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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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お披露目の準備

「それで、どのようなものが、ご入用で?」


商会の傘下の一つである服飾専門店の担当が、ニコニコと笑いながらソファの対面に座っている。

この服飾専門店の針子とはあった事があるが、運営している長と会うのは初めてだ。

堂々と座っていればいい、とマリアさんは言うが、何となく手持無沙汰で困ってしまう。

私の隣には、マリアさんが微笑みながら座っている。


「そうね、今度のリバーサイドのパーティ用の服を見繕ってほしいの。

私と、彼女に。

そうね、彼女のドレスの色と対になるポケットチーフもよろしくね」


「勿論でございますとも。では、ミズ・マリアにもポケットチーフをご用意いたしますか?」


「お願い。

そうね、あまり華美過ぎずっていうのをお願いしたいのだけど」


「アシュリー嬢の顔立ちや髪色からすると、そうですな、新緑の若葉のような色がよろしいかと。

ちょうど何点かありますので、明日にでもこちらへお持ちします。

細かい点は、アシスタントのエマと、針子と相談して決めたらよろしいかと」


隣に座っているエマという女性がにこりと笑う。


「明日にでも数点お持ちします。

詳細が決まり次第、小物等の打ち合わせをと思っております。

よろしいでしょうか?」


淀みなく言葉が紡がれる。

きっとこのエマという女性は商会にいるのではなく、外商専門のアシスタントなのだろう。

見た目のみならず、所作も綺麗だ。


「リバーサイドのパーティだから、そんな形式ばらなくても良いわよ。

ただ、一応主催だからね」


マリアさんとエマさんで話が進んでいくのを、ぼんやりとみている。

ティムのパートナーとしてマリアさんが出るのは、正直嫌だけど…適任がいないと言われると言葉に詰まる。

私、が隣に立ちたいのに。

せめて、似たような色合いにしたい、と思ってしまう。

小さく息を吐くのと同じタイミングで、ドアが開いた。


視線を動かすと、ジョセフが笑みを浮かべアシュリーの下に歩いてくる。


「やぁ、アシュリー。僕のお姫様は、ご機嫌斜めかい?」


流石に何カ月も恋人同士の振りはしていない。

白々しい、と思うこともなくなった。


「そんなことないわ。今、ドレスを選んでもらう話をしていたのよ」


「ちょうど僕もティムとの話し合いが終わったところだ。

僕も話に入れてもらっても?」


そのままアシュリーの隣に座る。

ふわりと香るジョセフの香水に、なんだかアシュリーは切なくなる。

違いがはっきりと分かるから。

出来ればティムと同じ香水を纏ってもらいたい。

そう思ってしまうのは、我儘なのだろうか。


「この間、入荷したあのアイランディの染め物。

あれのドレス作ってなかったっけ?あれどうかな?」


「ジョセフ卿、アイランディのあの色ですか…

あれは、まだ作成途中ですが、そうですね、良いかもしれません。

あぁ、なら、すこしパターンを変えて、アシュリー嬢に似合うように変えましょう。

それですと、明日に持ってくるのが難しいので、また後日になりますがよろしいでしょうか?」


「お披露目するなら、新製品のアイランディの染め物のドレスも一緒にすれば、より注目を浴びれるだろう?ちょうどよいかと思ってね」


「かしこまりました、では私共はお暇をいただいて早速取り掛かります」


彼らが帰ると、隣のジョセフが大きく息をついた。

彼がこんな分かりやすいため息を吐くなんて、珍しいこともあるもんだ。


「ティムはどう?」


「今、少し休んでいる。

…なぁ、マリア。

俺、は、間違えているのか?」


いつも自信満々で話すくせに、何とも心もとない声音。

ティムに何かあったのでは、と心が波風を立てる。


「さぁ、ね。

皆、正しいと思う行動をしているだけよ。

それが良いことなのか悪い事なのか、私には分からないわ。

ねぇ、アシュリーちゃん」


ジョセフは手を組んで誰も座っていないソファを睨んでいる。

聞かれていないから答えようもないが、その問いを自分にされたら、私はなんて答えるのがベストなのか分からない。


「ティムが弁護士を呼んだ。

聞いたか?」


アシュリーは無言で頭を振る。


「…少し」


マリアさんがおずおずとした感じで返事をする。

仕事の話なら、聞いてよいかどうか。

席を立とうか迷う。


「なぁ、お姫様。

俺と結婚するか?」


それは、食後にコーヒーでも飲むか?

そんな軽いノリで発言したかのように、前後の脈略もなくの発言だった。


「はぁ?」


だから、思わず目を見開いてジョセフを見てしまった。

ジョセフは私に目もくれもせずに、相変わらずソファを睨んでいる。

その態度は、いくらなんでもどうなんだろう。

発言だけは、プロポーズの言葉だというのに、私も、だが笑えるくらいに感情が動かない。

まぁ、驚いた、というのはあるけれど。

だけど、いや、だからこそティムの事を思って不安になる。


「何言ってるの?

冗談がきつすぎるし、第一それがプロポーズのつもりなの?

何なのよ、どうしたの一体。

というか、お断りなんですけど?」


不安になった心を誤魔化すかのように、わざとおどけて言ってみる。

ジョセフの事だ、「冗談だよ、お姫様」とか、「俺の初めてのプロポーズをあっさり断るなんて」とか茶化して返すはず。

なのに、ジョセフは変わらずにソファを睨んでいる。

自分がした発言なんてとうに忘れたかのように。


「ティムがアシュリーへの財産分与の話を、弁護士にしている」


衝撃に息を飲む。


「な、なん・・・で…」


ジョセフは頭を振りながら、何も言わない。

隣のマリアさんを見ると、肩を竦めて笑う。

私を見て、マリアさんは安心させるように笑ってくれるけど。


「ティムってば、最近おかしいのよ、生き急いでるというか。

焦らなくても良いのにね」


そんな問題なのだろうか?

私には分からない。

でも、そんなの、まるで死んじゃうみたいではないか。


「ティムの調子は、そんなに悪いの・・・?」


マリアさんは困ったように首を傾げた。


「そんなことないわよ、普通よ。

まぁ、アシュリーちゃんが来てから、かなり動くようになったから最近はちょっと疲れがたまっているのかもね。

はしゃぎすぎて」


マリアさんが明るい声音で茶化したように言う。

その茶化した感じが、妙に落ち着かない気分にさせる。


だってティムは私の前では、大丈夫しか言わない。

いつもと同じように微笑んで、話して、抱きしめてくれて。

手を触れれば、手を握り返してくれて。


「…私、ティムの部屋に行ってくる」


誰に言うでもなく、呟いてティムの部屋に向かう。

穏やかそうな表情で、ベッドで寝ているティムの髪を優しくすく。

寝息は一定していて、それだけで泣きそうになる。


私を置いていかないで。


浮かんだその言葉に、胸がギュッと掴まれたかのように痛む。


…私、は、何度もこんな思いをティムにさせていたの…

私じゃない私が、死ぬたびに。


穏やかそうに眠るティムの寝顔を、私はじっと見ているしかなかった。


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