旅立ちに向けて
今俺達は、カウンター席からテーブル席に移動し、ノーレンさんと向かい合う状態で2人並んで座っている。
カトレンは流石に仕事に戻った。
隣のエイルは渋い顔をしながら、甘さが売りのはずのベリージュース(2杯目)を飲み続けているし、ノーレンさんはノーレンさんで笑顔を浮かべたまま俺達を見ている。
……なんの時間ですかこれ。
一刻も早く帰ってしまいたいと思い始めた時、エイルが口を開いた。
「貴方は単独冒険者のはずでは?」
「お、知ってたのか。」
「ええ、まあ……。」
ノーヴァとしての仕事中に知ったのだろうが、流石にそれは言えないから濁したようだ。
単独冒険者……ということは、パーティを組まず、1人で自由に冒険しているということか。
……ノーレンさん、かなりの実力者なのでは?
「初心に返ってパーティを組むのもいいと思ってな。それにお前達後輩に直接色々教えてやれる。悪い話ではないだろ?」
「でも貴方の話からして、もう別の国に出るんですよね?」
「あぁ、そこだけが問題だな。お前さん達がこの国に残りたいなら組まなくたっていい。他の奴らに声かけて、お前らを受け入れてくれるパーティを探すくらいはするし、俺がこっちへの滞在期間を延ばしてもいい。」
「ノーレンさん……。」
この人はどこまでも世話好きなんだな。
なんだか、まだ実家にいた頃近くに住んでた、よく野菜を持ってきてくれたおじさんを思い出した。
正直、俺はノーレンさんと組めるなら嬉しい。
顔見知りだからというのもあるが、ノーレンさんは一度もエイルの事を『魔力なし』として見ていない。
この人にとっては、俺と何も変わらない『後輩』である事実に変わりないのだろう。
ふと、エイルと目が合った。
――エイル、この人についていこう。
心の中でそう言いながら、伝われと視線だけを送る。
俺が何を言いたいのか大体察したのだろう。少し困ったような顔をしてから、エイルはため息を吐き、笑った。
「……そんなに熱心に訴えられたらね……。それに僕も、同じ気持ちだと思う。」
「っ!」
「ノーレンさん、こちらからもお願いします。貴方のパーティのメンバーに、僕達を入れてください。」
「ノーレンさんお願いします!」
「よし来た!!大歓迎だぜアカツキ、エイル!!」
待ってましたと言わんばかりにノーレンさんが笑い、仕事に戻っていたカトレンに向かって、手を上げた。
「カトレン、手続き本格的に頼むわ!」
「はーい!もう既に完了してまーす!!」
おいカトレン、もし俺達が断ってたら速攻でその申請取り消さないといけなかったんだぞ。
すぐに申請してくるとは言っていたが早すぎだろ。
でもまあ、これで正式にパーティメンバーとして登録されたわけだ。
「とりあえずこれでお前達のパーティ問題は解決したな。」
「ええ、まさかこんなにすぐなんとかなるとは思いませんでしたよ。」
「ははは、黙ってて悪かったよ。だがいい話し合いができただろ?」
「…………否定は、しない、です。」
お、エイルが口で負けてる。実際、ノーレンさんのおかげで丸く収まった感じでもあるし、エイルも言い返せないのだろう。
調子に乗って、悔しそうな顔をしているエイルをにっこりと笑って見てたら、思いっきり足を踏まれた。痛い。
「さて、それじゃあ次はいつ出国するか、という事だが。お前達、何日あれば準備できる?」
「向かう国は?」
「『聖帝国ルネラント』だ。」
「2日ください。それまでに準備します。」
「わかった。なら3日後、港に正午だ。」
「覚えておきます。……では。」
エイルとノーレンさんが間を置くことなく予定を決めていき、俺は話を聞いていることしかできなかった。
気がつけばエイルは、ジュースを一気に飲んで席を立っていた。
俺も急いでジュースを飲み干して立ち上がる。
「ジュース、ご馳走様でした。」
「あ、ご馳走様でした!あと、色々ありがとうございました!」
「おう、また3日後、楽しみにしてるぜ!」
片手を上げて俺たちを送り出してくれたノーレンさんに一度軽くお辞儀をしてから、俺は先にギルドを出たエイルの後を追った。
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「さて、そんなわけでノーレンさんとパーティを組むことができましたが問題があります、なんでしょうか。」
「エイルがノーヴァだとバレたら即刻捕まる事。」
「大正解。完璧な回答をありがとう。」
あの後、死の森の家に帰ってきた俺達はテーブルに向かい合って座り、緊急で会議を開いていた。
会議と言ってもそんな大層なものではないが、まあ会議だ。
魔法を解いて、元の赤髪になったノーヴァは口元に手を当てて考え込んでいる。
俺も同じく、頭の中で出来事を整理した。
まず、この世界においての『魔力なし』の扱いは、思っていた以上に酷いものだったこと。
あれほどまでにバカにされ、罵られ、それを当たり前だと受け入れてしまうほどに、『魔力なし』の差別は世界で浸透しているのだろう。
ノーヴァも、あの状況を仕方ないと受け入れ、何も言い返さない程度にはこの差別を当たり前だと思っているようだった。
しかし、それでもノーレンさんやカトレンのように、驚きはしても差別せず、普通に接してくれる人もいるということ。それも知ることができた。
だからこそ、ノーヴァもノーレンさんとパーティを組む事に反対しなかったのだろう。
……たとえ、バレるリスクがあるとしても。
「今日話してみた感じ、お前がノーヴァだって事に気づいている様子はなかったよな?」
「多分ね。ポーカーフェイスでもない限り気づいていないと思う。でも、パーティを組むということは共に行動するということ。」
「その中で疑われてしまえば……」
「ほぼアウト、だね。」
……これは、かなりやばい状況なのではないだろうか。
同時にため息を吐く。
「寝る時すら髪染め持続してもらわないとかもね。申し訳ないけどよろしく頼むよ。」
「それは別にいい。…なあ、ちょっと思ってたんだが……なんでお前、ニヤついてんだ?」
俺は、同じように悩んでいるはずのノーヴァが、微かに笑っていることに気付いていた。
バレたらまずいというのに、なぜそんな顔をしていられるのか不思議に思って聞いてみれば、本人も無自覚だったのか少し呆気に取られたような顔をする。
しかしすぐにまた笑みを浮かべ、理由を教えてくれた。
「これから大変だろうけど、嬉しくてさ。」
「嬉しい?」
「そ。『魔力なし』に対する差別が当たり前のこの世界で、そんな事関係なくパーティに入れてくれる人に出会えたことがさ。」
「ノーヴァ……。」
ノーヴァからしたら、確かにそれは嬉しい事だろう。
でも、魔力を持っている人間と同等の扱いを受けただけで自然と笑みが溢れるほどに嬉しいなんて、これまでは手を差し伸べてくれる人がいなかったことを言葉の裏に隠しているようで……。
「まあ逆に言えば、そういう人はかなりの変人なんだけどね!確かにそうだよね、ノーレンさん神出鬼没のストーカーだし!」
「お前言い方!!」
さっきの表情とはまた違う、ケロッとした笑みを浮かべてそう言いやがったノーヴァに、俺はもうコイツに同情するのはやめようと思った。
仮にもパーティ組んでくれた人に、なんてことを言うんだお前は。間違ってはいないと思うけど!!
