パーティ前の二人の時間
お披露目パーティの前日。
仕事休みの私は、ティムと二人でボタニックガーデンへ行った。
本当は、最終の衣装合わせ、メイクの打ち合わせがあったのだけど、大体は決まったので無理を言って明日にしてもらったのだ。
当然明日はパーティ当日になるわけで、ぶっつけ本番。
そんな大袈裟なパーティではないと言っていたけど、やっぱり私が知っていたパーティとは違う、ということだ。
主催者だからかもしれないけど。
嫌な、わけじゃないけれど。
なんとなく、なんとなくだけど、ティムの前でジョセフと恋人ごっこをするのが心苦しくて。
ともすれば落ち込みそうになる思考を断ち切るように、気分転換も兼ねて。
この街の名所ともいわれるボタニックガーデンは街の中心地よりにあるのに広大で、とても全部は一日で回れそうにない。
だから、大抵の人はその日行きたい場所だけに目星をつけて行くのだ。
私達は、ふらりと立ち寄っただけ、という体を装ってここに来た。
「この時期は、マンジェリンの花が満開だと思うよ」
ティムがゆっくりとした口調で言う。
「マンジェリン、あぁ、もうそんな時期なのね」
「あぁ、君と一緒に歩ける。それが何より幸せだよ。
…でも、ふと思ってしまう。
君の隣にいられるのは、あとどれくらいなんだろうって。
いや、今日はそんな話はやめよう。
こんな綺麗な花の前でする話ではないな。
あの花は君に似てるから、きっと私も浮かれているのかもしれない」
マンジェリンは、白い大きな花に紫の縁取りがある木だ。
葉が少なくて花が大きいので、見応えがある。
そんな花を私のようだと言われると、恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。
だから、私も最初の不穏なセリフに口を挟むのが出来なくなってしまった。
ティムと出会ってから怒涛の日々だった。
月日を気にする暇がないくらい、毎日が楽しくて。
だけど。
手を繋ぎたいけど、それが出来ないもどかしさに、少しだけ寂しい思いが湧き上がる。
でも、こうやって表を二人で寄り添って歩けるだけでも幸せだ。
私達の歩調はゆっくりと、でも着実にマンジェリンの木を目指している。
平日のボタニックガーデンは、思った以上に人がいない。
歩んでいる人は、皆、幸せそうに見えた。
通りすがりの子供たちの笑い声、犬を連れた女性の優しい声。
初老の夫婦が手をつなぎ、穏やかな表情で並んで歩いている。
私はティムの腕に、そっと指先を絡めたかった。
だけど、できない。
この、節度を持保った距離がもどかしい。
代わりに手のひらをぐっと握りしめて、自分の心を落ち着かせる。
私達は、どう見られているのだろうか。
そんなことを思う。
少なくとも、今、隣にティムがいる、それだけで私は幸せだと胸を張って言える。
だけど、この関係を幸せだなんて言い切る私は、大嘘つきだ。
ティムが小さく息を吐く。
「アシュリー、すまないね…」
謝る彼の声にはいつもの強さがなかった。
驚いてティムの顔を見ても、ティムの視線は前を向いたまま。
私のほうを見てもくれない。
「君に、負担を強いてしまった。
こんなに長い時を生きていても、これだという正解を出すことが出来なかった」
返す言葉が見つからず、私はただ寄り添いながら歩くだけだった。
どれくらい二人で黙して歩いたのだろうか。
幸せで、なのに、胸をかきむしりたくなるくらい切ない時間でもあった。
ティムに謝られたのが、悲しかった。
私が、こんな幸せだと思っていても、私の存在がティムを苦しめているのが分かるから。
だからと言って、私達が離れるなんて、出来ない。
ずっと側にいたい。
多分、それは私達二人ともが思っている共通の思い。
願うのはただそれだけなのに、上手くいかない。
そう、きっと出会わなければ、きっとこんな苦しさとは無縁だった。
何も知らず、笑って、平々凡々とした日々をただ過ごして。
だけど、私は見つけてしまった。
見つけ出してしまった。あの雑踏の中で。
到着したマンジェリンの木は、満開で言葉もなく二人で見る。
マンジェリンの花が風に揺れて、ポトリと落ちる。
「気持ちがこんな風に落ちてしまえたら、楽になれたのだろうか」
ティムの呟きは、質問ではなく、ただ自分自身に言い聞かせているみたいだった。
誰かを恋しいと思う気持ちも、あんなふうにポトリと落ちたら、きっと楽なのだろう。
ポトリと落ちて、はい、お終い。
そんな風に割り切れたら、きっと恋に苦しむ人はいないのだろう。
満開のマンジェリンの木の下、私は場違いにもそんなことを思っていた。




