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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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マリアの追及

「泣く予定なんてなかったんですけど……」


私の照れた笑いに、マリアさんもつられて笑った。


「泣けるときに泣いた方がいいのよ。

私達みたいになると、そうそう泣く機会なんてないから」


それは哀愁も籠った言葉で、咄嗟に言葉に詰まる。


「こんな長く生きてるとね、悲しいって感情はあってもね、泣くほどの激情はもう持てないのよね。

慣れちゃって」


私は無言で頷く。


「だけどね、こーんな長く生きていてもね。

いつでも楽しい話題ってのはあるのよね」


いきなりマリアさんのトーンが変わって、ワクワクした目で私を見る。


「それで、どう?」


「あ、はい、お陰様で仕事も順調です。

ちょっと、皆に、そのジョセフの関係でゴシップになるんじゃないか心配されていますけど」


マリアさんは、肩透かしをくらった顔して私を見る。


「そっち!?

いや、そっちも重要だけど、あぁ、違う!ジョセフのほうよ!」


マリアさんが椅子から前のめりになって、身振り手振りまで加えてくる。


「私はね、ジョセフがどれだけ頑張ってアシュリーちゃんを口説いた――いや、支えたのか!

そこを聞きたかったのよ」


「え、ちょ、ちょっと待って……なんでそれを……!」


言った瞬間、あっと気づいた。

でも、もう遅い。

マリアさんの目がキラリと光る。

その目は完全に面白がってるモード、だ。


「あ、やっぱり?何かあった? あったでしょ?

ねぇ、ない、なんて言わせないわよ?」


そのマリアさんのしたり顔を見て、覚る。

完全に乗せられた、と。


「え、いや、何もないですよ、はい」


しどろもどろで答えると、マリアさんが全部お見通し、とでも言いたげな、勝者の目で私を見下ろしてくる。


「へぇー、そう、何もないの?

なんでそれを、って答えたくせにぃ?」


マリアさんがにやにやしながら、じりじりと距離を詰めてくる。

まるで肉食獣。


「いや、あの、それは……言葉の綾というか、その……」


私は必死に言い訳を探すが、もう手遅れだった。


「ふふん、顔に書いてあるのよ。何かありましたってね!

それで? それで?

あいつ、手が早いけど、もしかして、もう!?」


「な、ななな、何もそんなことは……!」


「じゃあ何があったのよ~?

ほらほら、マリア様はなんでも聞いて差し上げますよ~?」


「うぅ……」


顔から火が出そうなのを必死にごまかしながら、私はマグカップを両手で持って、逃げ道を探した。

年の功とは良く言ったもので、私の無駄足掻き如きでは太刀打ち出来るわけがない。


「……あった、かも、しれない、ですけど、そんな、そんなんじゃないですよ!?」


小声でそう言うと、マリアさんは目を輝かせて、身を乗り出す。


「やっぱりねぇ、そう思ったのよ。

なにせジョセフはねぇ、私の可愛いチビジョーちゃんですから。

彼の気持ちなんてマリア様にはお見通しなのよねー。

で、何?告白?それとも態度で示す?

あいつは何したの?」


「ちょ、ちょっと落ち着いて、マリアさん!」


私は思わず手を振って制止する。

でも、浮かぶジョセフの顔に、胸がまたじんわり熱くなってくる。


「……頭に、キスされたの。出張に行く前に。

俺の事、考えておいてくれって…」


「……あらぁぁぁあ~~~、やるじゃないのチビジョーったらぁ~!」


マリアさんは何故か拍手しながら立ち上がり、やたら大げさに感動している。


「って、何でマリアさんがそんなに盛り上がってるのよ……」


「だって、ねぇ。ようやくよ? 

あのチビジョーがさぁ、ようやくちゃんと自分の気持ちに向き合おうとしてるのよ?

こっちの気苦労も知らずにもう……あぁ、長かったわ……!」


どこか勝手に親の気分になっているマリアさんに、私はもう笑うしかなかった。


「でも……私、まだちゃんと答えられなかった。

自分の気持ちと向き合わなきゃって思ってる、けど」


ティムと過ごした時間が、気配が色濃く残るこの場所で、私は次に進めるのだろうか?

私は視線を伏せる。


「アシュリーちゃんは、アシュリーちゃんの気持ちに素直になってね。

難しく考えなくてもいいの。

側にいて欲しいなら、そう言えばいいの。

好きとか嫌いとか後回しにしちゃえばいいのよ、だって後は受け止めるジョセフの気持ちなんだから。

例え間違えたとしても、いいじゃない?

自分の意思で動いた結果なのだから」


その言葉に、張り詰めていた糸が解けるような、気持ちが緩むような気がした。


マリアさんは先ほどまでのお茶らけた雰囲気を消して、真面目な顔して居住まいを正した。


「ティムはね、私に言ったわ。

多分、自分が死んだらこの連鎖は止まるだろうって。

だからあの時、アシュリーちゃんに自由だって言ったのだと思うわ。

アシュリーちゃんはアシュリーちゃんで幸せになっていいの。

ううん、幸せになるべきなの」


顔を上げてマリアさんの顔を見る。


──私の幸せ。


そう言われて、心に浮かんだのはジョセフの顔で。

慌てて、頭を横に振る。

思わず両手でこめかみを押さえてしまう。


なぜ。

どうして。


だって……あの告白を聞いたとき、私は「怖い」と思った。


私は、ティムが大好きだった。

……そのはずなのに。

その気持ちに、嘘はない。けれど─


そう、怖いのは、好意を向けられることじゃない。

それを──受け取ってしまいたくなる自分の気持ち。


心の奥には、まだティムがいる。

忘れたわけじゃない。

忘れられるはずもない。

大切な人、なのに。


でも、もうティムはいない。

どんなに望んでも、彼は帰って来ない。


ああ、そうだ。

知らないうちに、気づかないうちに──

ジョセフの言葉も、仕草も、私の中に染み込んでいた。

その存在が、当たり前のようになっていた。


それを認めた瞬間、ふっと肩の力が抜けた気がした。


「…幸せ…。

ティムがいなくても、私、幸せになれるか、な…?

幸せに、なっていいのかな…?」


そう言った私に、マリアさんは急に真顔になり、静かにうなずく。


「うん、なれるわ。

そして、それが聞ければ十分よ。

ティムに囚われないで、前に進んで良いのよ。

ティムも、安心するわ」


マリアさんの微笑みに、不思議と胸の奥から何か暖かい感情が流れ出る。

ずっと堰き止めていた何か。

心の中でずっと必死に握りしめていたものが、少しだけほどけていくように──。

小川に浮かぶ花びらが、緩やかな流れに乗っていくように。




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