羨望
ジョセフは私が人の視線に慣れたのを見計らっていたのか、頻度こそ少ないが二人でパーティに顔を出しはじめた。
本当に小規模な、個人的なものに限るのだけど。
まだプライベートの範囲内。
短時間で切り上げるのは、私のぼろが出ないようになのか知らないが、今のところそれは上手くいっているようだ。
今までは一応お忍びなので有難いことにハリソンに知られているくらいで、特に私の周囲に変化はなかった。
いや多分、編集長も知っているだろう。
あえて何も言わないだけで。
公になっていない間柄。
別に、婚約したわけでもない。
只の普通にデートをしている恋人同士であるのなら。
そう、きっと彼らも単なるジョセフの気まぐれと思っている。
いつか失恋するであろう私を憐れんでいるのだろうか。
恋に溺れた憐れな娘として。
彼らの内実は知らないが、そんなもんだろうと思っている。
それでいい。
当初の目的通り。
同僚のルーシィには色々と突っ込まれた。
上手く嘘をつき通す自信はない。
だけど、嘘に嘘を重ねるしかない。
心の中で申し訳ない思いが湧き出るが、全部を話すわけにもいかず。
嘘が、上手くなる。
嘘が、下手だ。
下手というよりも、本当はつきたくないから。
その相反した思いがグルグルと心の中で踊る。
真実を話したい欲もある。
本当は、大声で叫びたい。
私の恋人はティムだと。
ジョセフじゃないと。
言えたら、どんなに楽になるだろう。
籠の中でだけでしか、愛を囁けないのは寂しい。
だけど、側にいられるだけで幸せだと思うのも事実。
愛し、愛されているのなら、他の事は些細な事だとして流せる。
だから。
それら全てを封じ込ませて、私は微笑む。
言える事、言えない事。
嘘をつくところ、つかない所。
全てが全て嘘ではなく、全てが全て事実ではない。
きっと私の話には、どこかしらに綻びがあるのだろう。
ルーシィは何となく物足りなそうな顔をしていたが、結局はその曖昧な説明で納得してくれた。
後で、きちんと説明できる時がきたら教えてね、とウィンクをしてくれたのは、ルーシィらしいと言えばルーシィらしい。
同僚としても、友人としても、ルーシィには助けられっぱなしだ。
「あー疲れた!
ねぇねぇ、久々に、パブに行かない?
ちょっと息抜きに。
最近アシュリーにはラブラブの彼氏がいるから、付き合い悪いじゃない。
ちょっと話もあるから、一杯だけでもどう?」
「いいわね、それ。
私もエールが飲みたいって思ってたところ」
そんな風に気軽に約束して、仕事終わりに会社近くのパブによる。
エールを注文して、ついでにオーダーしたフィッシュアンドチップスに、モルトビネガーとレモンをかける。
チップスの油をエールで流す。
パブは仕事終わりの人が沢山いて、皆それぞれ美味しそうにエールを飲んでいる。
この雑多な感じが好きだ。
「あー、おいしい。これぞ労働者の喜び」
ルーシィが大げさに飲みながら笑う。
私もエールに口をつけて笑う。
たわいもない話をしながら、チップスをつまんでは、エールを飲む。
「で、話は何?どうしたの、ルーシィ」
「ん、あのね、私、婚約したの」
頬を染めて、照れて笑うルーシィは、ハッとするほど綺麗で。
「本当なの?ルーシィ、おめでとう!」
「あ…でもね、多分、彼は…エディ…彼、エドワードっていうんだけど…」
美人でチャーミングなルーシィを射止めたのは、エドワードというのか。
「あれ、ルーシィの恋人って…」
ルーシィから今まで聞いていた恋人の名前が違う。
「うん、まぁ色々あったのよ、私も。
あの人は、結局私じゃなくて、爵位持ちのお嬢様と婚約したの。
悔しいけど、敵わないじゃない。
元々が庶民の私とお貴族様の末裔じゃ」
色々あった時期は、多分私がティムとあった時期と重なっていたのだろう。
私はティムで浮かれていたから、きっと私に話せなかったのだ。
「エディは、元々友達と言えば、友達なの、かな…
元は彼の、友達だった。
それで知り合ったの。
ほら、色々あったっていったでしょ、
実はね、親から彼が見合いを強制させられたの。
最初は、彼も嫌々だったのよ?
あぁ、でもこれは私の希望的観測だと思うけど。
断るからって言って、くれてたのにね。
駄目だったの。
私じゃなく、彼は、その見合い相手のお嬢さんを選んだの。
信じられなくて、信じたくて。
エディに彼の事聞いたり、責めたりしたわ。
エディには悪い事したけど。
そんなこんなでずっとエディに甘えてたの。
そうしたら、最近になってエディが私に私の事、好きだったって…。
でも、彼がいるから諦めていたって言ってきたの」
「え、ちょっとそれ詳しく!」
思わず食いついてしまった私は悪くない。
元彼の事を話すときは少し辛そうだったルーシィも、エディの話になると顔を緩める。
幸せそうな笑顔で、未来を話す。
「本当におめでとう。
エディと幸せになって。幸せになるにきまってるじゃない!」
「ありがと、アシュリー。
うん、幸せになるわ。
式とかは、まだ来年とかになるけど。
今は彼が私を選んでくれた、その想いだけでも泣きたくなるくらい嬉しいの」
ルーシィの輝く様な笑顔が、今の幸せを物語っている。
ルーシィの嬉しそうな顔が、私の胸を温かくする。
愛し、愛されている喜びに満ち溢れた、二人。
それを隠さないでよい幸せ。
私も。
私とティムも、そうできれば。
そんなことをチラリと思ってしまう自分が、少し、嫌だ。




