私が知らない、彼の一面
ある一角がざわつくのに気が付き、顔を向ける。
会場の入り口にティムとマリアが現れたから、だった。
黒にも青にも見える深いスーツに身を包み、周囲の喧騒とは別の世界にいるかのように、静かにこちらを見つめていた。 その視線が交差した一瞬、心の中で音楽が止まった。
隣にいるマリアさんに軽く嫉妬をしてしまうくらいに、二人はお似合いだった。
だが、ティムの視線の柔らかさがそんなマイナスになりそうな気持を打ち消してくれる。
ジョセフが隣にいながらもそれに気づいたのか、ちらりと私の横顔を見て納得の顔をする。
きっと満面の笑みを浮かべているだろう私の表情に軽く肩を竦め、耳元で囁く。
「おっかないお目付け役が現れた」
「馬鹿言わないで」
ジョセフは軽くティムに向けてウィンクをして、また二人、波間に漂うよう歩き出す。
川辺から吹く涼風が、ほてった頬を優しく撫でた。
「少し、飲みすぎたかも。
あのワイン、とても美味しいんだもん」
火照った頬を自分の手で仰ぐ。
「ちょっと席を外すわ」
「一般用ではなく控室のほうだ」
何度も言われてるから分かっているのにな、と思いつつも、了解、と小さく答えて控室の扉に向けて歩き出した。
控室に入ると、何か違和感を感じる。
誰もいない、それは確かだ。
先ほど出たときと、そう変わらない景色。
メイクさんも今頃別室で食事を楽しんでるはずだ。
外から中に入ったから、温度が違うから?
ふと窓を見ると、カーテンが窓に挟まっていた。
空気の入れ替えをして、カーテンをきちんと入れ忘れたのかしらね。
窓を開け、カーテンを内側に入れなおし窓を閉めなおす。
よし。
こんな小さなことなのに、なんだか大きな一仕事を終えた気分だ。
大きく息を吸って吐く。
さて、あとちょっと。頑張らないと。
自分に自分で喝を入れ、またパーティ会場に足を踏み出す。
扉を開けると、暖かな笑い声と音楽が歓迎の証のように私を受け入れてくれる。
お目当ての人物は簡単に見つかる。
ジョセフは、やけに目立つ。
背の高さも理由の一つだろうが。
顔が良すぎるのも腹立たしい。
そう心の中でぼやきながら、彼の元へと歩を進めた。
妙に派手な笑い声が聞こえた。
声の主は、深紅のドレスに身を包んだ一人の女性。
高く結い上げた金髪、艶やかな深紅のドレス。
もちろん口紅も同じように艶やかな深紅。
そして何より、彼女がジョセフの耳元に口を寄せた瞬間の、妙に親密な距離感。
なぜか、胸の奥がざらりとした。
「…ジョセフの知り合い?」
思わず零れた声。
足が止まる。
傍に行って、ただ 「どなた?」と聞けばいい。
それだけなのに、なぜか歩が進まない。
ジョセフは笑っていた。
その距離感の近さを咎めもせずに。
遊び人。
その言葉が思い出される。綺麗に女性遊びをするジョセフ・ブラッドリー。
私が知らない、彼の一面。
小さく眉をひそめたとき、視線が自然とティムを探していた。
彼と目が合う。
遠くからでもわかる、あの穏やかな微笑みが、胸をふっと温かくする。
「うん、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、口角を上げ、ジョセフの隣へと歩を進める。
私が現れたことで、自然に人の波が割れた。




