エイル先生のルネラント講座
「おー、思っていたより綺麗な部屋だな。」
「ゆっくり休めそうでよかったよ。あ、僕こっちのベッド。」
「おいコラ、勝手に決めんな。」
流れるように勝手に左のベッドに向かったエイルを止め、俺達は話し合いで使うベッドを決めることにした。
さて、ここはノーレンさんが取ってくれた宿の一室である。
2人用の部屋なのは単に、ノーレンさんが気を利かせてくれたかららしい。
「宿自体が2人部屋の作りだし、草臥れたおっさんと同室よりかは若者同士の方が色々楽だろ?暫くこの宿に泊まることになるし、負担はないに越したことないからな!」
……だそうだ。
なんというか、本当に凄いなノーレンさん……。気配り上手で話し上手、確かな腕前の冒険者で人格者。
改めて、マジで凄い人とパーティを組んだんだなと実感する。
さて、なんだかんだでどちらのベッドを使うかも決まり、荷物を順に解いていく。
うーん、改めて見てみると、多すぎた気もしなくない。
でも日常で必要なものばかりだし、冒険者としては武器も必要だし、これ以上減らすことはできなかったよなぁ…。
「なぁエイル、荷物どこにおい……」
俺は荷物を置いておく場所をエイルに聞こうと後ろを振り向き、硬直する羽目になった。
エイルは自身の武器であるレイピアを取り出し、それを振っていたのだ。
ついでに部屋の広さ的にも、今いる位置的にも、下手したら俺斬られる。
「お前なんで武器振り回してんの!?危ないだろ!?」
「うわ、何急に大声出して。危ないも何も……取り出さなきゃ手入れできないじゃないか。」
「……手入れ?」
なるほど、よく見れば武器の手入れに必要な道具が置かれている。
手入れと一緒に点検もしていたということか。
「それにしたってやる場所があるだろ……。」
「それについてはごめん。まあ、ほら、折角だしアカツキも手入れしておきなよ。」
俺は一度ため息をついてから、エイルと同じく武器を取り出した。
俺の武器は一ヶ月練習で使い続けた剣と似たような剣だ。似たような剣にした理由は、練習で使い慣れていたものに似ていた方が、扱いやすいと思ったからだ。
まあとにかく、他の形の剣も念のため試してみたが自分の型に合う剣はこれだったし、なんだかんだしっくりきているからいいか、という結論に至ったわけだ。
「……そういや、前の剣はお前が昔使ってたやつだろ?同じ種類じゃなくて大丈夫なのか?なんでレイピア?」
「まぁ……僕が昔使っていたってのは間違ってないけど、馴染まなくて変えたんだよ。レイピアも扱いは難しいけどね。」
なるほど。やはり人によって剣との相性があるんだな。
思い返してみると、フランム・ノアの奴らと戦っていた時も、突き技を使っていた。
コイツは突き技が得意だからこそ、ステッキやレイピアを使っているのかもしれない。
それから、時々ちょっとした会話をしながら手入れをして、ひとまず一段落した時だった。
武器をしまって片付けたエイルはこちらを見て言った。
「それじゃあ、ここで『エイル先生のルネラント講座』のお時間行ってみようか!」
「なんだそのふざけた講座?」
突然始まった謎の講座に素直にそう呟くと、思いっきり背中叩かれた。お前絶対横腹肘打ちしたの根に持ってるだろ!?
