冒険者ライフスタート!
あくる朝、体を揺さぶられて目を覚ます。
少し周りを見回せば赤い髪が視界に入り、俺を起こしたのがノーヴァだとすぐにわかった。
「おはようアカツキ!早速だけどいつものお願いね!」
「お前、本当にブレないよな……。おはよう……。」
なぜ朝からこうもハイテンションなんだコイツは…。
偏見ではないけど、よく見るアニメとかの怪盗って夜が活動時間だよな?お前怪盗なのに朝型なの?
まだ覚醒しきらない頭で、意味のないことを延々と考えながらも、もう流石に慣れ始めた髪染め魔法を使う。
ノーヴァからエイルに変わり、一言お礼を言われる。
「魔法のコントロール、本当に上手になったよね。やっぱり素質あるんだよ、アカツキ。」
「褒めても何もないからな?」
「その割には嬉しそうだよね。」
褒められて嫌になることはあまりないからな、俺。
リボンで髪を纏め始めたエイルを横目に、俺も準備を始める。
ここにくる前に何着か、シヴィム王国で買い揃えておいたから、服に困ることはない。
しかも冒険者として戦えるよう、動きやすいものばかりだ。
……いやマジで早く自分で稼げるようになろう。エイルに申し訳なさすぎる。全部エイルの貯めてたお金に頼ってるのは流石にまずい。
そんなこんなで服を着替えて、鏡でおかしなところがないか確認していると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「おーい、お二人さん起きてるかー?朝だぞー!」
快活なその声は、どう考えてもノーレンさんのもの。
エイルに負けず劣らずの大声だな。俺、そのうち鼓膜破れるんじゃないか?
なんて考えながらドアを開けると、すっかり準備の済んでいるノーレンさんが目の前にいた。
「おはようアカツキ!準備は済んでいるか?」
「おはようございますノーレンさん!あともう少しなんですけど、待っていてもらえますか?」
「おう!だったら下のロビーで待ってるぜ。」
「わかりました!」
長く待たせるわけにはいかないし、俺達も急ごう。そう言おうとして振り向き、とっくに準備を終えて微笑んでいるエイルと目が合い、固まる。
「……と、いうことで。僕も下で待ってるね!」
「置いていく感じなんだな!?」
「忘れ物はないようにね!お先に!」
さっさと下に向かってしまったエイルに呆れながら、俺も急いで準備を進める。
この宿は暫く借りるから、邪魔なものは部屋に置いて行っていいと言ってたんだよな。
とりあえず、最低限の荷物があればなんとかなるか……?
そんな軽い気持ちで、剣と救護セット、(エイルに少しもらった)お金に、長剣とは違う、護身用の短剣を準備した。
「さて、行くか!」
そうして部屋に鍵をして、俺は2人が待つ、下のロビーに向かった。
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「お、準備できた?」
「とりあえずな。ノーレンさんお待たせしました。」
「気にすんな気にすんな!」
ロビーに置かれている椅子に座り、何やら資料を見ていたらしい2人を見つけ近付く。
先に気付いたエイルがこちらに手を振り、空いている椅子に座るよう促された。
その椅子に座り、2人が見ていた資料を覗き見れば、どうやら依頼書のようなものだった。
宿の近くにルネラントのギルドがあるから、そこでノーレンさんが受け取ってきたらしい。
「よし、それじゃ揃ったことだし、もう一度詳しく説明するぞ。」
「はい、お願いします。」
ノーレンさんが資料を一つにまとめ、一番上のものから説明してくれた。
「これが今日受けている依頼な。」
「えっと……『猫を探してほしい』、『薬草を届けてほしい』?…………これが依頼……ですか?」
「モンスター討伐とかお尋ね者捜索もあるけど、毎日そういう依頼が来るわけじゃないよ。毎日来てたら治安悪すぎるしね。」
「普段の仕事としては、ご近所の手伝いが中心だな!
見た感じ、モンスター討伐の気で来たんだろうが……悪いな。今日はそういう依頼は受けてない。」
マジか。張り切って剣を持ってきたのが恥ずかしすぎる。
というかエイル、お前もそのあたりもう少し説明しろよ。ギルドはモンスター討伐とか警備をやっているって言ったのお前だよな?
