妖精の少女、クーシェ
「声のした方、こっちだったよな!?」
「多分ね!……っ、あそこ!」
エイルの指差した先を見る。
そこには見たこともないドロドロとした生き物……ゲームで言うスライムと、ゴブリンみたいな奴に囲まれている、妖精の少女がいた。何か荷物を持っているようで、高く飛べずに逃げられなくなったみたいだ。
しかもあの少女、昨日俺がぶつかった妖精の子では?
「アカツキ、初の実践だ。……いける?」
「頑張る。」
「よし。じゃあ、スライムお願い。僕はゴブリンをやる。」
やっぱりあれ、スライムとゴブリンなんだ。
数で言えば、スライムもゴブリンも5匹ずつだな。
さっさと倒して、俺もゴブリン倒す方に加勢できるようにしよう。
ゲームと同じなら、スライムは雑魚キャラだろうし。
「それじゃあいくよ!!」
エイルが目の前にいたゴブリンの胴体を刺したのが合図となり、俺達の初戦闘が始まった。
突然の奇襲にゴブリン達は、襲いかかってきたエイルに雄叫びを上げて一斉攻撃を仕掛ける。
それを難なく躱しながら的確に攻撃を加えて、傷を負わせていくエイル。
ゴブリン達の傷からは、俺達と同じ赤い血が流れていて、俺は一瞬動揺してしまった。
そりゃ、当たり前だよな。
RPGとかのゲームの画面で、何度も倒してきたスライムやゴブリン、魔王に至るまで、全て生き物なんだよな。
そしてこの世界はゲームではない。
俺は自分の剣を、強く握り直した。
この世界で冒険者として生きることを決めたのは俺だ。
ならば、やるしかない!
俺は飛びかかってきたスライムに向かって、剣を横に振る。
だが、まるで水を斬るような感覚で、手応えを感じなかった。
「あ!!アカツキバカ!!」
「突然の罵倒!?」
「スライムを剣で斬ったら……!!」
ゴブリンと応戦しながらエイルがそう叫び、俺は自分が何かやらかしたことを察した。
嫌な予感に後ろを振り向くと……
「ふ、増えてる!?」
斬ったスライムの個体が、二体に増えていたのだ。
何これ。もしかしてスライム、雑魚ではないのでは?
「スライムは魔法じゃないと倒せないんだよ!物理攻撃じゃ増えるだけ!!」
「それ先に言えよ!!」
教えてくれるのがワンテンポ遅いんだよ!!
つまり、斬り続けるだけじゃ増える一方ってことじゃねーか!
一気にズバズバいかなくてよかったと、心の底から思う。
…とはいえ、魔法で倒すって言ったってどうやればいいんだ。
攻撃魔法とかは、全然練習できていない。
今まで魔素の存在しない死の森にいたし、エイルは魔法を使えないから、魔法の練習は二の次に回していたが……少しは自力で勉強しておけばよかった。
こういう時に使うんだな、魔法。
……って、そうじゃねえ!!
今はこの状況をどう脱するかだ。
最近使い慣れてきた髪染めの魔法は攻撃魔法じゃない。
すぐに思いついた炎魔法……は森の中だから危険な気がするが、それしか思いつかない。威力抑えて、もし燃えてしまったら速攻水をかけよう。
使ったことはないけど、ノリで何とかなってくれ!!
手を前にかざし、魔力を込め始めた時だった。
「そのまま魔法を撃つより、剣に込めたらどうかしら?」
「えっ。」
俺の肩にいつの間にか、ちょん、と座りながら、あの妖精の少女が言った。
荷物はどうしたんだろうと見てみれば、一本の木の根元にまとめて置かれている。
わざわざ戦っている俺の肩に乗りに来るなんて、危険すぎないか?
絶えず襲いかかってくるスライムを避けながら、少女の話に耳を傾ける。
「そのまま撃ったら、あなたが消費する魔力量が多いでしょ?」
「剣に込めれば、少しは抑えられるってことか?」
「そういうこと!魔力も抑えられるし、森が燃える危険性も抑えられるんじゃない?」
大きく頷く少女はにっこりと笑った。夕陽のようなオレンジの瞳がキラキラと輝いていて、まるで俺が魔法を使う瞬間を楽しみにしているような……。
いや、今は考えるよりも動くほうが先だ。
俺は魔力を左手に集中させる。無事に魔法で炎を生み出し、その炎で剣の刃を熱する。
「そのまま循環させるイメージ!そしたらきっと……」
「うおっ!?」
「わぁ、成功ね!」
言われた通りにイメージすれば、店で普通に買った、ただの剣が炎に包まれ、文字通り『火炎剣』になった。
喜びの声を上げる少女をよそに、突然の変化に呆然とする。
そんな絶好のチャンスを、スライムが見逃すわけもなく。
「アカツキ、来てる!!」
「っ!」
エイルの声にハッとし、咄嗟に剣を振ってしまった。
やばい、剣で斬ったら!