満面の笑みで背中叩くなよ、純粋に怖い。
「さてさてアカツキくん。何も知らない君のために、僕がこの国の特色について教えてあげようじゃないか!」
「妙に上から目線なのムカつくんだが。」
「いいから、とりあえず武器置きなよ。もう手入れ終わったでしょ?」
「あー…はいはい。片付けりゃいいんだろ、片付けりゃ。」
言われた通り、俺も武器を片付けベッドに腰掛ける。
エイルも自分のベッドに座り、俺と向かい合う形で座った。
「それで?エイル先生は何を教えてくれるって?」
「ここに来る前、特色をざっと教えたけど覚えきれてないでしょ?。」
「まあ……そうだな。エルフがいるくらいしか覚えてない。」
「そうだろうね、耳慣れない単語ばかりだろうし……。でも、だからこそ!」
強調するように強く言って、エイルは俺に急接近してくる。
「実際にその土地に立った時、僕がその場で、その国の特色を説明すれば、滞在中は覚えていられると思ってね。基本的なことだけでも、覚えたいと思わないかい?」
疑問形にしているけど、俺が断るとは少しも思っていない言い方。
……悔しいけど、断るという考えはなかった。
勉強してもなかなか覚えられなかった俺には、多分その方法が一番合っている。
「わかりやすい説明、頼むぜ?」
「任せてよ。しっかり君が覚えられるように説明するさ!」
エイルが胸を張る。
せっかく俺のためを思って説明してくれるんだ、俺も覚えられるよう努力しないとな。
異世界のことだから覚えられませんとか、言ってられない。
「それじゃあ、早速だけど……この国の名前は覚えているかな?」
「流石に覚えてる。聖帝国ルネラントだろ?」
「正解。まぁ、この間確認したばかりだしね。」
一ヶ月過ごしたシヴィム王国と、滞在する事になった聖帝国ルネラント、という名前はもう答えられる自信くらいはある。
……その特色を答えろとか言われたら何も言えなくなるけど。
学生の時、社会が苦手だったのバレるなぁ…。
「そんなわけで、僕達は今ルネラントにいるわけだけど……。この国の主な種族、エルフ以外はわかる?」
「いや……あ、そういえばさっきの。妖精が唯一住んでる国って言ってなかったか?」
「正解!!さっきさらっと流した情報をすぐに思い出せるのは流石だね。」
コイツ褒めるのだけは上手いな。
などと余計なことを考えている間に、エイルは組んでいた足を組み直しながら続けた。
「前にエルフがほとんどを占めているって言ったけど、この国の主な種族は実は2つなんだ。慈愛の精神を重んじるエルフと、平和を愛する妖精のね。」
「エルフと妖精……。」
「もちろんそれ以外……人間や獣人、鳥人なんかもいるけどね。とりあえずエルフと妖精について軽く説明しておくよ。」
再び話し始めたエイルの声に、俺も耳を傾ける。
「前にも話した通り、この国はエルフの皇帝が統治している。エルフはアルオローラに生きる種族の中でも特に長寿でね、今の皇帝は大戦争時代以前から生きているらしい。」
「そんなに!?」
「でも見た目はまだまだ若くて、人間で考えるなら30代前半くらいだって話。」
「長寿怖ぇ……。」
「まあ、僕達人間からしたら気が遠くなるほど長い時間でも、エルフにとっては一瞬なんだろうね。価値観の違いとか考え方の違いは、こういうところからも出てくるから覚えておいて。」
「おう……。」
「次に妖精についてだけど……妖精は基本内陸部に住んでいて、しかもルネラントにしか住んでいないんだ。」
なるほどな。元の世界にはそもそも妖精がいなかったけど、この世界でも妖精は特別で、数が少ない種族なのかもしれない。
だけどそうすると……、さっき出会ったあの妖精はなんだったんだろう。あそこは完全に港で、内陸では絶対にないはずだ。
エイルに今聞いた妖精の特徴とは違う気がするが……。
「それで妖精は、エルフや人間の家の屋根に小さな自分達の家を造るか、森の中で自然と共に生きている。」
先ほどの妖精について少し考えたが、今はエイルの話を優先しようと首を振った。
「小さな家ってどういうことだ?」
「窓の外を見てごらん。」
俺は促されるまま窓から顔を出して向かいの家の屋根を見る。
よく目を凝らすと、木材と草で出来ている小さな家が蜂の巣のように屋根にくっついているのが見えた。
それが家に必ず一つあるのだ。
あれが妖精の家なのか?
「この国は共存することで繁栄してきた。妖精は平和に暮らせる場所を、家主は妖精の祝福を与えられる。つまり、お互いに支え合って生きているんだ。」
「ん?妖精の祝福って?」
「あぁ、それはその言葉の通り。妖精の魔力には特別な加護があるとされていてね。作物の豊作も、健康も、妖精が約束してくれるんだよ。だからその力を『祝福』と呼んで、祝福を受けるお礼に住処を提供するってこと。」
「へぇ〜。妖精ってすごいんだな。」
「まぁ、実際は迷信とも言われているけどね。それでも、妖精達の祝福が信じられているから平穏が守られているし、ある意味では国民の心の拠り所とも言えるかもね。」
なんとなくこの国の特色がわかってきた気がする。
国交が開かれているから他の種族もいるが、大半を占めているのはエルフで、一般的な家には妖精の家がある。つまり家の数だけ妖精もいて、更には森にも妖精が住んでいるから、主な種族は二種族で、エルフと妖精とされているのだろう。
慈愛を重んじるエルフと平和を愛する妖精、その二つの種族が住む国ならば、とても住みやすく平和な国だと思うが……なぜエイルはこの国が嫌いだと言ったんだ?
