表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/34

ありふれた日々の終わり

 セミが絶え間なく鳴き、ニュースキャスターが今年の最高気温が更新された事を伝える、ありふれた夏の真っ只中。

 暑苦しいスーツに身を包み、まだ新しめなカバンを片手に、俺は炎天下の中を歩いていた。

 まだ午前中だというのに、少し歩いただけで汗だくになるような猛暑日。クールビズとはなんだったか。

 これから出勤だというのに、すっかり汗だく。気分は最悪だった。


 (あかつき) 晴斗(はると)、24歳。人々を照らす太陽のような男であれ、という思いからこの名を名付けられた俺は今、皮肉にも名前の由来となった太陽に焼き殺されそうになっている。


ピコン♪


 間抜けな音がカバンの中から聞こえ、俺はスマホを取り出す。


【兄貴!今度いつ帰ってくるんだっけ?】


 高校生の弟からのメッセージを見て、少し笑みが溢れる。

 まったくアイツは……いつになったら兄離れしてくれるんだか。


 俺の実家は、都心から離れた田舎にある。

 弟の陽介(ようすけ)とも、小さい頃はばあちゃんちの水田に入らせてもらって、イナゴをどっちが多く捕まえられるか競争したもんだ。

 陽介は来年大学受験ということもあり、必死に勉強している。自分の将来の夢に向かって頑張っている弟を、兄として全力で応援してやりたい。


――将来の夢、か。


 陽介は、自分のやりたい事に向かって必死に努力を続けている。アイツは将来、医者になりたいらしい。過酷な道だろうが、諦めることなく頑張っているアイツは本当にすごいと思う。

 俺とは大違いだ。


 俺にも昔は夢があった。


 ふと前を見れば、子どもたちが交番務めの警察官に元気な声で挨拶をしている。それに対してにっこりと笑って「おはよう、いってらっしゃい。」と返す警察官を見て、つい目を細めてしまった。



『俺、いつか警察官になる!!悪い奴らをどんどん捕まえて、みんなの平和を守るんだ!!』

『カッコいいな〜!晴斗なら絶対なれるぞ!!頑張れよ!!』

『父さんも母さんも、陽介だって俺が守るよ!!』

『じゃあ今からたくさん勉強して、夢を叶えなきゃね。』

『うん!!』



「……まあ、もう無理だけど、な。」


 結局、途中で挫折してしまった、幼い頃の夢。後悔がないと言えば嘘になるだろう。叶うならば警察官になりたかったことも確かだ。

 しかし人生なんかそんなもんだろう。全員が夢を叶えられるわけじゃない。


 それなりに幸せで、それなりに裕福な家に育った。それなりの大学にも行かせてもらえたし、それなりの会社に就職することもできて、それなりに充実した毎日を送れている。

 夢は叶えられなかったが、安定した収入があって、三食困らず食べられるのだから、俺は恵まれている方だ。今の生活に不満があるわけじゃない。

 それでも、時々思うことがある。


――もし違う道を歩んでいたら、どうだったんだろう。


 もし警察官になっていたら?

 もし他にやりたい事を見つけられていたら?

 俺は、知らない間に自分の可能性を潰していたのかなと、勝手に考えてはため息を吐くのだ。


 ――うん、考えすぎても良くないな。


 俺は頭を横に振り、弟に返信しようとスマホのキーボードを打ち始める。

 が、打ち終わるより先に、弟から電話がかかってきた。

 慌てて電話に出ると、案の定怒り気味の声が聞こえてきた。


《兄貴!既読つけたんなら早く返信しろよ!!》

「だからって電話してくるかよ普通?お前学校は?」

《この後ちゃんと行くよ。まあ、学校近いし最悪5分あればダッシュで行くから問題なし!》


 電話越しにビシッとピースを決めてそうなほど、嬉しそうな声で陽介が言う。

 確かに家から学校は近かったと思うが、兄貴忘れたことないぞ?お前がパンを咥えてダッシュで学校に向かったら、石に躓いてすっ転んで顔面でパン潰してジャムまみれになったの。ついでに運悪く顔面ジャムまみれになった所を近所の子供に見られて、暫く「ジャム男」って呼ばれてたの。