また分裂したのではないかと、スライムの方を見る。
しかしそこには、トロトロとただの液体のようになって溶けていく、スライムだったものの姿があった。
「え、なんか溶けた……?これ、倒せたってことでいいのか……?」
「そういうこと。スライムは元々、多過ぎる魔素から自然発生した生き物だからね。君が魔法で倒したから、スライムは森に還ったんだよ。」
「……解説始まったけど、エイル。お前ゴブリンの方は?」
「とっくに終わってるけど。」
そちらを見れば確かに。ゴブリンは皆うつ伏せに倒れていた。
生きてはいるが、戦意は失っているゴブリン達と対照的に、全く息を乱さず、怪我の一つもない俺のバディなんなの?
もしかして人間やめてる?
修行の時から思ってたけど、コイツやっぱり普通じゃねぇよ。
俺がそんなことを考えていると、エイルはポツリと呟いた。
「君、炎も使えるようになったんだ。」
「まぁ、ノリで使ってみたら意外とな。」
「……そっか。さすがだね、アカツキ。」
エイルは笑顔を浮かべていたが、どこかぎこちなく感じた。
怪我でもしたのだろうか?
「ノーヴァ、大丈夫か?怪我とか……」
「大丈夫だよ。ただちょっと……君の成長の速さに驚いてただけ。」
「そ、そうかよ……。」
「魔法じゃないとスライムは倒せないからね。僕は魔力なしだから、魔法が使える君がいるのはとても心強いよ。」
そういえば、魔法で倒さないとダメとか言っていたな。
だから俺にスライムを任せて、自分はゴブリンに斬りかかったのか。
率直に成長を褒められて、少しむず痒い気持ちになったが、エイルは俺のそんな様子には気付かず、ゴブリン達を見て言った。
「ところでアカツキ、包帯とか持ってきてる?」
「え?あぁ、ちょっとなら。」
「もらって平気?」
「別にいいけど……。ほらよ。」
持ってきていたバッグの中から包帯を取り出し、それをエイルに投げ渡す。
それをキャッチしたエイルは、それを倒れているゴブリンのうち、1番近くにいた奴のそばに置いた。
それに気付いたゴブリンは、警戒しつつも包帯を手に取り、まじまじと観察する。
エイルは自身のバッグから薬草を取り出し、それもゴブリンに手渡す。
「君達なら、使い方はわかるよね?」
『…………。』
「この薬草はよく効くやつだから、しばらく安静にしていれば、元通りの生活ができると思う。刺し傷も塞がるはず。」
『…………。』
「いきなり襲ってごめんね。最初に攻撃した自分を正当化するつもりはないけど、君達ももう、誰かを襲うのはやめてほしい。お互いに傷つくだけだから。……いい?」
『……ギィ。』
言葉が通じているのかわからないが、しばらく目を見つめ合った後、ゴブリンは小さく鳴き声――鳴き声でいいんだよな?――を発し、立ち上がった。
他のゴブリン達も立ち上がり、森の奥へと去っていく。
その様子を、彼らが見えなくなるまで見続けていたエイルに、俺は声をかける。
「一件落着、か?」
「とりあえずね。多分、暫くあのゴブリン達が悪さすることはないと思う。」
「意外と、話通じるんだな。ゴブリンにも。」
ゲームとかのイメージで、こちらの言葉は全く通じないものだと思っていた。
実際、スライムは通じなかったし。
「この世に存在する生物、その全てに知能はあるさ。たとえ魔物だろうと、それは変わらない。」
「スライムは?」
「ある。でも、意思疎通は厳しい。そもそもが溢れた魔素の塊だからね。」
「……魔素の塊だから、倒して元に戻すってわけか。」
「あの!!」
そういえば、さっきもそんな感じのこと言っていたなと考えていると、突然、少女が声を張り上げた。
少女は少し俯きながらも、はっきりと聞こえる声で言う。
「助けてくれてありがとう。多分、貴方達がいなかったら、私……」
「間に合ったならよかった。怪我はないか?」
「怪我はないわ。……ねぇ、貴方もしかして、昨日私とぶつかった人?」
「あ、やっぱり君だったんだな!!昨日は悪かった。」
やはり昨日の妖精だったようだ。
少女は、こんな偶然あるのね、とくすくすと笑っている。
