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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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番外編:ルーシィ・バージェス

華やかなシャンデリアの下、笑い声が交差するブラッドリー商会主催のパーティ。

夫であるエドワードの腕を取りながら、ルーシィはグラスのワインを口に含む。


「美味しい…」


そうしてゆっくりと周囲を見渡す。


「相変わらず、華やかなパーティよね」


小さく呟く。

何度招待されても、いまだ場違いな気分がする。

エドワードが、ブラッドリー商会に引き抜かれた今でも、だ。


「でも、君が一番綺麗だよ」


エドワードがルーシィの耳元で囁く。

目を合わせて二人で笑う。


人波が割れて、本日の主役ブラッドリー卿とブラッドリー夫人がルーシィとエディの方に歩いてきた。


「こんばんは、よくいらしてくださいました、バージェスさん、バージェス夫人」


ブラッドリー卿の仰々しい挨拶にエドワードとルーシィ、隣にいるアシュリーも吹き出す。


「来てくれて嬉しいわ、ルーシィ」


満面の笑みを浮かべて、ルーシィに抱きつくアシュリーを見て、ブラッドリー卿は苦笑をしている。


「ご招待いただき、ありがとうございます。ブラッドリー夫人」


抱擁を解いて改めてアシュリーを見る。

アシュリーが纏っていたのは、月光を思わせる淡いシルバーグレーのドレス。

繊細なレースと極細の刺繍が胸元から袖口にかけて優雅に広がり、光の角度によって淡く輝きを返すサテン地は、派手すぎず、それでいて確かな存在感を放っていた。

腰元には細いリボンベルトが結ばれ、シルエットは流れるように美しく、彼女の静かな自信を映し出すようだった。

耳元で揺れる小粒のダイヤのイヤリングが控えめに煌めく。

華やかさを纏いながらも、どこか親しみと柔らかさを感じさせるその姿に、会場の視線は自然と集まる――それが、ブラッドリー商会の会頭夫人、アシュリー・ブラッドリー。


その隣には、深いミッドナイトブルーのスリーピーススーツに身を包み、真珠のタイピンを差したジョセフ・ブラッドリーがいた。

ダークトーンの装いは派手さを抑えつつも、シルエットの良さと立ち振る舞いの端正さが際立っていて、彼がこの場を支配する商会の主であることを静かに物語っていた。

彼女をエスコートする仕草一つひとつに、堂々たる自信と穏やかな親密さが宿っている。


ルーシィは知らず、ため息をこぼす。

数年前まで、ルーシィと同じ職場で働く同僚だったのに、今では世界が違う人間になってしまったと、少し寂しくも思う。


「やだわ、ルーシィ。そんな余所余所しい態度で。

いつも通りアシュリーでオッケーよ?」


わざとお道化るアシュリーに、ルーシィも笑う。


「すっごい綺麗だし、お酒も美味しい、来てよかったと思ってる!」


「それでこそルーシィ!分かってらっしゃる。

これ、新商品になるワインよ」


そう言って、意味深にルーシィの隣のエドワードに目を向ける。


「エドワードがプロジェクトリーダーになって作ったワインだよ、バージェス夫人、いやルーシィ」


ジョセフが種明かしをする。


「え!」


ルーシィが驚いて隣を見ると、エドワードは照れたように笑って頭を掻く。


「美味しいって言ってもらえてよかったよ」


ホッとした様子のエドワードに、アシュリーとジョセフも言葉を添えるように微笑んだ。


「本当に美味しいわよね。

後口のちょっとスパイシーな感じが特に。

皆さんも喜んで召し上がっているの、プロジェクトの成功間違いなしね」


「あぁ、本当にエドワードは頑張ったよ。

想像以上のものが出来上がったと思っているよ」


「本当?アシュリー、ジョセフ。

もしそうなったら嬉しいわ、私」


ジョセフがにやりと意味深に笑うと、ルーシィに軽く背を向ける。


「紳士淑女の皆さま、本日はブラッドリー商会のミッドサマーパーティにようこそお越しくださいました。


ただいま皆さまにお楽しみいただいておりますこのワインは、こちらにおりますエドワード・バージェス氏が、新たに買収したワイナリーで手がけた、新しい味わいの一本です。


フルーティーさの中に、ほんのりスパイスが香る、上品で親しみやすいワイン――まるで、新しい風が吹き込んできたような、そんな味わいです。

そしてこの新しい風を吹き込んでくれたのは、まさにエドワード氏の尽力によるものですが、

その彼を支えてくださったのが、細君・バージェス夫人です。


長期出張が多く、さぞお寂しい思いをされたかと思いますが――

いや実のところ、彼が不在の折はよく我が家で妻のアシュリーと一緒にいて、私は除け者にされておりましたが…」


ここで一同に笑いが起こる。

思わずルーシィも苦笑いだ。

アシュリーが苦笑しながら、エドワードとルーシィに目配せをする。


「――バージェス夫妻に、感謝の意を込めて。

再度、乾杯」


ジョセフがグラスを高く掲げ、会場の人々もエドワードとルーシィに向かって声をそろえる。


「乾杯!」


その様子を、ある男が呆然と見つめていた。


ふと視線を感じて、ルーシィは斜め向こうをちらりと見た。