「……まあ、時間には余裕を持って行動しろよ。」

《おう!……って、そうじゃねえよ!!》

「まだ何かあんのか?」

《兄貴メッセージ見てねぇの!?既読ついてるし見てるよな!?いつ帰ってくるかって聞いたじゃん!!》

「あー、そういやそんなこと書いてあったなー。」

《それでいつ帰ってくるんだよ?》


 母さん達も会いたいってさ、と一言付け加えられる。

 あの懐かしい、子供の頃を思い出す。弟と毎日のように走り回って、泥だらけになって、母さんに怒られたっけ。

 今度帰る時はお土産持って、実家で手伝いとかできたらするかな。よくよく考えたら、親孝行らしい親孝行、何一つとしてしてなかった気がする。


《兄貴ー?おい聞いてるー?》


 ヤベ、そうだまだ電話してるんだった。つーかコイツ、よく朝っぱらからこんな大声出せるな。


「聞いてるよ。今度まとまった休みが取れそうだから、その時に帰るよ。詳しい予定はまた電話する。」

《お、マジ!?お土産!!お土産絶対買ってきてくれよ!!》

「はいはい。相変わらずだなお前は。」


 昔と何も変わらない弟に苦笑する。反抗期らしい反抗期もなく、ずっと真っ直ぐ、素直に育ってきた弟が時々羨ましい。

 願わくば、これからもそのまま真っ直ぐ育って、夢を叶えてほしい。兄貴として、サポートできる事はしてやるからな。


《そういや兄貴、彼女できた?》


 前言撤回、やっぱコイツのサポートとか絶対してやらねぇ。人が気にしている事をぬけぬけとコノヤロー。


「俺にそんな話があると思うか?」

《ないだろうなぁ〜。》

「お前まじ覚えとけよ。」


 よし、実家帰ったらまず陽介をギャフンと言わせる。

 具体的にはアイツがやり込んでるゲームのセーブデータ削除。


《でも兄貴、真面目な話、母さんが心配してる。もうすぐ誕生日だろ?彼女いない歴=年齢の記録更新するぞ?》

「仕方ないだろ、そういう相手がいないんだから。で、お前はどうなんだよ。」

《同じ医大志望の彼女います!》

「裏切り者っっ!!!」


 つい大声になってしまい、周りの人に変な目で見られた。ちょっと気まずくなって、少し早歩きでその場から離れる。

 コホン、と一つ咳払いをして気持ちを静める。

 落ち着け晴斗、弟の方が先に彼女できたからなんだ、俺はこれからなんだ気にするな気にするな。


「まあ…今度帰る時、時間があれば紹介してくれよ。俺もお前の彼女に挨拶しておきたい。」

《もちろんそのつもりだぜ!彼女も兄貴に会うの楽しみにしてるんだよ。》


 そう、嬉しそうな声で告げられる。本当に彼女のことが好きなんだろう。幸せオーラが電話越しでも伝わってくる。


「ただし、勉強もしっかりしろよ。恋にうつつ抜かして落ちましたとか洒落にならないぞ。」

《わかってるって。お互い同じ大学目指してるし、恋人兼ライバルだからな。学校推薦狙ってんだよ。》

「なるほどな。2人とも頑張れよ。」


 まあ、話を聞く限り勉強をおろそかにする事はなさそうだな。少し安心した。

 長く話しすぎたなと思い、そろそろ電話を終わりにしようと陽介に話そうとしたその時だった。


「危ないぞ離れろぉ!!!」

「え、ちょっと、あれヤバくない!?」

「は……?」


 周りが騒がしくなる。何人かが走り逃げていくのを見て、俺は何事かと辺りを見回す。すると何人かが俺に向かって何かしらを叫んでおり、口の動きから「上!」と言われていることが、なんとなくわかった。


 頭上に影が差したことで、悪寒が走る。

 上を見ればやはりと言うべきか、鉄骨が落下してきていた。そういえばこの辺り、ビルの工事していたっけ。

 そこからはまるで、陳腐な表現ではあるが、時間が遅くなったように感じた。

 俺の足は石になったかのように動かなくて、一瞬で自分の死を悟る。


 おい待て、嘘だろ。俺さっきまで、普通に弟と電話していたんだぞ。帰る約束だってして、アイツの彼女に挨拶するって言ったばかりだぞ。

 なんか悪いことしたかな。死なないといけないほどの悪さをした記憶はないぞ。何度か弟のセーブデータ消したり、弟の楽しみにしてたラスボス戦勝手にクリアしたりしたことはあったけど……それで死ぬのは流石に罪が重すぎやしないか?


――まあ、これが俺の運命だったのかな。


 なんだか、スッと納得してしまった。さっきまで頭の中で色々考えていたのが嘘みたいに。

 どうしようもないことに直面すると、人間は意外と冷静になれるのかもしれない。

 案外いい人生だったじゃないか。家族に恵まれ、それなりの大学を卒業して会社に就職して、今日この日まで何不自由なく生きてきた。思い残すことなんか……


――本当に?俺は本当に、思い残すことはないのか?


 そんなわけない。まだやりたいことがたくさんあった。まだ25歳にもなってないんだぞ。何がいい人生だ、まだ人生これからだって時だったじゃないか。納得できるわけないだろ。


 父さんと母さんに、まだ何も親孝行できてない。たまには顔見せに帰るって言ったのに、全然帰れてなかったことも謝ってない。

 陽介ごめんな、兄貴、帰れそうにないわ。お土産も買えそうにない。お前の彼女に挨拶もできないかもしれない。


 ああ、なんだよ、今更後悔が押し寄せてくる。

 将来の夢も諦めて、ただただ「それなり」の人生を生きてきた。それを選んだのは俺なのに。それで満足していたはずなのに。

 こんな事になるなら、陽介みたいに、夢に向かってもっと頑張ればよかった。初めから諦めるんじゃなくて、やれるだけやってみればよかった。


 だけど、そんな事を考えても、もう時は既に遅くて。いつの間にかすぐ真上に迫っていた鉄骨を見て、目を閉じる事すらできなくて、俺は





















《兄貴?なんか凄い音したけど大丈夫か?兄貴…?兄貴……!?》


 ――その日、資材の落下事故に、どこにでもいる若者が巻き込まれた事が報道された。





















































 流れ星が瞼の裏で通り過ぎた気がして、

 その星をどうしても捕まえたくて。

 俺は、手を伸ばしたんだ。

初めまして、櫻海月と申します。

『暁の怪盗 〜俺、怪盗のバディになる〜』をお読みいただき、誠にありがとうございます。

初めて自分の書いた小説を投稿するということもあり、色々と間違っている時があるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。


なお、出来上がっているところまでは連載していくつもりですが、見切り発車のため、キリのいいところで更新を止める可能性もありますので、ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