受け取るだけで、良かったのに
出張から帰ってきたジョセフは、ちょっとくたびれた顔していた。
少しやつれた顔は、まるで知らない人のようだった。
「ただいま」
その声が聞こえた瞬間、自然と身体が動いていた。
「お帰りなさい」
言葉と共にジョセフにギュッと飛び込んだ。
胸元から、埃っぽさと共に懐かしい香りがふわりと立ちのぼる。
「あ、アシュリー?俺、今、結構埃っぽいから、ちょっと待って」
慌てたジョセフの声が頭上から聞こえる。
だけど、お構いなしにぎゅうっと抱きついた。
「あーーー、もうっ…」
ジョセフが強い力で抱きしめてきて、余りの力強さに身動きさえ出来ない。
受け入れられている。
それが、嬉しいと思う。
「…俺の事、考えてくれた、ってことでいいんだよ…な?」
その声の、余りにも甘い熱を持った声に、恥ずかしくなる。
抱き着いていて、よかった。
顔を見せなくていいから。
「…俺でいいのか…?
本当に…?」
戸惑う声とともに、背中に回された手の力が緩められた。
彼の胸に手を置いて、ジョセフの顔を見上げる。
眉を八の字にして、情けない顔したジョセフ。
心臓がギュウギュウと鷲掴みにされたように痛い。
「…俺が…いや、俺を…あぁ、違う、言いたいことはこんな事じゃなくて」
視線があちこちさまよっていて、落ち着かない様子を見せるジョセフをみて、つい笑ってしまいそうになる。
いつも余裕綽々な顔しているくせに。
そんな私の顔に気が付いたのか、ジョセフがおでこをくっつけてきた。
思わず固まる私をよそに、ジョセフの真剣な目が私を捕らえる。
「俺はただアシュリーの隣にいたい。
これからも、ずっと。
ティムを好きなままでも構わない。
側にいてくれるなら…
俺と一緒にずっといてくれるなら、それで」
「…貴方の事、好きじゃなくてもいいの?
それでいいの?」
静かに私が問うと、ジョセフは悲しそうに頭を振った。
「俺では、ティムの代わりにはなれないから…」
それは、とても小さな声だった。
無理やり絞り出すような、そんな声。
なのに、とてもよく響いた。
私は少しの間、目を閉じた。
胸の奥で何かがはっきりと形を持ち始める。
「…そうね。ティムはティム。あなたは…ジョセフよ」
ゆっくりと目を開けて、まっすぐ彼を見つめた。
その返事にジョセフが縋るような目をして、私を見る。
私は、小さく息を吐いた。
「しっかりしなさいな、あなたはジョセフ・ブラッドリー。
ティムじゃない、他の誰でもない。
ずっと、あなた自身として私のそばにいてくれたじゃない
……ティムの代わりがいないように、貴方の代わりもいないのよ」
私はしっかりと彼の瞳を見た。
ジョセフは視線を小さく逸らして、項だれた。
まるで叱られた子供のように。
「私を、見て?」
ジョセフは恐る恐る私を見る。
「私ね、ティムに初めて会った時から既に形が出来上がっていたの」
ジョセフは意味が飲み込めないのだろう、考えるような顔をする。
その顔がとても幼く見えて、思わず笑みをこぼす。
「最初から好きという感情が、私の中に用意されていたみたいだった。
会った瞬間から、ただ彼を愛していたの。
そして、彼も私を愛しているっていう確固たる自信も。
分かる?
今回の私の人生では、初めて会ったのに」
話の流れが掴めないのだろう、不思議そうな顔が可愛いと思う。
「だから、私はきっと恋をするってことを知らないのだと思う。
初めてなの、こんな気持ちになったの」
「それ・・・って」
ほんの少し、期待を込めた目で見られて、私も同じような目で笑い返す。
「うん、でも分からない。
これが、そうなのか、どうなのか。
まだ、言葉に出来ないの。
寂しいだけなのかもしれないし」
「それでもいい、ティムの代わりでいいから。
俺を利用してくれていいから」
ジョセフが必死になって言い募る。
私は、そこまでの人間じゃないのに。
「それ、は、フェアじゃないよね」
ジョセフが、ハッとしたような顔で私を見る。
私は無言で、彼の頬にそっと手を添えた。
自分でも意外な行動に戸惑って、手を引こうとした瞬間、ジョセフの手が私の上に重なる。
優しく、逃がさないように。
彼の頬のぬくもり、手の温かさが伝わってきて、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
改めて、ジョセフを見つめ返す。
すっと通った鼻筋。
アッシュブロンドの綺麗な髪の色。
灰色の瞳と薄い唇は、角度によっては冷たく見える。
元々の長身と、適度に運動をしているからか、スタイルだっていい。
仕事も、出来る。
会話だって豊富で。
だから、私は不安なのだ。
だって、私はそこまで釣り合いが取れるような人間じゃないから。
だけど。
私は、知っている。
ジョセフの不器用な優しさを。
くだらない雑談も、何気ない気配りも、さりげない手助けが私を救ってくれた事を。
そして、彼の見せる迷いと弱さも含めて。
それが、私の知っているジョセフ・ブラッドリーだ、と。
「だけどね、私、貴方の側にいるの、嫌いじゃないの。
でも、分からないの、知らないの、こんな感情。
だって、ティムは裏切らない。
ティムの愛情は絶対だったから。
ティムには、疑う余地なんてなかったの。
信じることが当然だったの」
そう、ティムには100パーセント安心して委ねることが出来た。
絶対裏切らない安心感。
愛したら、その分、いやそれ以上に愛してくれる信頼感。
それは、かつての私がティムと作り上げたもの。
私はそれに乗っかるだけでよかった。
何もしないで良かったのだ。
受け取るだけで、良かったのに。




