ティムの怒り
ティムが起きてくるまで、私達は打ち合わせをした。
ゴシップ紙の虚飾に塗れた醜聞に、ティムをさらしたくない。
なら出来ることは全てしよう。
ティムの側に自然にいられる為に。
マリアさんを介し、私とジョセフが出会ったことにする。
ジョセフが私に興味を持った、という事になった。
どう考えたって、彼の隣に私というのは無理があるのだけど。
一目惚れされるような容姿ではないのは、百も承知。
それなりに見られる方だとは思うけど、しょせん、それなり。
誰の目も奪うような美女ではないのは事実だし、信用性が薄そうなのだけど。
今まで彼の周囲にいた駆け出し女優さん達は、綺麗で華があり、ジョセフの隣にいても遜色なしだったろうに、なぜに私、とならないのだろうか。
「真面目で頑張り屋さんなところに、好意を持った。
なぜか、彼女を目で追ってしまった」と言うらしい。
なんというか…
今まで彼がした発言の中でも断トツで信用出来ないセリフだわ。
でも仕方ない、そう納得させる。
ふ、とジョセフと目が合う。
彼は居住まいを正すと、私を真直ぐに見た。
「俺が今まで同じ女性を連続してエスコートしたことはない。
その場その場、目的で違っていた。
だけど、これからは。
アシュリー、君以外はエスコートしない」
「…えーと、なんか、そのセリフだけだと女の子が嬉しくて舞い上がって喜びそうな愛の告白なのに、なんていうか白々しすぎて、すっごい残念なセリフに聞こえる…」
そういうと、ジョセフとマリアさんは顔を見合わせて肩を震わせて笑い出した。
「本当に、アシュリーちゃん最高よ。
私、普通に若い女の子が、ジョセフの決め顔でのセリフ、しかも愛の告白もどきなセリフを聞いても顔を赤らめない子、初めて見たかも」
言われたジョセフも苦笑いしている。
「え、でも、彼、最初からキナ臭い笑顔でしたよ。
最初はめっちゃ睨んでいたし」
「君も大概に良い性格してるよね、まぁだからこそ、俺も信じられるんだけど」
「貴方に信じてもらえなくても、全然困らないけれどね」
わざと混ぜっ返して、3人で笑う。
大丈夫、きっとうまくいく。
しばらくして、リビングのドアが開いた。
「おやおや、楽しそうな会話が聞こえると思ったら。
ジョセフにマリアまで来ていたのか。
…?マリアは何故メイド服なんか着ているんだ?」
「ティム、大丈夫?
よく眠れた?」
立ち上がって、ティムの側に行くと、ニッコリと笑い返してくれた。
「色々とお話を聞いていたの。
興味深い話が沢山あったわ」
ゆっくりと歩く彼の速度に合わせて、一緒のソファーに座る。
「アシュリーが楽しめたのなら、良かった。
でも、大丈夫だったかい?
ジョセフは口煩いから、うるさいならうるさいって言っていいからね」
「ティム、アシュリー嬢はそんな玉じゃないよ。
じゃなくて、ティム、マリアと話をしたのだけど聞いてほしい。
もう、アシュリー嬢には了解を取ってある」
ティムは私の目を覗き込むように確認するので、軽く微笑んで頷く。
「マリアとも話をした?
一体なんだい?」
ティムの手がゆっくりと隣に座る私の手を握る。
昨日よりは、暖かいけど、冷たい手だった。
その手を暖めるように、両手で包み込む。
「アシュリー嬢の事だ。
彼女は若い。
年の離れた娘、というにしても若い。
そんな彼女が、ティムの隣に立つと余計な波が立つ。
だから、俺の恋人として動こうと思っている」
刹那、ティムの手が強く私の手を握る。
「…私では、彼女を守れないというのかい?
私もなめられたもんだね。
ジョセフ、君は一体、誰のおかげでここまで大きくなったのだろうね?」
一切の感情が乗っていない、平たい声。
リビングの空気が一気に変わる。
「彼女は、私のものだ。
他の誰にも渡さない」
ティムが怒っている。
それも本気で。
そして。
愛する男にこんな熱烈な発言を言われて、嬉しくならない女なんているのだろうか。
いやいない。
どうしよう、こんな緊迫しているのに、すごく、嬉しいと思ってしまう。
喜ぶ場面ではないのは分かっているのに、感極まって泣きそうなくらい。
対面の、ジョセフの顔がさっと白くなる。
ここまで怒らせるとは思わなかったのかもしれない。
「違う、ティム、そうじゃない、俺達は、ただティムを守りたいだけなんだ」
「そうよ、ティム。アシュリーちゃんにも了承を得たの。
彼女だって、貴方を守りたいのよ。
特に、今は貴方の体調が万全ではないのだから」
マリアさんはそう言って私をじっと見る。
その目は、この場をどうにか出来るのは私しかいない、と訴えている。
嬉しい余韻に浸ることが出来ないのは残念だけど、ティムの気持ちが心にしみわたるくらい嬉しいから、優しい気持ちになる。
人って余裕がないと、優しく出来ないもんね。
「ティム、私も彼らと同じ気持ちなの。
すごい疲れているように見えるし、体調もあまり優れないみたい。
私も、新聞社で働く人間だから、ゴシップ紙のあることないことを大げさに書くことは知っているわ。
そんなものに、気を取らされたくないの。
ティムが大事だから」
ダメ押しとばかりに、上目遣いでティムを見る。
ティムは困ったような顔で私を見た。
だから、駄目押し、とばかりに甘えた声で抱きつきながら囁く。
「私は、貴方のものよ、ティム」
ティムが大きく息を吐くと、彼の強張った肩から力が抜ける。
背中に回された手は優しく背を撫でる。
「私の知らない間に、一体何を話しあったんだい?
まずは聞こう。
私には、それがいい案だとは、正直思えないがね」
マリアさんが、ティムに最初から話し出すのを彼は辛抱強く聞いていた。
話を全部聞き終わった後、ティムはもう一度大きく息を吐いた。
「…それが、最善の方法だと?
本当に、そう思っているのかい?」
ティムは、私達三人をゆっくりと見回す。
「最善、だとは思わないが、それ以外に思いつかない」
ジョセフが、最後に観念したように呟く。
その声は弱弱しく、親に叱られた子供のよう。
何かを言おうとして、でも、何を言っていいか分からず。
部屋には、再度沈黙が訪れた。