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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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29/60

パーティ前の二人の時間

お披露目パーティの前日。

仕事休みの私は、ティムと二人でボタニックガーデンへ行った。

本当は、最終の衣装合わせ、メイクの打ち合わせがあったのだけど、大体は決まったので無理を言って明日にしてもらったのだ。

当然明日はパーティ当日になるわけで、ぶっつけ本番。

そんな大袈裟なパーティではないと言っていたけど、やっぱり私が知っていたパーティとは違う、ということだ。

主催者だからかもしれないけど。

嫌な、わけじゃないけれど。

なんとなく、なんとなくだけど、ティムの前でジョセフと恋人ごっこをするのが心苦しくて。

ともすれば落ち込みそうになる思考を断ち切るように、気分転換も兼ねて。


この街の名所ともいわれるボタニックガーデンは街の中心地よりにあるのに広大で、とても全部は一日で回れそうにない。

だから、大抵の人はその日行きたい場所だけに目星をつけて行くのだ。

私達は、ふらりと立ち寄っただけ、という体を装ってここに来た。


「この時期は、マンジェリンの花が満開だと思うよ」


ティムがゆっくりとした口調で言う。


「マンジェリン、あぁ、もうそんな時期なのね」


「あぁ、君と一緒に歩ける。それが何より幸せだよ。

…でも、ふと思ってしまう。

君の隣にいられるのは、あとどれくらいなんだろうって。

いや、今日はそんな話はやめよう。

こんな綺麗な花の前でする話ではないな。

あの花は君に似てるから、きっと私も浮かれているのかもしれない」


マンジェリンは、白い大きな花に紫の縁取りがある木だ。

葉が少なくて花が大きいので、見応えがある。

そんな花を私のようだと言われると、恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。

だから、私も最初の不穏なセリフに口を挟むのが出来なくなってしまった。


ティムと出会ってから怒涛の日々だった。

月日を気にする暇がないくらい、毎日が楽しくて。

だけど。

手を繋ぎたいけど、それが出来ないもどかしさに、少しだけ寂しい思いが湧き上がる。

でも、こうやって表を二人で寄り添って歩けるだけでも幸せだ。


私達の歩調はゆっくりと、でも着実にマンジェリンの木を目指している。

平日のボタニックガーデンは、思った以上に人がいない。


歩んでいる人は、皆、幸せそうに見えた。

通りすがりの子供たちの笑い声、犬を連れた女性の優しい声。

初老の夫婦が手をつなぎ、穏やかな表情で並んで歩いている。

私はティムの腕に、そっと指先を絡めたかった。

だけど、できない。

この、節度を持保った距離がもどかしい。

代わりに手のひらをぐっと握りしめて、自分の心を落ち着かせる。

私達は、どう見られているのだろうか。

そんなことを思う。

少なくとも、今、隣にティムがいる、それだけで私は幸せだと胸を張って言える。

だけど、この関係を幸せだなんて言い切る私は、大嘘つきだ。


ティムが小さく息を吐く。


「アシュリー、すまないね…」


謝る彼の声にはいつもの強さがなかった。

驚いてティムの顔を見ても、ティムの視線は前を向いたまま。

私のほうを見てもくれない。


「君に、負担を強いてしまった。

こんなに長い時を生きていても、これだという正解を出すことが出来なかった」


返す言葉が見つからず、私はただ寄り添いながら歩くだけだった。


どれくらい二人で黙して歩いたのだろうか。

幸せで、なのに、胸をかきむしりたくなるくらい切ない時間でもあった。

ティムに謝られたのが、悲しかった。

私が、こんな幸せだと思っていても、私の存在がティムを苦しめているのが分かるから。

だからと言って、私達が離れるなんて、出来ない。

ずっと側にいたい。

多分、それは私達二人ともが思っている共通の思い。

願うのはただそれだけなのに、上手くいかない。


そう、きっと出会わなければ、きっとこんな苦しさとは無縁だった。

何も知らず、笑って、平々凡々とした日々をただ過ごして。

だけど、私は見つけてしまった。

見つけ出してしまった。あの雑踏の中で。


到着したマンジェリンの木は、満開で言葉もなく二人で見る。


マンジェリンの花が風に揺れて、ポトリと落ちる。


「気持ちがこんな風に落ちてしまえたら、楽になれたのだろうか」


ティムの呟きは、質問ではなく、ただ自分自身に言い聞かせているみたいだった。

誰かを恋しいと思う気持ちも、あんなふうにポトリと落ちたら、きっと楽なのだろう。

ポトリと落ちて、はい、お終い。

そんな風に割り切れたら、きっと恋に苦しむ人はいないのだろう。

満開のマンジェリンの木の下、私は場違いにもそんなことを思っていた。


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