考えてほしい
「じゃあ、金曜の仕事終わりはエールで乾杯ね」
ルーシィの笑顔を背に、私は小さく頷いて職場を後にした。
週末の約束があるだけで、帰り道の風が少し優しく感じられた。
自然に頬が緩んだ。
ルーシィと飲み約束、うん、日常に戻ってきてるんだなと実感する。
ドアを開けると、メイドがコートをコート掛けから外していた。
「お帰りなさいませ、アシュリー様。
すみません、ジョセフ様がこれからお出かけなので、今、準備をしています」
メイドはそう言って軽くコートにブラシをかける。
私が帰る時間にジョセフが家にいる方が驚きで、思わずジョセフのコートを見る。
「ただいま、え?ジョセフいるの?」
「はい、今、軽食を取り終えて、あ、ほら」
メイドの言葉と同時に、奥からスーツ姿のジョセフが急ぎ足で玄関に向けて歩いてきた。
「あ、アシュリーお帰り。
うわ、思った以上に俺、用意に時間かかったんだな…」
「用意って?聞いたけど、今から出かけるの?」
「あぁ、ローデンダールに大体1週間ほど」
「ローデンダール?どこそれ?」
「ん、ルーベン行きの汽車に乗って終点から2つ目で降りて、そこから車があれば2日で行けるかな」
ルーベン行きの汽車で終点より2つ目ってことはそれだけで1日かかる。
「え、そこまで行くのに3日もかかるの???」
驚いて言う私に、ジョセフは笑う。
「ティムの体調があったから、早々遠出をしなかっただけで、その前は俺もティムもそんな旅しょっちゅうだったからな」
こじんまりとした旅行鞄が、旅慣れた感じではあるが、でも。
「…1週間、随分、急で」
「んー、まぁ、ちょっと仕方ないかな。
今回に限り、今日出発しないと、今後に差支えがある商談が結構入ってるし。
動けるうちに動かないと、後々大変になるからな」
そう言いながら、ジョセフはコートを羽織る。
フワリと、ジョセフの香りが鼻をくすぐる。
「え、もう行っちゃうの」
思わず口に出たのは、引き止めるような言葉で。
その言葉を聞いたジョセフが相好を崩す。
「お、なに、なに?寂しいって思ってくれる?」
そんな事言うもんだから、つい憎まれ口を叩く。
「そんなわけないでしょ、さっさといってらっしゃいな」
ジョセフの軽口が返ってくると思ったのに、違った。
ジョセフは真剣な顔をして私をみつめるから、思わず目を逸らす。
「俺は、寂しいよ」
「あ…」
ゆっくりとジョセフの手が、私に伸ばされる。
どうしていいか分からず立ち尽くす私を、ジョセフはゆっくりと抱きしめるように囲う。
「考えておいてほしい、俺の事を」
耳元に落とされた、その言葉はとても甘くて。
呆然とする私を置いて、彼は私にウィンクをして「行ってくるよ、アシュリー」と軽やかに家を出て行った。
彼が囁いた左耳を抑えて、私はしばし閉じた玄関を見つめていた。