「とにかくだ。ノーレンさんは心強い味方であると同時に、天敵とも言うべき冒険者。パーティで行動する時は、十分に気をつけること。いいね?」
「おう、俺も気をつけるよ。」
「うん、よろしく。…さて、それじゃあノーレンさん関係の話はここまでにして……」
パンッと手を叩いたノーヴァは、いつぞやの世界地図を取り出してテーブルの上に広げた。
一ヶ月でかなり叩き込まれたから、割と地図は頭の中に入ってはいるが、見ながら確認したほうが安心できる。
「ノーレンさんと僕達が次に行く国の名前、覚えてる?」
「たしか、聖帝国ルネラントって言ってなかったか?」
「そう。国の名前は覚えただろうけど、特色とかを教えるの、すっかり忘れててさ。」
そういえば、主な国の位置関係とかは教えてもらったが、それぞれの国の特色とか気候とか、そういう細かいことは教えてもらってなかった。
やはり、それぞれの国でその国ならではの特色があるのだろうか。
「ルネラントは元々、エルフの国だったんだ。」
「エルフ!?」
「そ、エルフ。」
「耳が尖ってて、森とか人里離れた所に住んでいるあのエルフ!?」
「随分昔の情報だけど合ってるね。それこそ大戦争以前はそうだったけど、今はエルフの王がルネラントという帝国を治め、国交も開いているんだ。」
向こうの世界で読んだ本のエルフは森の中に住んでいて狩りをしているイメージだったが、この世界ではそれはもう昔のことなのか。
それどころか国交を開いているという事は、多種族との交流を受け入れているということで、友好的な種族なのではないだろうか?
「ルネラントはエルフがほとんどを占めているけど、移住した人間や獣人も少なからずいる。まあ、これはどの国にも言えるけど、大戦争の後、種族間の蟠りをなくそうと各国で取り組んでいる結果とも言えるかな。」
「なるほどな。お前はルネラントにも行ったことがあるのか?」
「まあね。そんなに長居はしてないけど。」
長居してなくてもそんなに詳しいのは、怪盗という職業柄なのだろうか。
まあ、ノーヴァと行動していれば、国のことでわからないことはなさそうだな…。
3日後、シヴィム王国から聖帝国ルネラントに行く、か。
元の世界でも海外旅行なんかしたことなかったし、不安半分楽しみ半分って感じなんだよな。
別の国に行けるのは楽しみだけど、果たして俺は冒険者としてちゃんと戦えるのだろうか……。
「……ん?」
「どうしたの?」
「そういえばノーヴァ。ここを出る前に、新しく剣を買おうって話してなかったか?」
「…………この2日間で、準備しようね。」
あ、忘れてたんだな。俺もだけど。
まあ2日あるんだ。ノーヴァもそういった準備をするためにも、2日もらったんだろうし、万全の準備をして当日に備えるとするか。
「アカツキ。」
「ん?」
「冒険者として新しいスタート地点に立ったから、言わせてほしい。
ノーヴァとしてもエイルとしても、君と共に戦えることを嬉しく思う。これからも相棒として、よろしくね。」
「……ハハッ、今更改まって言うことかよ。でもまあ、こちらこそよろしく頼むぜ、相棒。」
どちらからともなく笑い、俺達は握手を交わした。
一ヶ月経ってから改めてというのもおかしな話だが、まあいいよな。
「さあ!猶予があるとはいえ2日だからね!家の整理と持っていく物の準備、それから買い揃える物のリストアップとか、色々進めよう!」
「そうだな。とりあえず買うものから決めようぜ。」
「賛成。じゃあ紙持ってくるね。」
そうして俺達は、海の向こうへ旅立つ3日後に向けて準備を始めた。
心配なことはたくさんあるが俺達なら大丈夫だと、今はそう思いたい。
――まずはできることからやっていこう。
冒険者として任務をこなして、魔力をしっかり操れるように、そしてしっかり戦えるように。
俺は怪盗のバディとしてだけでなく、1人の冒険者として頑張ろうと、心の中で決意したのだった。
次回、新たな冒険の地へ。