「……見せかけだけの思いやりなら、いらないんだよ。」
表情を暗くしてエイルはそう言った。
窓の外を眺めながら、エイルは口を開いた。
「確かに、この国の人はみんな優しいよ。魔力なしにも優しくて、憐れんで、嘲笑したり侮辱したりしない人達だ。」
でもね、とエイルは微笑む。
「その優しさは、ただ憐れむだけで救おうとはしない。助けてと手を伸ばしても、『可哀想』と悲しまれて終わる。決して自分が手を差し伸べようとはしないし、リスクは背負わない。」
「…………それ、は、」
「だから嫌いなんだよ、上辺だけの奴らばっかりで。」
「…………。」
「さて!そんなわけで、この国に住んでいる種族については教えたけど、それ以外の事についても話しておくね。」
パッと表情を明るくするエイルに何とも言えない気持ちを抱えるが、奴はお構いなしに話を続ける。
「この国はシヴィム以上に自然豊かな国なんだ。妖精が自然を慈しむ種族だから、無理に発展させない道を選んだらしい。……とはいえ、流石にお城は豪華に建築されてるけどね。」
「……あ、遠くに見えていたあの城か。」
「そ、あれ。迷うほど広い庭に、いくつもの建物、皇帝お抱えの騎士に、侵入者を阻む石の壁……。あ、ちなみに騎士に見つかれば、あっという間に牢屋行きだし、なんならその場で粛清とかもあるらしいよ。」
「怖すぎるだろ。」
「僕達が突破するべき関門は、まだまだあるけどね!」
「……は?」
おい待て、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。
突破するべき関門……?
「…………まさかだけどさ……行くとか言わないよな……?」
「え、行くよ?言ったじゃないか、僕らの目的は『アルトレアス』だって。」
言ってた。代々各国が護ってきた魔導石を盗むって言ってた。
俺もバディとしてやれることをやると約束したし、それを破るつもりはない。ない、けども……!!
「俺の初仕事でこの鬼畜難易度攻略は無理じゃねぇかな!?」
「いけるいける!実際盗むのは僕だし、サポート程度なら君でもできるよ!」
「やっぱりお前、俺のこと馬鹿にしてるよな!?」
そのヘラヘラ笑っている顔で言われるのが一番嫌だ!!確信犯だよなお前!!??
エイルは…いや、気が付けば髪を下ろし、まだ黒髪ではあるもののその表情を明らかに「ノーヴァ」のものへと変えた相棒は、その笑みのまま語る。
「この国の魔導石、『紫石ルネララム』は、とあるエルフが大昔に育てた、今は絶滅してしまった花の蕾が開いた時、中から見つかった宝石と言い伝えられているんだ。」
「しせき?」
「そう、薄紫色の小さな宝石だから『紫石』らしい。」
「なるほどな。お前も見たことはないのか?」
「当たり前だよ。魔導石は厳重な警備で守られている。これはどこの国も同じで、滅多に見ることはできない。」
1人で腹を立てていても、こいつにはなんのダメージもないし、手に入れられるだけの情報は手に入れたい欲が勝る。
内心いまだにムカムカとしながらも、わからないことは聞き、さらにルネララムについての情報を学ぼうと、今はひたすらに相棒の言葉を脳に叩き込む努力をした。
「この国の場合はあの巨大な城で、帝国騎士団の精鋭が警備にあたっている。普段から皇帝の護衛を任されている、全てにおいて一流の彼らの目を掻い潜って盗む……っていうのは、至難の業だろうね。」
「……ちなみに、プランは立っているのか?」
その言葉に、俺が魔法を解いたことで元の赤髪に戻ったノーヴァは、ニッコリと微笑んだ。
まるで、俺のその言葉を待っていたかのように。
「全然!!決まってないです!!」
「……はぁあぁぁぁぁ!!??」
じゃあ何だったんだその笑顔は!?
絶対作戦決まってる顔だったんだが!?
「とりあえず、進展があるまでは冒険者としての生活じゃない?新しい情報手に入れられれば、ノーヴァとして僕も行動するからさ。それまでは楽しい冒険者ライフを謳歌しようよ!」
「お前この状況楽しんでるな!?」
少しでもコイツが、かっこいい怪盗らしい一面を見せてくれると思った俺がバカだった。
先が思いやられるな……。そう思い、ため息を吐く。
……まあ、確かに冒険者としてのこれからは少し楽しみだし、いいか。
明日からの冒険者としての生活を想像して、俺も少しだけワクワクしたのは、絶対目の前のコイツには言わないでおこう。
そう心に決めた。