あれ?でも、2人も武器持ってきている。
「護身用として剣は持ち歩くからね。丸腰だと、もしもの時対応できないから。」
「あー……なるほど。」
エイルに言われ納得した。
確かに持ち歩いていたほうがいいな。俺とエイルは特に。
いつどこからアイツらが襲ってくるかわからないし。
「そんなわけでだ。」
ノーレンさんがパシンと手を叩き、立ち上がった。
「簡単な依頼ばかりとはいえ、早く終わらせれば早く休めるからな。早速、最初の依頼に行くとするか!」
「はい!!」
「了解です。」
俺とエイルにとって、初めてのギルドでの任務が、始まろうとしていた。
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「……で、最初の仕事から順に、手紙配達、迷子の猫探し、屋根掃除とやっているわけだけど……多くね?」
「根を上げるの早くない?まだ3つだよ?」
「一つ一つの内容が濃いんだよ……。」
依頼の一つ、屋根の掃除を二人がかりでやり、疲れた俺は屋根に寝転がる。ほとんど掃除し終わってるから汚れる心配はない。
そして俺は、想像していたものとは違い、ボランティアのような依頼ばかりなことに肩を落とし、任務を始める前からやる気がすでに半減していた。
それどころか、任務一つ一つは簡単そうなのに、内容が割と過酷で、手紙配達は住所がわからないし、猫には引っかかれるし、屋根は隅々まで綺麗にしろと頼まれたため、手抜きができない。その結果、早々に愚痴をこぼしてしまったのだ。
「こういう仕事は慣れてないんだよ。モチベーションの問題もあるし……。ってかノーレンさんは?」
「向かいの家のポスト作り。」
「ポスト作り!?」
エイルが親指で指し示した方向を屋根から覗き見れば、確かに。
金槌片手に木材に釘を打つノーレンさんを見つけた。
様になりすぎだろ。
俺のいた世界の大工みたいに、タオルはちまきをしているその姿は、完全にその道の人なんですけど。
「ちなみにあの人、僕らが屋根掃除している間に、他にも任務こなしてるっぽい。多分ほとんどあの人が捌いてるよ。」
「お前も屋根掃除してたはずなのに、なんでそんなに詳しいんだよ?」
「それは適度にサボ…………休憩して目を休めている時にたまたま目に……」
「サボってたんだな。」
誤魔化しきれてないし、誤魔化す気もないだろ。
「アカツキー!エイルー!」
目を逸らしたエイルを呆れ顔で見ていると、下からノーレンさんに呼ばれた。
こちらに手を振るノーレンさんは、その手に何やらバスケットを持っているようだった。
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屋根の掃除を頼まれたあの住宅街のすぐ近くに、妖精の森の入り口がある。
その名の通り、多くの妖精が暮らしている森であり、豊富な魔素が存在するらしい。そして、妖精達は魔素に異常がないよう、常に見守っているんだとか。
立ち入ること自体は禁止されておらず、種族関係なく自由に出入りすることが許されている。
なんなら、森向こうに住んでいる人が、街に来る時の近道として使っているらしい。
だからこうして、ノーレンさんについて行った先にあった妖精の森で、ランチタイムを迎えているわけだ。
太陽の光が差し込むちょっと開けた場所があり、そこは誰かが手入れしているのか、雑草が刈り取られていた。
3人でバスケットを囲み、被せられていた布をどかす。
「うわっ、めっちゃ美味そう。」
「そういえばこれ、どうしたんです?」
「ポスト作りを手伝った家の奥さんに是非って言われてな。ちょうど昼時だったし、依頼料代わりにもらったんだ。」
何その男前行動。俺もいつかやってみたいそれ。
そんな話をしながら、バスケットの中にたくさん入っていたサンドウィッチを食べる。野菜たっぷりでハムも挟まっていてめっちゃ美味い。
他の具材が入っているやつもあるみたいだから、次は何を食べようかなとバスケットの中に視線をやっていたが、ふと気になった。
「でもこれって、ノーレンさんへのお礼ですよね?俺たちまで食べてよかったんですか?」
「俺一人じゃ食べきれないから、むしろ助かるぜ!遠慮せずたーんと食え。な?」
「じゃあ……もう一個いただきます!」
「あ!アカツキそれ僕が狙ってたやつ!」
「早い者勝ちだ!」
お言葉に甘えて次の一個を食べ、エイルと何故か競いながらも美味しく楽しく、昼の時間を過ごす。
なんか、森だし晴れだし、雰囲気がすごくピクニック。
普通に楽しんでいる俺がいた。
食べ終わった後も、他愛のない会話をしながら暫く休んでいたが、エイルが思い出したように言った。
「そういえばノーレンさん、午後の依頼って?」
「俺はバスケット返してから、薬草を届けてくる。それで今日の依頼は終わりだし、お前らは少し早いけど、今日は休んでくれ。」
「もし良ければ手伝いますよ?」
「いや、帰りに寄りたいところもあるから大丈夫だ。ありがとな。」
ノーレンさんはそう言って笑い、最後のサンドウィッチを口の中に全て放り込んで、そのままバスケットを持って立ち上がった。
「……うし!そんじゃ食べ終わったし、俺は行くわ。ちょっと遅くなるかもしれねぇから、宿で休むもよし、酒場で飲むもよし。好きに過ごせよ〜。」
「気をつけて行ってきてくださいね。」
「お前らも気をつけて帰れよ!」
手を振りながら去っていくノーレンさんを見送り、俺達は何かゴミを落としてないか確認してから立ち上がる。
「……今更な気もするけど、やっぱり僕の正体バレる気がしないし、心配しすぎだったかもね。」
「だな。」
「っていうか、むしろ疑われなさすぎて不安。あのノーレンが僕を疑わないなんて事あるのか……!?むしろ泳がされていて、信頼しきった時に捕まえるつもりなのでは……!?」
「本当にお前、あの人と何があった?」
何をどうしたら、そこまでの反応になるんだよ。俺がこっちの世界に来るまでに、どんな逃走劇繰り広げてたんだ。
……いや、国跨いで追いかけてくるだけでも、十分怖いか。うん。
「……んで、話変わるけど、この後どうする?」
「折角なら、街を見て回るのもありじゃない?」
「賛成。」
まあ時間はあるし、と特に急ぐこともなくゆっくり準備を進める。
それにしてもいい天気だ。こういういい天気の日だし、きっと良いことが…………
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
……知ってた。フラグ立てたの俺です。知ってた。
明らかに俺が悪いやつじゃん?でもまさか、そんな速攻でフラグ回収されると思わないじゃん!?
「アカツキ、今の聞こえたよね。」
「フラグは回収するものって相場は決まってるんだよ!俺のせいじゃない!!」
「何言ってんの?いいから早く行くよ。」
「え?」
「明らかに何か起きてる。ノーレンさんはいないけど、駆け出しとはいえ冒険者なら、助けに行かなきゃ。」
「あ、そういうことか!!」
そうだよな、こういう時のための俺達だよな。
持ってきた剣も必要になる事態かもしれない。俺は急いで忘れ物がないか確認してから、エイルに頷いて見せる。
「行こう、エイル!」
「オッケー!走って向かおう。」
そして俺達は声のした方、妖精の森のさらに奥へと進んでいったのだった。