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鏖鎧の戦鬼  作者: 鍛冶 樹
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第2話 香ばしい匂いの中で

 俺は『ゴブリン』と呼ばれる種族らしい。魔族という大枠の中の1種族であるそうだ。

 ゴブリン以外の魔族には、オーガ、サキュバス、スライムやデーモンなどが存在する。

ただ、人間が勝手に俺たちをカテゴライズしているだけで、魔族だからといって仲間であるという意識はない。

 俺たち魔族と人間の関係は良いものなんかじゃない。

お互いに領土や生活のために争っており、敵対する関係にある。

もちろん、人間側と交流がある魔族もいるにはいるが、ほとんど存在していない。

 現在、俺たち魔族は狩られる側の立場にいる。

 なぜなら、数年前の戦争で魔王軍が大敗したからだ。

 数年前、魔王と呼ばれるデーモンが多種多様な魔族を率いて挙兵した。これが魔王軍である。

 最初は好調に近隣諸国を滅ぼしていった魔王軍であったが、人間側の最大勢力である王国軍と戦った際に完全に壊滅した。

 それからは魔族のまとまりは失い、方々に散り散りになった。

 人間達は今もなお徒党を組んで魔族を次々と狩り続けている。

 俺が見ている範囲でも人間以外の種族を見る機会が少なくなってきている。

 こんな状況が続いていけばそのうち魔族なんて種族はいなくなってしまうだろう。だが、俺は滅びゆく運命をそのまま受け取るつもりは毛頭ない。


「ふぅ……それにしても、野宿になってしまったなぁ」


 顎に手を当ててこれらかのことを考える。

 村を襲撃した当初は、一軒くらいは燃やさずに拠点にしよう、なんて考えていたのた。が、気付いたら全てを燃やし尽くしてしまった。

 これでは完全に野ざらしの状態で野宿をすることになってしまう。俺は平気だが、人間はこれくらいで体調を崩す者もいることを知っている。シエルもそういった環境で体調を崩――した事など一度もないから大丈夫か。

 一応だが、次に村を襲う時は家を残しておくように覚えておこう。そんな事を考えつつも俺は手を動かすのを止めない。


「ねークライ、今日のご飯何?」


 誰かが飼っていただろうやせ細った鶏の羽を毟っていると、シエルが川からたらいで水を汲んで持って来ていた。


「これだ。丸焼きにする」


 ツルツルになった鶏を見せるように掲げた。


「やったお肉だ! あ、そうだ。さっき取ってきたパン食べていい?」


 シエルは俺に尋ねつつも、岩の様に硬そうな顔面大のライ麦パンを、ボールの様に指先で回して遊んでいる。


「ああ、好きにしろって……こらこら、食べ物で遊ぶんじゃありません」

「はーい」


 返事をしてすぐに、シエルはパンを空中に放り投げた。落ちてくるパンをそのまま口でキャッチし、そのまま食べ始める。まったく、なんとも器用なもんだ。

 そんなシエルの姿を眺めつつも、鶏の処理を続けていく。

 料理なんて高尚な真似は出来ないが、家畜を丸焼きにするくらいは問題ない。本当だったらもっと美味しい物を食べさせてやりたいとは思うが、そんな器用な事は俺にはできそうもない。


「んぐんぐ、ねー? 前も聞いたような気がするんだけどさー」


シエルはパンを口いっぱいに頬張りながら質問をした。


「ん、どうした?」

「クライってさ、なんで人間食べないの?」


 と、シエルはそんな事を聞いてきた。


「まあ……あんまり美味しくないから、かな?」


 回答する際の歯切れが少し悪かったかもしれない。


「他のゴブリンは、よく人間を食べるのに?」

「シエルも好き嫌いあるだろ? それと同じだよ」

「ふーん……そっか。でも、食べた事はあるんだ?」

「ああ」


 俺が返事をすると、それ以上シエルは質問をしてくる事はなかった。

 確かに俺はゴブリンだ。普通のゴブリンとは違って言葉を発したりできるが、それ以外は普通の一ゴブリンに過ぎない。

 ゴブリンという種族は基本的に雑食なので、人間を食えと言われれば食えない事もない。だが、人間が食べるために生み出した家畜の方が遥かに美味かったりする。それも当然、家畜は食べられるために繁殖させらているが、人間は食べられるために産まれているわけではないのだから。

