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キスを挟まないで

作者: 森川めだか

キスを挟まないで


「また今日も老衰の患者さんだわ」レックスフォーは髪をまとめて言った。

「大尉のじいさんも老衰かい?」

「それは意思の確定を待ってからでないと・・」レックスフォーは医師だ。

その息子のドゴーはいい年をして特に定職にも就かずブラブラしている。

死因自己申告制ができてからのことだ。

レックスフォーとドゴーがロングヘアーアイランドに越してから幾夏かが過ぎた、今は夏だ。

「いい天気だね」病院のベッドに寝ている大尉が言った。

聴診器を胸に当て、レックスフォーは大尉の顔を見た。

「息子さんは元気かね」

「ええ、とっても」

死因がまだ決まっていないのは大尉だけだ。


「カナッペ作り楽しみ」ジュディはドゴーに甘えるように言った。

「だって初めてお母さんに会わせてくれるんだもん」

ドゴーはそれを笑って聞いている。

第二養鶏場でいつも、ドゴーとジュディは会う。

「血がつながってる人? ああ、おじいちゃんがいる」ジュディは聞かれて言った。

「まずクラッカーの上にジュレを置くでしょ、それに・・」ジュディはドゴーの様子を見て黙った。

男たちが二人のいる所に近づいてきている。

「誰だあいつ」という声も聞こえてきた。一人は手に鉄パイプのようなものを持っている。

「やめてよドゴー、帰ろう」

「いや」ドゴーは始めから喧嘩腰でジュディを守るように近づいていった。


「ケンカ?」夜、帰ってきたレックスフォーは近所の女に聞かされた。

「それで今、警察にいるって」

「はあ、そうなんですか。夜分遅く恐れ入ります」

レックスフォーは迎えに行かなかった。

後日、傷だらけで帰ってきたむっつりと黙っているドゴーに「ぐれるっていうのは親に甘えてる証拠だよ」と突き放すように言った。

「分かってるよ!」ドゴーはそう言って、自分の部屋に引きこもった。せっかく、ジュディが楽しみにしていたのに。

「そうかい・・、息子さんがねえ」

「笑ってる場合じゃないですよ、大尉。せっかく皆さんとも仲良くなれた頃に・・」

「いやいや・・」大尉はその大きい手をヒラヒラさせた。

「軍隊の若い奴の中には無鉄砲な奴もいるもんさ」

「ご自分の話ですか?」レックスフォーは笑って聴診器を離した。

「いやいや」

「そういうお話って大抵、自分の話なんですよね」

「信じて聞いてくれよ。その若者はね、もう約束した女性がいた。けれどね、軍隊ってのはそいつの思うより厳しいもんだったな」

「それでひねくれたんですか?」

大尉は寝たまま肯いた。

「ある休暇の日、彼女に会いに久しぶりに故郷を訪ねた。でも、その女性はもう違う男に夢中だったんだ」

「それはひどい女ねえ」

「いやいや・・、手紙も書かずに彼女は自分を愛してると勝手に決めていただけさ。その若者は荒れた。ケンカもしたし訓練にも身が入らなかった」

「ご自分の話ではないわねえ。大尉にまでなれたんだもの」

大尉は笑って答えなかった。

「それがある時、急に思ったんだな。それで直った」

「直った? 何を思ったんです」

大尉は思い出すように笑っている。

「それでその女性は今の奥さん?」レックスフォーは大尉の元を訪れる年を取った優しいおばあさんを思い出す。

大尉はちらと壁の時計を見る。

「あら、もう行かなきゃ。貴重な話ありがとうございました」レックスフォーは聴診器をグルグル巻いて白衣のポケットに収めた。

「じゃあ、老衰でよろしいんですね」レックスフォーは大尉の胸に改めて手を置いた。

大尉は言葉もなく肯いた。

出て行くレックスフォーを見送って、「この話の顛末はまたあとで」と大尉は笑った。

「ハルシオン処方しておきますからね。よく眠ってください」

「ありがとう。そうするよ」

夏の盛りの空が青い。白い雲が空から湧き上がってくるようだ。


「ごめんな」ドゴーは病院でジュディに謝った。

「別にドゴーが謝ることじゃないよ。私を守ろうとしたんでしょ」

二人はジュディのおじいさんの入院しているという部屋に花束を持って来た。

「私って分かるかな」

「きっと分かるさ」

二人がナースステーションに大尉の部屋を聞いて、向かおうとした時だった。部屋の中で銃声がした。

「この部屋からだ」ドゴーは戸を開けた。

そこには窓を開けて、大尉の下には銃が落ちてあり、大尉の頭から血が流れていた。

ナースステーションの人たちも駆けつけてきた。

「今、音がして・・」

ドゴーは窓の外を見た。そこだけ窓から半屋上になっていて犯人が逃げたとしたらそこを走れば何とか外へ逃げることができる。

花束を持ったジュディを慰めるためにドゴーは肩に手を回し座っていた。

「死因は老衰だってね」

「おじいちゃんに聞いたことがあるの。完全犯罪のやり方」

ジュディの語ったところによると白い物は日光を反射して見えにくくなるという。大尉もこんな真夏の日に甲板にいる船員が見えなかったことがあるそうだ。

「自殺じゃないの?」ジュディは言った。

「白いシャツでも着てたのかな。だって僕ら誰も逃げていく犯人を見ていない」

ドゴーも第二養鶏場で卵の白が日光を反射して見えなかったことを思い出した。

「この街の中でそんな白い服を着るのって・・」


「暑かったから」という動機はレックスフォー以外、知る人はない。


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