マリアとジョセフ
翌朝リビングに足を踏み入れたら、既にジョセフがいた。
「おはよう。
ティムは大丈夫だったかい?」
「おはよう、ジョセフ。
えぇ、少し咳き込んではいたけれど、大丈夫だったわ。
だけど、念のため彼は彼の部屋で一人で寝たわ」
朝も早い時間からジョセフは来た。
まだ二人で居たかったのに、こんな朝早い時間に来るなんて。
「こんな朝早くから来るなんて、ブラッドリー商会の後継者なのに暇なの?」
思わず文句が口に出る。
「言うねぇ、お姫様。
そんなわけないだろ?俺は、ティムが心配なだけだ。
ティムは、まだ休んでいるんだろう?
だから、こんな朝早くに来たんだ。
俺は、お前と話したい」
相変わらずの上から目線。
反発してしまうのは仕方ない。
「お前何て呼ばれる筋合いは無いし、私は貴方と話す事なんてないのだけど」
私の発言を聞いて、ジョセフは眉根を寄せる。
ティムの味方は欲しいけど、友好的じゃない人とわざわざ付き合いたくはない。
無言のままお互いを見ていた。
先に視線を伏せたのは、ジョセフだった。
「悪かったよ、アシュリー」
ジョセフは姿勢を正して改めて私を見た。
真剣な眼差しで私を見たジョセフは、さっきまでの敵愾心もなく、どちらかというと困ったような顔をしていた。
警戒していたわけじゃないけど、身構えていた分なんだか調子が狂う。
「そんな弱った顔されても、なんとも思わないんだけど。
でもいいわ、何かしら?」
視線で促されて対面のソファに座る。
メイドがコーヒーを運んできた。
メイドにしては随分と所作が綺麗な人だ。
年は、どれくらいなのだろうか。
年齢不詳の美しい人。彼女の動きは、なんというか華がある。
つい視線で追ってしまうくらいに。
だが、話があるなら。
特にティムに関する話なら。
人に聞かせて良い話ではないはずだ。
人がいるけど?とジョセフに視線で問いかける。
「マリア、だ。彼女も知っている」
顎の下で指を汲んだジョセフはマリアをそう紹介する。
マリアと呼ばれた女の人は私を見ると、口角をあげて微笑む。
「初めまして、アシュリーさん。
私はマリア。
そうねえ、私もティムと同じなの。
…そういえば、分かる?」
思わず息を飲んだ。
ティム以外にも、ティムのような人がいるという衝撃。
「少しずつね、場所を変えながら生きてるの、私。
今は、ティムの下に身を寄せてるけど、あと何年かしたらまた違う場所に移動するの。
だから、私の事は気にしないで大丈夫よ」
何も言えずに頷く。
「よく言うぜ、マリア。
このために、わざわざ来たんだろ。
しかもわざわざメイドの服なんて着て。悪趣味過ぎ」
「いちいちとまぁ、こうるさいわねぇ、チビジョー」
コーヒーカップを置くと、マリアさんはジョセフの前に行って両手で髪の毛をくしゃくしゃにした。
マリアさんの爪に塗られた真っ赤なマニュキュアが、ジョセフのアッシュブロンドの髪の間で怪しく艶めく。
随分と色っぽい光景だ。
マリアさんといい、ジョセフといい、ティムの周囲には顔が整っている人が多い。
「ちょ、やめろよ、マリア!
セットしたのに、グシャグシャになるだろ」
マリアさんの手を払いのけようとするジョセフは、随分と子供っぽい顔をしている。
まるで小さな子が母親に対して行動しているようだ。
余りに微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「なーに、生意気言ってるの。
フフフ、可愛いでしょ?
私、チビジョーが小さい頃、彼の面倒を見てあげていたのよ?」
私に対し、無駄に妖艶な笑みを向けるマリアさん。
うん、凄みのある年齢不詳の美女の笑みって迫力がある。
「…チビジョーって…いい加減にしてくれ、マリア。
俺を一体いくつだと思ってるんだ」
「え?知らないわ。まだ尻の青いひよっことしか」
「あー、マリアに年齢聞いたのが間違いだった。
一応ね、俺はこれでも28だ。
わかる?マリア?大人なの、これでも!」
ジョセフの声が段々と大きくなってくる。
本当に親子喧嘩みたい。
仲がよいんだろうな、きっと。
「はいはい、もう大人なのね、可愛いチビジョーは。
全く、昔はマリア、マリアって私の後を泣きながらついて回っていたのに」
「そ!それは子供のころの話だろ」
「今でも子供よ、私にとっては」
二人の仲良い言い合いに遂にこらえきれず、声を出して笑ってしまった。
「…あ…」
バツが悪そうな顔をしてジョセフが私を見るけれど、いまさら格好つけたところで本性は昨日しっかり知った事だし。
「思ったよりも、子供っぽい方なんですね、ジョセフって」
「あーーー、だから、嫌だったんだよ、マリアが来るの」
ぐしゃぐしゃになった髪に手を突っ込み、更にぐしゃぐしゃにするジョセフを見て、更に笑ってしまった。
「セットは、諦めたんですか?」
「君も、大概良い性格をしているよ、アシュリー・ウィンストン」
ジョセフはガックリと肩を落とし、マリアさんはお腹を抱えて笑い出した。
「いいわ、いいわ、私、貴女を気に入っちゃったわ、これからよろしくね、アシュリー」
目尻にたまった涙をぬぐいながら、マリアさんは私に右手を差し出した。
私もおずおずと手を出し、握手する。
「コーヒー冷めちゃうから、飲んで。
こう見えても、私、コーヒー淹れるの、得意なんだから」
「伊達に長く生きてないもんな、マリアは」
そう憎まれ口を叩くジョセフに、マリアさんは「可愛くないわね」と言って軽く頭をはたいていた。