 それ以外にも理由はあるが、やはり美味しくないと言うのが理由としては一番大きかった。


「ねー、そういえばさー、次はどの村を襲う予定?」

「特に考えてはいないが、次はもっと人が多い所を狙おうと思っている。だが、まずは近くの工場を潰す必要があるな」

「そうだったっけ……っと、あむ」


 残り一口になったパンを親指で弾いて、シエルは口でキャッチした。


「工場に大人数人間が詰めていれば、助かるんだがな」

「そっか。その方がクライの願いが叶うのが早くなるもんね」

「……ああ、根絶やしにしてやるさ。人間は一人残らず俺が殺してやる」

「うん! そして最後には――」


「――あたしを殺してくれるんだよね?」


 いつものように邪気の無い笑顔でそんな事を言うシエル。その碧い瞳はどこまでも深く、吸い込まれそうだった。

 シエルの態度に少し驚いたが、俺は彼女の顔を正面から見据えて返事をする。


「……そうだ。俺は人間という種族を、滅ぼす……一人残らずな」


 鶏を炙っている手に力が入る。滲み出た油が焦げ、香ばしい匂いを漂わせていた。


「うん。じゃあクライが早くそれを達成できるように、あたしが手伝ってあげるね」


 今まで数多もの村や街を滅ぼしてきた。

 俺を殺すために様々な国から派遣された兵士や冒険者達も悉く殺してきた。

 老若男女問わず、人間であれば命を奪う、そんな日々を過ごしていた。

 そんな俺をシエルはずっと手伝っている。つまりは俺と同じ大罪人というわけだ。普通の人間として生きていく事は不可能。人の道からは完全に外れてしまっている。

 こんな事を続けていけば、俺たちはいつか殺されるだろう。人間を全て滅ぼすなど到底無理な願いであることなんてわかっている。だが、それでも俺は殺すのを、殺し続けることを止めるつもりはない。

 万が一、もし本当にシエル以外の人間を殺し尽くす事ができたのなら、その時俺はシエルを――


「ねー? 鶏、焦げちゃってるよ?」

「ん? おおっと、すまん!」


 急いで焚火から鶏肉を持ち上げる。多少焦げてしまっているが、問題なく食べられるだろう。

 人間は生肉を食べるとお腹を壊すというから、このくらいしっかり焼いた方が安全なはずだ。おそらく、多分、きっと。


「ほら、しっかり焼いておいたぞ」

「わーい! お肉っ! お肉っ!」


 鶏の丸焼き一羽をそのままシエルへと渡すと、豪快にかぶりついた。油でべとべとになりながらも美味しそうに食べるのを見ていると、なんだが微笑ましい気持ちになる。こんな時間がもっと続けばいいのに、なんて柄にもない事を考えてしまう。

 こんな時間のためにも、もっと人間を殺し続けなければならない。


「はぐっ、んんぐ、んぐ、おいひー!」

「ああもう、そんなに汚しちゃって」


 俺は水で固く絞った布でシエルの顔を拭いてあげる事にした。


「ん! 子供扱いしないでよ!」

「そう言うんだったら、もっと綺麗に食べなさい」

「はーい……ふふっ」


 シエルは急に笑い出した。


「どうした?」

「んとね、10年前に助けてもらった時もこんな感じだったなー、って」

「ああ、そうだな……」


 あれから10年、いろいろな事があった。それでもなんとか二人で生き延びてきた。あの時に貰った鎧の力が無ければ、今の俺は存在しなかっただろう。

目を瞑り深呼吸をすると、様々な記憶が蘇ってきた。

 たしか10年前のあの時は――。

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