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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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35/60

これは、全部演技

彼らに近づくにつれ、甘く艶やかな声がはっきりと耳に届いてくる。


「最近はつれない態度で、ずっと寂しかったのよ?

もう少しゆっくり過ごしても…ねぇ?」


誘うように、ねっとりと絡むような声。

二人の関係性が一瞬でわかる、そんな濃密な空気がそこにあった。


「おいおい、フローラ。

パートナーの僕の前でそれはないだろう、ねぇ、ブラッドリー卿」


連れの男が軽口を叩きながら、楽しげにジョセフへと視線を送る。

深紅のマニュキュアを塗った指がジョセフのポケットチーフに触れる。まるでそこに触れるのが当然とでも言わんばかりに。


止めて!触らないで。


その瞬間、反射のように足が動く。

優雅に微笑みながら、ゆったりとした動作で彼女のいない反対側の腕に軽く手を添えた。


「随分と楽しそうなお話。

何の話かしら?」


声音には柔らかさを纏わせながらも、視線はまっすぐに彼女に向ける。


「あら、パートナーをお間違えですよ?」


その一言に、ジョセフが軽く咳払いをして場を和ませようとするように笑った。


「紹介するよ、アシュリー。

イネス協会の重鎮イーサン卿、イーサン卿のパートナーのフローラ嬢だ」


そしてゆっくりとジョセフはフローラから体を離して、私のほうに更に寄り添う。


「そして、彼女は恋人のアシュリー、私の大切な人です」


「初めまして、可愛らしいお嬢さん」


イーサン卿と紹介された人は、顔立ちは整っているのに、なんだかひどく、のっぺりとした印象を人に与える人だ、と思った。


「初めまして、イーサン卿。

アシュリーです」


にこやかに挨拶をしようとした私の声を彼女の艶やかな声が遮る。


「まあ、ご丁寧にありがとう、ブラッドリー卿。

ふふ初めまして、フローラよ。

そうね、今宵のパートナーは、イーサン卿なの」


今宵、に意味深にアクセントを置く。

フローラと呼ばれた女性は艶やかに笑いながらも、私を上から下までゆっくりと探るように見る。


「あら、やだ、つい癖で。ごめんなさいね?

ふふ、それにしても随分と…可愛らしい子ね。

趣旨替えかしら?」


笑みを深め、口元に指先をあてて小首を傾げる。

その動作の一つ一つが艶やかな大人の女性を醸し出す。

そして顎を上げる。

随分と計算された仕草だ。


「あぁ、でももっと控えめな方かと思っていたけど…嫉妬深い女性は嫌われるわよ?

少しくらい余裕をもって対処した方がよろしいのではないのかしら?

あぁ、でも今夜は“おとなしく”してるつもりよ?

ねぇ、イーサン卿?」


彼女は、正式のパートナーであるイーサン卿に腕を回す。

私はただ黙って、微笑みを浮かべた。


「楽しく過ごしてください、せっかくの素敵な夜ですもの」


ふわりと立ちのぼる火花のような女同士のやり取り。

私だって、伊達に場数は踏んでない。

ジョセフのパートナーとして隣に立ってからの短い月日、それなりに洗練されてきたはずだ。

イーサン卿はそれすらも余興の一つとして楽しむつもりなのか無邪気に笑い、グラスを掲げる。


「じゃあ、今夜に乾杯。楽しい夜を、ね」


含み笑いを浮かべるイーサン卿。その言葉に、私は口元だけで笑ってみせた。


本当にいやだ、こういうのって。

嫌い、嫌い、大嫌い。

笑みを浮かべながら、つい思ってしまう。


グラスの中の琥珀色の液体が、揺れながら交差する視線を映し込んだ。

周囲の緊迫した雰囲気を和ますかのように、ジョセフはスプーンでワイングラスを三回叩く。


「外で小さな余興があります、皆さま、是非ご覧になってください。」


空気が一瞬緩む。


「あら楽しみだこと、何かしらね」

「きっと新しい余興よ」


周囲は余興に気を取られ、外に向けて動き出す。

イーサン卿は興がそがれたとばかりに、平坦な目をジョセフに向ける。

フローラがシャンパン片手にアシュリーを一瞥し、深紅の唇が弧をかく。

心がザラザラする。

ついと、視線を巡らせる。

灯りの切れ間に、ティムの姿があった。

誰と話しているのか、どこを見ているのかは分からない。

ただ、その佇まいが、私の胸を引いた。

ティムがこちらに気が付いてくれない事に気落ちしながらも、ジョセフの隣をゆっくりと歩く。

彼の腕に手を添えたままで。


給仕から渡されたグラスをジョセフが渡してくれるのを受け取る。


「あー、なんていうか、だな。

えーと、まぁいわゆる昔馴染み…というやつだ」


ジョセフの声が、耳元で囁くように落ちた。

何の言い訳なのだろうか、私には関係ないのに。

確かに何となく面白くなかったのは否めないけど、でも。

別に言い訳は結構よ、そう言葉に出そうとして。


顔を上げると、彼の指先が頬に触れるすれすれで止まっていた。

優雅な仕草、計算された距離。

演技。

これは、全部演技。

なのに、なぜか、戸惑ってしまう。

どうしてだろう、落ち着かない気持ちになってしまう。


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