聖帝国ルネラントへ
そして遂に訪れた3日後。
俺達は荷物を持って隠れ家を離れようとしていた。
「忘れ物は?」
「多分ない。」
「そこにあるバッグは?」
「俺のですすいません。」
言われた側から忘れ物発見。
そんな心配そうな顔すんなよ、忘れ物はもうないよ、多分。……多分。
「それじゃあ、出発しようか。」
「おう。」
ノーヴァは家の鍵を閉め、その鍵をバッグに入れて歩き出した。
俺もその後を追うが一度振り返り、一ヶ月過ごしたこの世界での俺の居場所を目に焼き付ける。
永遠に帰ってこないわけじゃないけど、なんか寂しくなるな……。
「名残惜しく感じてもらえるほど、あそこを気に入ってもらえたならよかったよ。」
「……そんなにわかりやすかったか?」
「とってもね。でも家主としては嬉しいよ。居心地良く感じてくれてたってことだろ?」
「……また帰ってくるんだよな?」
「いつかそのうちね。」
死の森の出口へと向かう。
気がつけばもう家は見えなくなっていて、鬱蒼と茂った森だけが広がっていた。
こうして俺達は、ノーレンさんの待つ港へと歩き出したのだった。
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「ついたついた!やっぱり賑わってるねぇ〜。」
「うわ……これ、ノーレンさん見つかるか……?」
辿り着いた港は多くの人で賑わい、少し油断しただけで隣にいたノーヴァと逸れてしまいそうなほどだった。
あ、そういえば。
「ノーヴァ、ちょっと路地裏行こう。」
「え?……あぁ。」
察してくれたようだ。
極力離れないようにして人気のない路地裏に滑り込む。
そして俺は魔力を手に集中させ、ノーヴァの髪に軽く触れた。触れた部分から段々と広がるようにして、赤髪は黒髪に染まり、『ノーヴァ』だった相棒は『エイル』に変わった。
髪を纏めているだけでは赤髪は目立つし、ノーヴァだとバレる可能性も考えて、早めに変えておきたかったからよかった。
「うっかりしてたよ。ありがとうアカツキ。」
「あのまま行ってたら速攻で牢屋行きだったな。」
「あはは、笑えないね。」
エイルは肩をすくめながらそう言って、また大通りへと向かい始めた。
人の波に押されそうになりながら港を歩き、ノーレンさんを探す。
程なくして、エイルがルネラント行きの船の看板を見つけ、その看板の近くには……
「お、アカツキ、エイル!無事合流できたな!」
「お会いできてよかったです。」
「これからよろしくお願いします!」
ノーレンさんが待っていた。
ノーレンさんは俺達の荷物を見てなぜか笑う。え、なぜ?
「お前達、色々準備したようだが……言ってくれれば俺が買ったぞ?」
「いや、流石にそこまでお世話になるのは申し訳ないですよ!自分達の使う物くらい、自分達で……」
ふと隣を見ると、「その手があったか!」と言わんばかりの顔をしているエイルがいて、俺は思わず奴の横腹を肘で打った。
「いたぁっ!?何すんのさ!?」
「悪ぃ、手が滑ったわ。」
っていうのはもちろん建前で、単純に反射でやっちまった。だって、ムカついたから……。
コイツにプライドはないのか?仮にも怪盗を名乗るなら、人にたかるなよ……という言葉は、ノーレンさんの前だし言わないでおく。
エイルには睨まれたが、敢えてそちらは見ないでいた。
目を合わせたら絶対グチグチグチグチ嫌味言われる。
「さて、それじゃあそろそろ船に乗ろう。」
ノーレンさんの後をついていき船の前に来る。
――あれ、そういえば俺、船初めてだけど船酔いとか大丈夫だろうか……?
「ほら、立ち止まらないで進んで進んで。」
「お、おう……。」
ふと感じた不安から立ち止まったが、エイルに後ろから押され、乗り込みの板……橋でいいのか?を渡ってあっという間に船に乗ってしまった。
まぁ、なるようになるよな。初めての船旅、楽しむとするか!
乗客が全員乗り込み、ついに船が動き出す。
そういえばこの船、蒸気船でもモーター船でもないようだけど……これも魔力で動いているのだろうか。
その時、前の方から俺達を呼ぶ声が聞こえた。ノーレンさんだ。
「2人とも、前の方に来てみろ!」
「うわぁ……!」
「綺麗…。」
俺とエイルは、甲板から見る港の景色に目を見開く。
太陽の光でキラキラと光る水面と、人が行き交い賑わう港町の鮮やかさ。それら全てを見渡すことのできる場所にいることが、なんとも言えない高揚感を覚えさせた。
あっという間に港は小さくなっていき、本当にシヴィム王国から離れたんだと思うと、隠れ家を出た時とよく似た気持ちが胸に込み上げた。
「さて、それじゃあ改めて。これからよろしくなアカツキ、エイル。」
「はい、お願いします!」
「よろしくお願いします、ノーレンさん。」
「とはいえ気軽にいこうな。堅苦しいのは俺が嫌いだし、安全に、楽しく経験を積めるのが一番だ。」
そしてノーレンさんは俺達の肩に腕を回し、もはやお決まりのようにまた笑った。
「まぁなんだ、まずは船旅を楽しめってことだな!時間はあるから、景色を堪能しておこうぜ!」
耳元でその大声は辛いですノーレンさん。
エイルも顔を顰めているのを見るかぎり、多分耳やられてるな……。
……もしかしてこの船乗っている間、ずっとこのままなんて事はないよな?
もしそうだったら、確実に俺達の耳ぶっ壊れる自信があるんだけど。
――どうにかしろよエイル……!!
