番外編:ジョセフ・ブラッドリー5
突然の出張、いや、ずっと先延ばしにしていた商談の締結の為に1週間ばかりアシュリーの側を離れなくてはいけなくなった。
今までだって遠出の出張なんて当たり前のようにあったのに。
今は、彼女の側を離れたく無い。
随分と女々しい男になったなあ、と自嘲する。
ただ、少しだけコレは良い機会なのかもしれない、とも思う。
今までずっと側にいた俺が、物理的にも居なくなる。
俺の不在を寂しがってくれないか、とか。
自分に都合の良い想像が止まらない。
そんな気持ちとは無関係にさっさと準備を終わらせる。
ライティングデスクに向かいアシュリーに向けて軽く報告のメモを書きあげた。
メイドの声が聞こえてアシュリーが帰ってきたことを知る。
なら直接いえばいいとメモをポケットに突っ込んで玄関にむかう。
アシュリーが帰って来るなんて、俺はメモを書くのにどれだけ手間取っていたんだよ…
さすがに時間も押してるから、簡単に出張に行く事を説明してコートを羽織る。
「え、もう行っちゃうの」
アシュリーの口から飛び出したのは俺を引き止めるような言葉で。
嬉しくなってしまった。
「お、なに、なに?寂しいって思ってくれる?」
「そんなわけないでしょ、さっさといってらっしゃいな」
相変わらず憎まれ口をたたくアシュリーのセリフ。
それすら愛しいと思う。
だから素直に口から本心が出た。
「俺は、寂しいよ」
「あ…」
目を丸くして固まるアシュリーを、ゆっくりと抱きしめるように囲う。
未だ抱きしめることができない、可愛いアシュリー。
「考えておいてほしい、俺の事を」
耳元に落とす。
呆然とするアシュリーを置いていくのはしのびないけど、タイムリミットだ。
俺はウィンクをして「行ってくるよ、アシュリー」と軽やかに家を出て行った。
汽車の中でポケットに入れたままだったメモを見て、渡さなくて良かった、と心底思ったのは誰にも言えない秘密だ。恥ずかし過ぎる。
出張から帰った俺は、最初に自分の部屋でさっぱりしてから上に行こうと思っていた。
だけど、アシュリーの顔が見たくて。
アシュリーの憎まれ口が聞きたくて。
いや、素直に彼女に会いたくて、そのまま上の階に向かった。
そして――玄関を開けた瞬間、飛び込んできた温もりに息が詰まった。
「おかえりなさい」
その言葉と共に、ぎゅっと俺にしがみついてきたアシュリー。
小さな体が俺の胸の中で震えている。
埃っぽいからって言って、一旦体勢を整えようとしたけれど、アシュリーのぎこちない必死さが伝わってきて…
ああ、もう離さない。
この手で、何があっても幸せにする。
そんな決意とともに、彼女の名前を、そっと呼んだ。
俺があれだけ嫌っていたはずの彼女は、気がつけば俺の視界から離れなくなっていた。
笑えば気になる。
落ち込んでいると無性に腹が立つ。
そんな自分が情けなくて、何度も目を逸らそうとした。
でも、無理だった。
ティムに認められたくて、必死で頑張っていた、あの頃の自分。
意固地で、愛を欲しがる、孤独な自分を誤魔化すために、言葉で武装して。
だけど、今は違う。
彼女といると、自分でいいと思える。
ティムの後継者じゃない、どこにでもいる普通の男として。
彼女がそっと手を握り返してきた感触。
「…ジョセフの手は、温かいんだね」
そんな一言に、胸が詰まった。
この手で、これからずっと彼女を守ることが出来る。
アシュリーを幸せにしたい。
好きだ、の言葉だけじゃ物足りない。
愛してる――そう思った瞬間、もう止まれなかった。
キスをして、抱きしめて、繋がって、不安は彼女の微笑みで溶けていく。
ティムを忘れられない彼女、その過去も全部含めて愛したい。
それを含めてこそ、アシュリー・ウィンストンだから。
今、彼女は俺の肩にもたれて、うたた寝をしている。
かすかな寝息が首筋をくすぐるたび、胸の奥の緊張がほどけていく。
彼女が完全に力を抜くときは、俺の隣にいる時だけ
――そう思いたい。
アシュリーが俺の名前を呼ぶたびに、胸が温かくなる。
きっと、幸せというのはこんな、何でもない日常を指すのだろう。
昔は聞き流していたであろう「お姫様」呼びをすると
恥ずかしそうにして、でも、まんざらでもなさそうな顔で「ばか」って笑ってくれる。
……可愛すぎて、キスを我慢できない。
そうしてまた、口づけて、名前を呼ぶ。
世界にたった一人の、俺のアシュリー。
ティムがいなくなった世界は、まだ少し寂しいけど、
これから彼女と作っていく未来が、
その寂しさすら包んでくれる気がするんだ。
だからティム、安心して休んでいてくれよ。
ティムの分も合わせて、俺がアシュリーを幸せにするから。
ジョセフ編お終いです。
次はルーシィ編です。
明日は2回更新予定です。




