番外編:ジョセフ・ブラッドリー2
さらに勉強させられ、寄宿舎に入れられた。
例の「お涙頂戴の作り話」を披露して。
名門学校の寄宿舎住まいの坊ちゃんとして、俺は生きることになった。
勉強はさらに大変になったが――
ティムに「認められた」、その事実だけが嬉しくて、もっと努力できた。
そして、寄宿舎の夏休み中、俺が15歳になったころのことだった。
ティムに連れられて列車に乗り、少し離れた町へ向かった。
着いた先でカフェに入り、飲み物を注文したが、何の目的でここに来たのか分からず、俺は戸惑っていた。
そんな俺をよそに、ティムはずっと窓の外を眺めていた。
そして、カフェの前を一人の少女が通り過ぎた――
それが、初めて見たアシュリー・ウィンストンだった。
まだ、彼女は幼さの残る少女だった。
ティムは彼女をじっと見つめ、通り過ぎたのを確認すると、何事もなかったように席を立ち、そのまま俺たちが暮らす街へ戻った。
本当に、何をしに行ったのか分からなかった。
首をひねる俺に、ティムは何も答えなかった。
だが、2度、3度と同じように足を運ぶうちに、ティムが彼女を見る眼差しの柔らかさに気づいた。
そして、胸の奥に、猛烈な嫉妬心が湧いた。
彼女が――アシュリーが、ティムの“特別”だと、気がついてしまったからだ。
ただそこにいるだけで、ティムに認められている少女。
俺は必死に努力して、ようやく寄宿舎に入れてもらって、お坊ちゃんを演じて生きているというのに。
俺は認めなかった。
親に愛され、無邪気に笑うアシュリー・ウィンストンを。
――お前なんか、ティムにふさわしくない。
……今思えば、ただの嫉妬だ。
ないものねだりの、駄々っ子のような我儘だった。
ティムがアシュリーの通う女学校に手を回し、教師のレベルを上げたり、見えないところで支援しているのを、俺は歯痒い思いで見ていた。
一度だけ、我慢できずにティムに問うたことがある。
「なぜ、そこまでするんだ」と。
そのとき、ティムは冷たい目をして、こう言った。
「お前には関係ない」
その言葉に、俺は凍りついた。
――ここまで努力して認めてもらった俺ですら、切り捨てられるのか。
そう思った瞬間だった。
その後、マリアが取り成してくれて、ようやくアシュリー・ウィンストンという人物の背景を知ることができた。
俺にとって彼女は、癪に障るが、下手に手を出せば大火傷する存在だった。
……そう、思っていた。
いや、そう思い込まなければ、いけなかった。
今なら分かる。
あれは――俺の、初恋だったんだ。
ティムが関心を持っている人間に、俺が興味を抱いたのは、ある意味で自然なことだった。
まさか、それが“恋”だとは思わずに。
だから俺は、自分を守るように、こう思い込んでいた。
俺は彼女が嫌いだ。
そう、嫌いなんだ。
ティムは、彼女の前に姿を現すつもりはなかった。
たぶん、遅かれ早かれ自分の寿命が尽きることを、もう分かっていたのだろう。
だから、彼女が幸せになってくれているなら、それで良かったのだ。
彼女が誰かと――たとえば、ショーン・トマス。
カレッジの同級生と付き合っていた時。
ティムは何とも言えない寂しげな目で、彼らを見つめていた。
だが、すぐに破局した。
彼女の側に熱がないのは、誰の目にも明らかだった。
俺も思っていた。頼むから、誰かと付き合ってくれと。
そうすれば、ティムも解放される。
俺の中にある、アシュリーへのこの厄介な感情も、いずれ消えてくれると思っていた。
なのに、誰とも付き合わないままのアシュリー・ウィンストン。
その姿を見るたびに、俺の苛立ちは増していった。
可愛らしい顔をしているとは思う。
際立った美貌というわけではないが、ふと目を引く、安心感のある雰囲気。
誰かに好かれてもおかしくない。
だから、不思議だった。
なぜ、彼女は誰の手も取らないのか。
何度も思った。誰でもいい、誰かの手を取ってくれ、と。
……今となっては、誰の手も取らずにいてくれて、本当に感謝しているけど。




