺達が落ち葉をどかし始めた時から、ずっと首を傾げて傍観していた妖精達が、突然そう叫んで遠くに離れてしまった。
妖精は暗いところが苦手なのか?
「やっぱり、そういうことか……。」
俺が妖精達の方を見ている間に、エイルは何かわかったらしい。
臆することなく、手をあの暗闇に突っ込み、中から液体の入った瓶を取り出した。
なんか液体の色が、さっきクーシェが持っていったやつに似ている気がするけど……まさか。
「証拠か?」
「その通りだよ。犯人が使ったであろう魔法薬の、その残り。」
口の端を上げ、エイルは答える。
「どうやら、僕の出番のようだ。」
そう言って、奴の纏う雰囲気は一変する。
エイルは、その金色の瞳を細め、笑っていた。