助けを求めようと視線を送った先にいたエイルは……悟ったような目で遠くを見つめていた。おい、戻ってこい。
……もうこの際なんでもいっか。どうにでもなってしまえ。
俺は半ば諦めて、この状態のまま船から見る海を堪能しようと心に決めた。
太陽の光を反射して白く輝く海と、どこまでも青い空。そして耳元で大声で笑うノーレンさん。
俺とエイルは船がルネラントの港に着くまで、ずっとノーレンさんに肩を組まれ、身動きができなくなっていたのだった。
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「……で、アカツキ、大丈夫?」
「大丈夫そうに見えるか……?」
そして船旅が終わり港に着いた頃には、俺は船酔いして顔が真っ青、立っていることすらできないほどの状態になっていた。
俺って船弱かったのか……。
「アカツキ、少しこっち側で休んでおけ。気付いてやれなくてすまねぇな。」
「いえ……俺も自分が船酔いするタイプだったの初めて知りましたし……。」
「エイル、少しついていてやれ。俺は水か何かもらってくる。」
「わかりました。ほら、アカツキは少し座ってな。」
「悪ぃ……。」
俺はエイルに促されるまま、通行の邪魔にならない道の端に座り込んだ。
多分だけど、あの人の大声と初めての船酔いのダブルパンチで余計酷くなったんじゃねえかな……。
これから俺、やっていけるかなぁ…。
ふと、俺の隣で壁に背を預け腕を組んだエイルを見上げる。
心なしか目も普段より鋭く、不機嫌そうなその顔を見て、俺が船酔いして足を引っ張っていることに腹を立てているのかと考えてしまう。
「なぁ、エイル……」
「ん?何?」
「ごめんな、足引っ張っちまって……。」
「そんなことないよ!むしろ体調に気づいてあげられなくてごめん。」
「いやそもそも俺が自己申告すればよかったんだし。」
「でも……」
本当に申し訳なさそうに謝られ、なんか、謝りあっているのがおかしく思えて互いに笑い合った。
笑いの沸点同じかよ。
「なぁ、なんでさっき、あんな不機嫌そうな顔していたんだ?」
「え、嘘。顔に出てた?」
「バリバリにな。目も据わってたぜ?」
「あぁ……いや、うん……。無意識だったよ……。」
歯切れ悪くそう言って、エイルが目を逸らした。
「理由、教えてくれねぇ?」
「……あまり、好きじゃないんだよ。この国。」
「…………え?」
港から見える海を眺めながら、エイルは目を細めて呟いた。
その声は港の喧騒にかき消されそうなほど小さな声だったが、しっかりと俺には聞こえた。
これは深掘りしてはいけないことかもしれない。
そう思って何も聞き返せず、ただ気まずい無言の時間だけが流れていく。
そうしているうちにノーレンさんが戻ってきて、気まずい空気に包まれていた空間は、一気に賑やかになった。
「戻ったぞー。お、アカツキも少しは良くなったか?」
「おかげさまで少し回復しました。ほんと申し訳ないです……。」
「いいっていいって!!ほら、宿で氷水もらってきたから少し飲め。多少良くなるだろ。」
「ありがとうございます、ノーレンさん。」
氷水を受け取り、一口飲む。
あー、生き返る心地ってこの事だろうな……。喉がすごい喜んでいる気がする。
「宿で……って事は、もう宿泊場所は決まった感じですか?」
「ああ。ギルド近くの宿が長期で取れた。今日はこのまま宿に向かって、明日からギルドの仕事を始めよう。」
「わかりました。……アカツキ、行けそう?」
「おう。」
ある程度回復したし、多分大丈夫だろう。
俺は立ち上がり、残りの氷水を飲み干した。
「それじゃあ宿に向かうとするか!ここから割と近いから、迷う事はないと思うぞ。」
よかった。俺、この世界に来て初めて自分が方向音痴なの知ったから、できればすぐに辿り着ける方が嬉しい。
ノーレンさんを先頭に、俺とエイルは後ろをついていく。
そんな時だった。
「きゃっ。」
置いていかれないように、人混みの中必死についていっていると、肩に何かがぶつかった感覚がした。
っていうか、声も聞こえた気が。
「いたぁ……。どこ見て歩いてるのよぉ〜……。」
「え、あ、ごめん!?」
チリンチリンと鈴の音のような声がして、俺の目の前に、蝶みたいな羽の生えた小さな少女が現れた。
俺は見たことのない生物に動揺してしまったが、なんとか謝る。
少女はあまり気にしていないようだが、こちらにピシッと指を向けて言った。
「次は気をつけて歩いてよね!それじゃ、私急いでるから!」
そして、言葉通り飛んで去っていった小さな少女を、呆然として見送る。
「あれって……妖精、か……?」
「そ。聖帝国ルネラントは妖精が唯一住む国だからね。気をつけて歩きなよ。」
エイルの言葉に頷き、もうぶつからないように気をつけようと思った。
しっかし、妖精とかいるんだな。
ギルドでも他の種族見たし、エイルから事前に聞いてはいたけど、妖精とか出てくると本当にいろんな種族がいるんだなって思う。
「それにしても珍しいな。妖精族は基本内陸部に住んでいるから、港に来る事はないと思うんだが……。まあいいか。」
ノーレンさんが首を傾げてそんなことを言っていた。どうやら妖精にしては珍しい行動だったらしいが…まあ、気にする必要はないだろう。
そして気を取り直して俺達は、今度こそ宿に向かって歩きだした。
港を離れ、賑わう街へと向かっていく。
その街よりもさらに遠くには、立派な城が聳え立っているのだった。