「気にしないで。私も急いでて、周りを見てなかったもの。……あ、そうだ!私は妖精のクーシェ。貴方達は?」
「俺はアカツキだ。で、こっちが……」
「エイルだよ。よろしく、クーシェ。」
「ええ、よろしくね!」
にっこりと微笑み、クーシェは俺達の周りを飛ぶ。
妖精って、こんなに早く飛び回れるんだ。
クーシェは飛び回りながら、少し興奮気味に話す。
「貴方達の事、ギルドに伝えておくわね。こういうのって、報告すれば貴方達の実績になるんでしょ?」
「多分……?その辺りはまだよくわからないけど。」
「そういえば、クーシェはなんで襲われてたの?」
「あ〜……えっと、それは……」
エイルの問いに、クーシェは困ったように視線を逸らした。その視線の先には、彼女が持っていた荷物。
俺はクーシェに了承を得てから、その中身を見る。
そこには、何やら大きな瓶が入っていて、小さな妖精が持つには、重すぎた。
俺と一緒にそれを見たエイルは、思い当たる節があったのか、クーシェの方へ振り向く。
「これ……魔法薬?」
「ここ最近、この森の木に、魔物寄せの魔法薬が塗られる事があってね。これだけ溜まれば、成分の分析もできるでしょ?だから、ギルドに届けに行くところだったの。」
つまり、今日が初めてではなかったということか。
クーシェは、塗られた魔法薬はできる限り拭き取り、持っていた大きな瓶に詰めていたのだという。
で、逆に詰めすぎて、漏れ出た匂いで魔物が寄ってきてしまったと。
「今まではどうやって追い払ってたんだ?」
「私達妖精にも魔法は使えるから、それでなんとか。でもまさか、ゴブリンまで来るようになるなんて……。」
「それで遂に、対処できなくなったってことか。」
「私達には、スライムで精一杯よ。」
悔しそうに手を握りしめて、クーシェは項垂れてしまった。
エイルは難しい顔をして、魔法薬をまじまじと眺めている。
俺はその間に、少し気になっていたことをクーシェに聞くことにした。
「なぁクーシェ、昨日会った時急いでいたのって、もしかして……」
「そう。仲間からまたスライムがいるって、リンクされたから、急いで向かってたの。」
「リンク?」
「あら、アカツキは知らないの?まあでも、人間でできる人はもう少ないって聞くし、仕方ないかもね。」
『リンク』とはなんだろう?
「クーシェ、この後ギルドに行くって言ってたよね?」
「ええ、そのつもりよ。2人に助けられたことも伝えなくちゃ。」
「僕達はここに残って、魔法薬が塗られていた辺りを調べても大丈夫?」
「いいけど……もう証拠なんてないと思うわよ?」
「それでも一応、ね。……無理かな?」
確かに、今更調べても、犯罪の証拠を残しておく犯罪者はいないだろう。何回も同じ犯行をしている奴なら、尚更だ。
エイルは一体、何を調べようというのか。
クーシェは少し悩んでから、微笑んで頷いた。
「他の仲間にはリンクで伝えておく。そっちの方が調べやすいでしょ?」
「っ!ありがとう。」
「それじゃあ……よろしくお願いします。」
敢えてなのだろう。クーシェは『依頼者』として、俺達にそう言った。
エイルから魔法薬の瓶を受け取り、彼女はそのまま森の出口へと向かっていったが、一度振り向き、森の奥を指差す。
「魔法薬が塗られた木は、あっちにまっすぐ進めばすぐわかると思う!色が変わってる木だよ!」
「ありがとな!気をつけて行けよー!!」
「そっちもねー!!」
お互いに手を振り合い、俺達とクーシェは別れた。
小さな妖精の姿が見えなくなってから、エイルは彼女が指差していた方向へ、体を向ける。
「よし、それじゃあ……行こうか。」
「おう。……とはいえ、今更証拠、見つかるのか?」
「確証は得られないかもね。でも、推測はできる。」
それだけ言って、エイルはまっすぐに歩き出してしまった。
まだ聞きたいことは山ほどあるが、今はコイツを信じて進むしかないよな……。
それに、クーシェにも頼まれたんだ。やるだけやってみよう。
俺もエイルの後を追い、妖精の森のさらに奥へと向かった。