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さようなら、また会う日まで  作者: たま


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小さな波風

あれから3ヵ月。

月日が経つのは本当に早い。

ジョセフの隣で、可愛らしい恋人の振りをするのも大分慣れた。

彼はティムのよき理解者であり、相棒であり、弟子。

本当は私がそうなりたかったけど、築き上げた時間が圧倒的に足りないのは事実だし、ジョセフはなんだかんだ憎まれ口を叩きながらも、私の面倒をよく見てくれている。

ティムを守る、その一点で私たちは結び付いている。

それだけの関係ではあるけれど、想像以上に快適なのはジョセフが頑張ってくれているからなのだろう。

その夜も、そんなウソっこデートの日だった。


私もジョセフも、いつものように仲の良い恋人のような親密さで食事をする。

最後のデザートを待つ時間、先にコーヒーが運ばれてきた。

香りを楽しみ、口をつける。

その様子を見ていたジョセフが、しみじみとした口調で言った。


「これだけ女に色々しているの、俺、初めてかも」


「あら、やだ、私、ジョセフの初めてをもらったのね。

嬉しいわ」


カップをソーサーに戻してからニッコリ笑って答える。

ジョセフやマリアさんに鍛えられて、一流と呼ばれる店でも恥ずかしくない程度には所作が洗練されてきたはず、だ。


「流石お姫様。言うねぇ」


「誰かのお陰、かしらね」


いつもの軽口で、二人笑いあっていた。


そこで、視線に気が付く。

振り向くと、少し離れた席にいるブロンドの女性が私を見ていた。

私の知らない、若い可愛らしい女性。


私の視線を追って、ジョセフがその女性を視界に入れる。

知っているのか?と視線で問う。


「あぁ、彼はブレント卿、バラの香水で有名なブレント商会の後継だ。

隣にいるのは妹のジェニーン嬢だな。

仲の良い兄妹らしく、二人でよく食事をしているよ」


ジョセフは当然のように隣にいた男性の説明をしてから、女性の説明をした。

その男性に対して、ジョセフは軽く会釈をする。

ブレント卿は顔に軽い笑みをのせ、会釈を返す。隣にいるジェニーン嬢も。


それでおしまい。

そのまま、彼女たちは違うテーブルに。

私たちは食事を続ける。

それが、いつもの、流れ。

その日も、そんな風に終わる、と思っていた。


帰る前に、化粧直しとトイレに立つ。

口紅をつけなおし、出ようと思った瞬間、ドアが開く。

入ってきたのは、彼女、ジェニーン嬢と言われた女性。


あからさまに、不躾なほどにジロジロと私を見る。


「…何か?」


小首を傾げてジェニーン嬢を改めて見る。

手入れが行き届いている指先。滑らかな陶器のような肌。

きっと、苦労なんてしたことがないだろう、お金持ちのお嬢様。

まだ若い彼女は、きっと彼女の願いが叶わなかったことがないのだろう。

自分が好きな男には愛されて当然、と思っているのだろう傲慢な態度。


「あら、失礼。

いえ、ブラッドリー卿が、女性をつれているなんて珍しい光景でしたので」


ジョセフが女性を連れている光景なんて珍しくないはずだ。

私がティムと出会う前のジョセフの評判が、評判なだけに。

だから、この3ヵ月が異様なだけだったのだ。

ジョセフが特定の女性しか、エスコートしていない。

それも、特にこれといった突出しているものが何もない、普通の女を。

人目を惹くほど美しいわけでもない。

取り立てスタイルが良いわけでもない。

そこらにいるような、平凡な。

(なぜ私のような普通な)というセリフが、口に出さないだけで態度で声音で分かる。

彼女の言い分も、納得と言えば納得だけど。

お門違いなのよ、ね。

一つ、小さくため息を吐く。


「貴女は、まだ若いのね、ジェニーン嬢」


塗りなおしたばかりの赤の口紅が弧を描く。

自分より下の相手と判断し、見下した相手から反撃が来るなんて思っていなかったのか、彼女の眉が不快そうによる。

そのジェニーン嬢の表情が、歪な笑みを浮かべる。


「ご存じないの?ローズガーデンのフローラ嬢。

彼、よく訪れているみたいじゃない」


波風を立てるのに、必死なのだろう。

反撃を思いついたとばかりに私に噛みついてくる。

正直、直接的な表現をする若い彼女のほうが、好ましいのかもしれない。

以前、婉曲な表現で嘲笑してきた女性達よりも遥かに。

だから余計に愛されている余裕を見せつけるように笑む。


「フフ、だから?

夜はまだ、長いので。お先に失礼」


ドアを開ける。

背中にまとわりつく、嫌な視線。

彼女からの、視線。

立ち止まり、振り返って閉まったままのドアを見る。


「…」


色々な女性が、私を見る。

ブラッドリー商会の後継であるジョセフの惚れた人間はどんな人物なのか、と。

女性たちは高慢に、表面上は波風立てずに。

大分あしらいも上手くなってきた、と思っていたけれど。


彼女は若さゆえに傲慢に見下してきた。

大人気なくやり返してしまったけど。

その真直ぐさに、申し訳ない気持ちにもなる。

彼女が、ジョセフに好意を持っているのは間違いないのだろうから。

それが、報われるか報われないかは別としても。


小さくため息を一つはいて、何事もなかったかのようにジョセフに向かって歩く。

私も、私の役割を果たすために。


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