ジョセフからの提案
「それで、話、なんだけど」
わざとらしい咳払いをして、ジョセフが口を開く。
マリアさんは私の斜め横に座る。
「最初に言っておくけれど、俺はティムが大事だ。
俺をここまでにしてくれたのはティムだ」
「…」
私は黙って頷く。
一体何を話すのか、皆目見当がつかない。
「アシュリー、君にとってティムは何だ?
あぁ、いや、知ってる。
ティムから聞いていたから。
自分の片割れだと、ずっと言っていた。
正直、あの場面を見るまでは、半信半疑だった」
「あの場面…?」
「君が、あの雑踏の中からティムを見つけて真直ぐに彼の下に来た」
あの場面を見られていたのか…
何だか気恥ずかしい、というかなんというか…
「本当に見つけるんだな、と思った。
こんな事を言うのもなんだが、君とティムだと年が離れすぎているだろう」
思わずきょとんとしてしまう。
意味が分からない。
「え?だって、ティムはティムだわ。
何も変わってない」
ジョセフは言いづらそうに下唇をなめた。
行動がいちいち決まるのは美形だからなのか。
なんか、悔しい。
「あんたの目からみたら、だろう?
でも、普通一般的に言ってみたらどうだ?」
そう言われてティムを思い浮かべる。
穏やかな笑みを浮かべた紳士。
やだ、どうしよう。
彼っては素敵!しか思いつかない。
心の中の彼に対する語彙力が圧倒的に不足している。
勝手に口元が緩まる。
「…本当に恋してるのねぇ…」
マリアさんにしみじみと言われて、ちょっと恥ずかしいけど、そう、今の私は恋する乙女なのだから仕方ない。
「…えーと、なんか、ごめん、アシュリー?」
ジョセフが現実に戻そうと、私の目の前で手を振る。
「見えてるわよ、失礼ね。
私にとって、って言ったわね。
ティムは特別。
声も、見た目も彼の行動の一つ一つ、何もかもが全てが愛おしいわ。
年の差?
何それ?そんなもの関係ないわ。
大切なの、誰よりも」
ジョセフの目を見て言い切った。
私の迫力に気負わされれたのか、ジョセフは、ソファーに沈み込むように座った。
「そこだけは、俺と一緒なんだよ。
アシュリー嬢。
だから、こそお願いがある」
その声は今まで聞いたこともないほど真摯で、切実な声だった。
「お願い?」
「俺を恨んでも嫌ってもどうでもいい、だけど、考えてくれないか?
頼むから、ティムの今までの事を。
俺は、ティムの晩節をゴシップで汚したくない。
ティモシー・ブラッドリーとしての功績も、なにもかもがアシュリー嬢と付き合うというゴシップでめちゃくちゃにされたくない。
アシュリー嬢が務めてるタウンペーパーはゴシップ紙ではないけど、君だって新聞社勤務だ、ゴシップの恐ろしさは知っているだろう?」
彼が何を言いたいのか今一つ掴めない。
が、ゴシップ紙がつけるタイトルのセンセーショナルな派手派手しい見出しなどは分かるので頷く。
「だけど、世間はそう見ない。
君は、金に目が眩んだあばずれ、ティムは若い女の魅力に溺れ、老いらくの恋に溺れた耄碌したジジィ」
虚をつかれ息を飲んだ。
「ひどい、そんなんじゃない!
ただ、彼を好きなだけなのに…?
なんでそんな事言われなくちゃいけないのよ」
「どれが正しいか、なんてどうでも良いことだろ?
世間は面白いニュースに飛びつく。
特にティムはブラッドリー王国を作り上げた、と言われるくらいにブラッドリー商会は強い。
もちろん足の引っ張り合いだって当たり前にある。
品行方正だったティムが、特定の女の子と一緒にいたら、どうなる?
年齢の釣り合いが取れない、年の離れた娘だといってもおかしくない年齢の女の子といる。
わかるだろ?
絶好の、攻撃対象をみつけた、となるんだよ」
そう言い切ったジョセフは大きく息を吐いた。
「特に、ジョセフはここ数年体調がすぐれていないんだ…
何度聞いても、大丈夫しか言わない。
人間の医者にはかかれない。
マリアに聞いても、大丈夫しか言わない。
俺は、ティムを守りたいんだ…」
あぁ、それで、出会ったときの発言になるのか…
彼を傷つけたくない。
そういっていた、ジョセフは。
彼は、終始一貫としてティムの事を考えているのだ。
それは、彼とすごした時間の長さが、絆がそうさせているのだろう。
それに引き換え私は。
ポッと出の、いきなり出てきた人間に過ぎない。
いや、自負するのであれば、私は彼の特別だ。
私と彼の絆は過ごした時間なんて関係ない。
ずっとずっと、生まれ変わってもずっと続いている結びつき。
「…私に身を引けというの?無理よ」
ティムを見つけたのに、彼から去れというの?
そんなの無理よ。
ティムの為?
それでも無理だ。
考えただけで涙が目に浮かんだ。
「…そうしてくれたら本当は嬉しかった。
いや、違う、あの時、見つけてくれなかったら、良かったのに…
そう何度も思ってしまったのは事実なんだよ。
だけど、それは違う、というのも、もう知っている。
今のティムから君を引き離すなんて、無理だ。
ティムの望みは君で、君の望みはティムだから」
そう言って、ジョセフは私の瞳をじっと見た。
探るような、頼るような、なんとも形容しがたい視線。
「だから、お願いだ。
せめて、表向きだけでも僕のパートナーという事にしてくれないか…?
そうしてくれたら、君がティムの側にいても、誰も怪しまない。
幸い、俺は独身だ、恋人の類もいない。
ティムにとっても、君にとっても、世間にとっても、これが一番うまくいく最善の方法だと思う」
私は呆気に取られてジョセフを見るしかなかった。