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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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39/60

ティムがいない世界で

そこから先は、まるで夢の中を漂っているかのように、時間がふわふわと過ぎていった。

現実感は薄れ、私はまるで意思のないお人形のようだった。

受け止めきれなかった。


自分がどうやって部屋に戻ったのかどうかすら定かではない、

いや分かっている。マリアさんが付き添ってくれた。

ティムはジョセフが一緒になって戻ってきてくれた。

ベッドに横たわるティムの側に椅子を持ってきて、ずっと側にいた。


今までなら。


ティムの寝息を聞きながら本を読んだり、起きているときはティムの手を握ったり、私が話しているのを穏やかないつもの笑みで頷いてくれていた。

私が話しかけても、頷いてくれない。手を握っても、ただ冷たいだけで握り返してくれない。

冷たい手だ、と思っていた。

だけど、もっと、ずっと、ティムの手は、冷たい。


「…起きてよ、ティム。ねぇ、起きて?

大丈夫だよ、アシュリーって言って?

笑ってよ?ねぇ、ティム!」


涙がとめどなく溢れる。

置いていかないで。

私を一人にしないで。


「アシュリー!」


私の肩を掴んだ温かい手が、私を現実に引き戻す。


「ジョセフ…?」


椅子に座ったまま見上げると、ジョセフの瞳は、深い悲しみの色を湛えて静かに揺れていた。

思わずジョセフの首に手をまわした。


「ねぇ、ティムが起きてくれないの。

起きてって言ってるのに。

手を握ってもね、冷たいだけなの、おかしいの。

ねぇ、なんで?なんでなの?

こんな…こんな急に、なんて…」


「…アシュリー…」


嗚咽を漏らしながら背中を叩く。

泣き止まない幼い子供のように。

自分の衝動を抑えられない。

ジョセフは黙って、私の背中を優しくさすりながら受け止めてくれた。


ジョセフが会頭になってからの一番最初の仕事は、ティムの葬儀だった。


「俺はティムの為なら何でも出来る」


そう言い切っていた彼は、もう立派な会頭としての顔をしていた。

厳かな会場でパイプオルガンが切なく響く、暖かく皆がティムを送り出す、ブラッドリー商会の面目にかけての立派な葬儀だった。


黒のトークハット、ハットのベールと同素材をあしらった黒の手袋、控えめながらも型が私にあったアフタヌーンドレス。

それに真珠をつける。化粧は控えめにした。

葬儀の日、私はジョセフとマリアさんの隣にずっといた。

現実感のないまま、言われたとおりに動く。

泣きはらしたひどい顔ではあったが、不思議と葬儀の間は一粒の涙も流れなかった。

ジョセフの名目上のパートナーの「最後の仕事だ」と思っていたからかもしれない。


それに。

ティムの亡骸は、棺の中にない。


マリアさんから、私達だけの儀式があるからごめんなさい、と言われた。マリアさんは淡々としていたけれど、私にはその儀式の意味も重みも、分からない。

私達には分からない、彼らの世界の入り口。

マリアさんはそこへ行き、しばらくしてから綺麗な手のひらサイズの丸い石を持って帰ってきた。

これをティムだと思って埋めてちょうだい、と言って。

シンプルな木の箱に、赤いビロードのような布がはいっており、それにくるまれていた。

送り石だ、とマリアさんは言った。

マリアさんたちの世界では死後、この送り石を埋めるそうだ。


「体は空へ帰っていくの、そして、この送り石が残るの。

これが、ティムの全てなの。

彼がこの世にいた証なのよ」


マリアさんは寂しそうに呟いた。

それは、最後を見届けたから言えるセリフなのだろう。

その場に行きたかったと思う気持ちは不思議になかった。

それは、仕方ない、という諦めの感覚が強かったからなのかは分からない。


手に取ってみると、光を内側に抱いたようなその石は、まるでティムそのもののようだった。

ひんやりとした送り石は、私の手のぬくもりでゆっくりと温まり、それがティムの冷たい手を思い出させた。

私とジョセフは無言で頷き合い、彼もそっと私の手の上に手を重ねた。

二人で、その小さな石を包むように握りしめる。

言葉はなかったけれど、伝わっていた。

あぁ、これは確かにティムだ、と。


きっと、あれが私たちだけの葬儀だったのだろう。

だから、あのブラッドリー商会の立派な葬儀は、私にとってはどこか遠い儀式として見ることができたのかもしれない。

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