引っ越し
私とティムの二人の時間は、知らない事を知っていくためにも大切な時間。
今まで離れていた分を取り戻すように。
今の私には、前の私達を知らないから。
それが、なんとも言えずもどかしい。
「アシュリーは、いつだってアシュリーだよ。
僕は必ず君を見つけるし、君も僕を見つけてくれた。
いつだって、僕は君の側にいるよ」
以前の私も、私と同じようだったのだろうか。
同じ私といえど、何となく面白くない。
自分にやきもちを焼いてどうするんだ、と言われればそれまでだけど、私であって私ではないから、どうにも気持ちのやり場に困る。
以前の私も、前の私にやきもちを焼いたのかしらね。
ティムをふと見る。
どれだけ長い時間を生きていたのだろうか。
私には想像がつかない。
「そういえば、マリアさんはティムと同じって言ってたわ」
「あぁ、そうだね、マリアは同族だね。
最近の生活は、我々が平穏に住むには大変だからね。
昔は同族で連絡を取り合うなんてことはなかったのだが。
これも、世の中の変化の一つなんだろうね…」
腕を組み、憂い顔をするティムを見ていると、不安で胸がざわめく。
このまま、陽の光と一緒に儚く消えてしまうような気がして。
そんなこと、あるわけないのに。
「貴方と一緒なら、どこにでも行くわよ。
安心して。最後まで、側にいるから」
だから、自分の不安を払拭するように、力強く断言した。
翌日、ジョセフに手伝ってもらい、無事にフラットから簡単な荷物をティムの家に運び入れた。
ここに住むことにした、と告げたら、素直にそうしてくれると助かる、実は俺からも提案しようと思っていた、と言われ、安堵された。
ジョセフ曰く、「ゴシップに追われることはないようにするけど、身の安全の為にもここに住んだ方が色々と便利だから」と、だそうで。
便利って…とまぁ思わないでもないけれど、反対されるとは思ってもなかったけど、ジョセフからも提案しようと思っていたと聞いて裏がありそうで怖いとつい言ってしまったのはご愛敬。
「俺は一体君の中で、どんな人間なんだろうね」と苦笑されたけどね。
もう、彼のフェーズは私を含めてティムを守るという段階なのだろう。
彼の真意はさておき、ティムを守るという共同戦線は上手くやれそうだ。
フラットのオーナーのフィービーおばさんには、何かあったらすぐに戻っておいでと言われてしまった。
このフラットは家を出るなら2週間前に退去の連絡を入れるのが原則。
だから、今日、出ていくけどその後の2週間分のレント代を払おうとしたら返された。
「いつ必要になるか分からないから、お金は持っていなさい」
真剣な顔して、ギュッと手を握られた。
しかもジョセフが見ていない所で。
うん、男っ気がなかった私が、いきなり男の下に引っ越すなんて聞けば、だまされたと思っても仕方ない、仕方ない…のか?
「アシュリーを泣かしたら、あたしが容赦しないよ」
なんて言って、ジョセフの背中をバンバンと叩いていたし。
まぁ、キナ臭いと言えばキナ臭いハンサム顔だもんね、ジョセフは。
まぁ、それでも愛想もあるから、こんな短期間でフィービーおばさんと打ち解けてるのだから大したものだ。
最後、部屋の鍵を返したときに、フィービーおばさんはジョセフに頭を下げた。
「アシュリーは真面目で良い子だからね、大切にしてね」
娘のようだ、と言って可愛がってくれたフィービーおばさん。
もう会えなくなるわけじゃないのに、目頭が熱くなる。
「彼女を守ると約束します」
ジョセフも、真面目に答えていた。
きちんと誠意をもって彼が答えられる真実を真面目に返す姿勢に、ほんの少しだけジョセフを見直した。
大切にする、でもなく、彼女を守るという言葉を選んだのは、そういう事だろう。
フィービーおばさんは真剣に私の心配をしてくれているのだから。
「いつでも遊びにおいで」
フィービーおばさんの暖かい言葉を背に受け、私は就職してからずっと住んでいたフラットを後にした。




