混乱の中で
花火の音が静寂を破った。
空に上がった火の粉が、水面にも映ってはじける。
わぁ、と周囲が歓声を上げる。
私も呆けて、夜空を見上げる。
「すごいわね…」
「だろ?」
空に咲いた花は、儚く、あっという間に夜の闇に溶けていく。
この感動を分かち合いたくて、私はティムを探す。
ティムは、私を見ていた。
その顔に、微かな悲しみを湛えているみたいに見えた。
なぜ? なぜそんな顔をするの?
私、なにかした?
ざわざわするこの気持ちの正体が、自分でもわからない。
私達は見つめあっていた、皆が夜空を見上げているというのに。
次の花火が夜空に咲き、歓声や拍手がまた起こる。
隣にいるマリアさんの、困ったような顔も見える。
いつまでも見ていたら怪しまれる、そう思って視線を外そうとしたとき、目についた。
会場の隅、柱の陰に隠れるように人が見えた。
燕尾服の裾が風にはためいていなければ、私だって気が付かなかった。
ゆっくりと距離を詰めていく。
人々の視線は夜空。
誰も彼に気づかない。
次の花火が上がった瞬間、その人が持つ何かがキラリと光った。
その人物が大きく動き出したその先にいるのは、ティム。
何?何をしようとしているの?
喉が震える。声にならない。
ティムがふとその気配に気づき、振り向こうとした、そのとき
「やめて!!!」
声がようやく出た、まさにその瞬間。
ティムが崩れ落ちた。
その場の時間の動きが変わったかのように、何もかもが全てゆっくりとした動きに見える。
ティムがその場に膝をつき、肩が揺れる、その一瞬一瞬が。
その人物の手が空を切る。
ナイフが落ち、カチリと床に転がる硬質な音すら聞こえた気がした。
時間が、止まる。
私は気づかぬうちにスカートを摘み、駆け出していた。
「…違う、違う!俺じゃ、俺じゃない、俺じゃない…!」
呆然と立ち尽くす若者の声が、誰よりも虚ろに響いた。
花火は、まるで何も起こっていないかのように夜空を彩っていた。
歓声を上げる声は、もうない。
「ティム!ティム!!」
マリアさんが、膝をついてティムの身体を支えていた。
「脈はある、浅いけど!ティム、しっかりして!」
駆け寄った私の目に映る光景が、現実だなんて信じられなかった。
でもマリアさんの冷静で、それでいて必死な表情が、容赦なくそれを突きつけてくる。
ジョセフもすぐに駆けつける。
「救護を!早く、ティムを運ぶぞ!」
パーティ会場のざわめきは、恐怖と混乱へと一変した。
白くなったティムの顔、かすかに震える唇。
私は震える手で、彼の手をそっと握った。
「ティム……お願い、目を開けて……!」
祈るように、縋るように。
なのにティムは目を開けない。
マリアの手が彼の首筋に当てられたまま、時間が止まったように動かない。
ふと、視界の端にナイフを落とした若者が、膝をつき、虚ろな目で床を見つめているのが見えた。
「……違う、違うんだ……殺すつもりじゃ……俺は、ただ……」
声が震えている。
ジョセフがその若者の前に立ちふさがるように立ち、低く命じる。
「武器を持っていないか、確認しろ。逃がすな」
警備の担当が急いで若者を拘束する。
私はティムの手を握ったまま、声なき問いを彼に投げかける。
なぜ、目を覚まさないの?
何が起きたの?なんで?
マリアさんの声が、静かに響いた。
「……ティム、脈が戻ってきてる。大丈夫、きっと大丈夫よ」
その言葉に、小さな希望が灯る。
だがその希望の灯は、かすかな風にも消えてしまいそうに脆かった。




