ティムの家
「随分と、お金持ちなのねぇ」
感嘆して、おもわず言葉が漏れた。
つれていかれたのは、一流のアパルトマンの最上階。
高級と言われるエリアにあるだけあって、グラウンドフロアにはドアマンがいる。
ホールのつくりも豪奢だ。
そこが、彼の新しく借りた住居だった。
「君はティムを何だと思っているのか?
彼ほど才能に溢れた人はいない。
俺にとっては憧れの、いいや、彼の全てが俺の目標となる人だ」
そう語る彼の目に嘘はなさそうだ。
ジョセフという人間はいけすかないけど、彼を大切に思っているのだけは実感した。
彼を守れる人間の数が多いのには一向に困らない。
というか。
ジョセフ、は、何者なのだろうか。
彼の、何なんだろうか。
そして、彼は、私と同じ人間なのだろうか。
ドアの前で2回ノックをして、更に2回。その後に3回。
まるで何かの合図かのようにドアをノックする。
その後、徐にゆっくりと、ドアノブに鍵を入れて回すのを見て驚く。
「あなた、彼の家の鍵まで持っているの!?」
「そりゃね。
俺は、彼の一番近い人間だからね」
何だろう、彼の一番近い人間だからね、のセリフはどう聞いても私よりも近い存在なのだと主張しているようで、思わず眉根に皺を寄せてしまう。
ドアが開く。
エントランスも豪華で、年代物だろう大きなツボには色とりどりの生花が飾られている。
ジョセフの後を大人しくついていく。
家のツアーも兼ねていた。
水回りの場所から、部屋の事などを説明しながらジョセフは歩く。
廊下を歩くとフンワリと美味しそうな匂いがした。
「あぁ、料理はシェフが来てくれている。
通いで掃除や色々と細かい事をする人間もいる。
だから、君はこの家で特に何もする必要はないよ」
さっきからずっと、この男は私を下に見る発言が多い。
まぁ確かに、下手に手を出さない方が良いかもしれない。
ここに飾られている絵画や花瓶などを倒したら一体幾らするのだろうか、想像もつかないから。
足元の絨毯だって質がよさそうだし、歩くたびに踵が沈む。
素直に専門の人間に任せた方が良さそうだ。
リビングエリアは、とても大きくて窓がひらけていた。
私の部屋の数倍以上ありそう。
ゆったりとした、皮のソファに彼は膝掛をかけて座っていた。
私とジョシュアに気が付くと、優しく微笑む。
「迎えに行けなくて、すまないね、アシュリー
来てくれて、嬉しいよ」
「大丈夫?」
私はすぐにティムのもとに駆け寄る。
心配させて申し訳なかったね、というように彼は私の頭を撫でてくれる。
「ジョセフ、君もアシュリーを連れてきてくれてありがとう」
「ティム。
そんな事より体を休めてくれ。
頼んだ料理がもうすぐ出来る。
ティムは無理をしないで休んでくれて大丈夫だから」
ジョセフの優しい声は、本当に心が籠っているのが分かる。
私に対する態度や声音とは大違い。
先ほどの、薄っぺらい演技のような声音を聞いているから余計にそう思うのかもしれないけどね。
コンコンと咳き込むので、サイドテーブルに置いてある水差しからコップに水を入れて差し出す。
多分、同じことをしようとしたのだろう。
ジョセフも手を水差しに伸ばしたが、私のほうが早かった。
勝った。
そう思った私は悪くない、きっと。
ジョセフを見ると、面白くなさそうな顔をして私を一瞥してすぐに視線をティムに移す。
ジョセフは、随分と子供っぽい人だな。
私に張り合っているみたいで、ちょっと笑ってしまうが、思わず勝ち誇った顔をした私に言われたくはないだろう。。
私もだけどジョセフもティムが大好きなのが、この短時間でも良く分かる。
そして、少し悔しい。
私はまだ彼と出会って2日目だというのに、この男はずっと彼の側にいたから。
「ありがとう、アシュリー」
「無理しないで」
「大丈夫だよ、心配しなくて平気だ。」
不安になりそうな気持をティムは優しくほぐしてくれる。
大きな手が私の頭を撫でる。
嬉しくて、せつなくて、泣きそうになる。
こんな幸せなのに、なんで泣きたくなるのだろう。
自分で自分の心が、分からない。
不思議。
皆が話す恋の話、うんうんと頷きながらも自分の気持ちが分からないというセリフに理解出来なかったけど、今なら分かる。
「…明日、また、来る。
ティムは絶対無理はしないでくれ。
…アシュリー、ティムを頼んだ」
彼は私の返事を聞く気がないのか、すぐに踵をかえすと廊下に消えていく。
「私、彼に嫌われてるのかしら?」
「ジョセフに?なぜ?」
「ううん、気にしないで。多分私の気のせいだから」
そうよ、こんな大切な時間、ジョセフの事なんかに気を回したくもない。
二人の時間を大切にしたい。
「ジョセフは、悪い奴ではないよ。
ただ、警戒心が強いんだよ、こと、僕に関しては心配性だからね」
そう穏やかに話すティムの声は、やっぱり少し疲れているように聞こえて。
「無理しないで」
そっとティムの両手を握る。
ずっと側にいて。
そう続けようとしたけど、彼の手の冷たさにドキリとした。
冷たい。
まるで生気のないような、いや、何を考えているのだろう。
頭を振る。
大丈夫、彼は大丈夫。
泡立つような小さな不安。
そう、多分これは気のせい。
だって、彼はいつだって私のヒーローだから。