ルーシィの元恋人。爵位を理由に彼女を切り捨てた男。

そしてその隣には、彼が選んだ正しい未来のはずだった、きちんと着飾った夫人。

彼の目はルーシィと、その隣にいるエドワードをしっかりと捉えていた。


エドワードは私を選んだ時に彼と距離を置いたから、今の状況を知らなかったのだろう。

いや、元々エドワードの事も下に見ていたから。

エドワードはルーシィの手をぎゅっと握り返す。

エドワードも気が付いたみたいだ。


「大丈夫?」


「ええ。むしろ、楽しいくらい」


ルーシィは小さく笑って、そっと視線を戻した。

ジョセフ・ブラッドリーが様々な人を介し、エドワードを紹介する。

隣のルーシィもにこやかに挨拶をする。

その背後では、元恋人がわずかに目を見開いていた。

信じられない、という顔ね。

その顔が、たまらなく面白い。

会話の端々に滲む信頼関係。

それを黙って見つめる元恋人の表情が、ますます見物だった。

エディは今や、ジョセフのお墨付きでプロジェクトの中核を任されている。

しかも、ルーシィの元同僚で、親友でもあるアシュリーとの縁で最初の紹介が通ったと知ったら、元彼はどんな顔をするだろう?


サテンのくすみローズのドレスに、揺れるイヤリング。

高級品ではないけれど、彼女らしい可愛らしさと落ち着きがあり、何よりその隣には、大切で愛しい夫であるエドワードがいた。

ある程度の人波が落ち着いた頃、ルーシィは一歩、エドワードに寄り添って冗談めかして囁く。


「ねえ、エディ。

貴方って案外女見る目、あるわよね?」


「……案外? 心外だな。

こんな可愛くて素敵な奥さんがいるんだよ?

悪いけど、このパーティ会場で一番幸せな男だと自負してるよ」


胸を張るその姿には、一大プロジェクトを成功させた自信からか、とても頼もしさがあった。


「うん。私も――旦那様を見る目はあったみたい」


だって、あの頃のルーシィは本当になにもないただのルーシィだった。

それは、今でも、だけど。


「あらあら、ご馳走様」


アシュリーが手でパタパタとわざとらしく仰ぐ。

ふ、と元恋人と目が合った。

ルーシィは心からの笑みを浮かべた。

それは、見下すでもなく、哀れむでもなく――ただ、今の自分が心から幸せだということを示す、晴れやかな笑みだった。


私が、下町の娘だって理由であなたにふられたの、覚えてる?

「君にはふさわしい未来がある」とか、「きっと君なら素敵な人に出会える」とか、薄っぺらい優しさで包んだ別れの言葉を。


単に親から紹介された女性の方が自分の利になると思ったから、私を捨てただけじゃない。


「ざまあみろ、なーんてね」


口には出さずに、ルーシィは心の中でそっと呟いた。


彼の隣に立っていた夫人が、少し不機嫌そうに彼をつつく。

彼は慌てて視線を逸らした。

少しは後悔した?――でももう遅いのよ。


「フフフ、その顔。

まるで悪役のようだわ、ルーシィ」


アシュリーが耳元で囁く。


「ねぇ、もしかして、これ狙っていた?」


「まさか。

そんなわけないじゃない、偶然じゃない?」


そう言ってアシュリーは肩をすくめる。


「とはいえ。

うちもそれなりにお付き合いがあるから、お招きしたくない方までお呼びしなければならない場面もあるのよ。

でも、そういう方々には、しかるべき代償をお支払いいただいても、良いのじゃないかしら?」


驚いてアシュリーの横顔を見つめると、彼女はふっと微笑んでから、また「会頭夫人」の仮面をさらりと被り直した。


「権力なんて、持っていても意味がないと思っていたけれど……。

使うべきときには、使わないとね」


「うわ、アシュリーったら悪の女王様みたい、舞台女優も真っ青だわ」


「まぁ、失礼しちゃうわ。ねぇ、ジョセフ」


アシュリーは妖艶な笑みを浮かべ、ジョセフの腕に手を絡める。

思わず見惚れるほど、その姿は完璧に様になっていた――まるで本当に舞台の上で演じているかのように。


ジョセフは神妙な顔をして頷く。


「さしづめ俺は、その女王様に仕える忠実な僕ってところかな?

全く女王様も人が悪い」


そう言ってニヤリと笑うジョセフに、アシュリーは微笑みを崩さず、軽く肩をすくめる。

いつもの2人の軽妙なやり取り。


「だって、ねぇ。大事な親友を泣かした罰よ。

これくらい可愛いらしいものでしょ?


フフ、では、また。楽しんでくださいね」


そう言ってジョセフとアシュリーは次の客との歓談に向かう。

その背中を、少しの間ぼんやりと見た。

声を出して笑い出しそうになるのをこらえる。


「本当、最高よね、私の親友って」


ルーシィは夫の手を取り、にっこりと笑った。


「はは、君の親友は敵に回したくないなあ」


エドワードが苦笑いしながら頭を掻く。


「帰りましょ、エディ」


「もういいのかい?」


「うん、十分楽しんだわ」


ルーシィは夫とともにパーティ会場を後にする。その後ろ姿は、かつて「相応しくない」と切り捨てられた少女のものではなく、幸せを自分の手でつかみ取った、大人の女のものだった。


最終回の番外編はマリアです。

短いので今日中に終わらせようと思ってます。

18時に更新予定です。

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