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君と一緒に

作者: 宮野 楓

 

 騎士であるジェイドはいつも死を何処かで覚悟していた。

 だが手向ける花が多くなる度に、何故、自分ではないのか、と思わせられた。


 今回の戦争でも多くの戦死者が出た。


 一滴も血が流れない戦争など存在しないのだ。

 また若き魂が天へと昇ってしまって、老害が地に足を付けている。


 バカバカしいと思う。

 人が人を切らねばならぬ事が、人を切らないで済む世になるための道だというのだから矛盾しているではないか。


 ジェイドはそっと目を閉じた。


 閉じればまだ天へ召された人々は酒を片手に笑っていたり、語り合っていたり、本当に誰も死なない事が一番なのだ。

 剣で多くの命を奪ってきた身で言える事ではないが、でも、それでも、言いたいのだ。


 そして、それが騎士という宿命だと思っていたのに、この世が併合されたときに出された勅命は最悪だった。



『人を多く殺生したものを死刑に処す』



 要は吊し上げだ。

 人を多く切った者ほど、苦しんできた分、人を切らないで良い未来を夢見ていたのに、見る事を許されないのだ。

 この世を変えた功労者を最期に切ると言うのだ。


 もちろんジェイドにもその命は来た。


 逆らう気はない。

 人を切る事に何も感じなかった訳ではないからだ。

 その人の人生を奪って、それでこの世を変えたのだが、切られた人も人が切られないで済む世を見られていない。

 そういう意味では、切った者も同等であることはある意味、真理かもしれないと思ったのだ。


 人を切って、自分が切られない、そんな訳はない。

 罪はいつか形を変えてでも自分の身に返ってくる。

 それが世の理。


 多くの人の人生を絶った、だから夢と共に自らが切られる。


 そう考えれば恐らくジェイドの方が比重が軽いかもしれない。

 思い返し、明日に迎えが来るので最期に妻に告げなければと母屋に入ると、同じような文が妻の前に置かれていた。




 瞬間、絶望した。




 あぁ、神はやはり、多く切った者へは多くの形で罪を返してくるのだと理解した。

 妻はジェイドに気が付くと笑った。



「すまない」



 出てきた言葉は謝罪しかない。

 命令に逆らうことは出来ない。もちろん最後に妻の助命嘆願はするが、叶えられる見込みは少ないだろう。



「何を謝ってるの? 貴方は、血が流れない世を、血を流して作ったわ」


「お前は何もしてない」


「私は貴方の無事を願ったし、血を拭ったわ」


「誰も切ってもいないじゃないか」


「でも誰かを切ると分かっていて、貴方を選んで生かした」



 妻はジェイドの頬に触れた。



「ねぇ血が流れるって見えるものばかりじゃないわよ。貴方はいつも、人を切る度、部下を亡くす度、見えない血を流してきたわ」



 頬に触れた手がすっと移動し、首筋を撫でて、次はジェイドの手を握った。



「本当に血を流してきたのは切った騎士ではないのよ。だって騎士たちはお互い切っても、切られても、見える血と見えない血を流して、お互い信念を持っていた」



 ジェイドの剣だこばかりの手のひらを撫で始めた妻は、目線を手紙に移す。



「本当の意味で多くの血を流した戦犯は生きて、こんな勅命を出す奴らよ。貴方は悪くない。貴方は、成し遂げたわ」



 瞬間、涙が溢れてきた。

 ジェイドは多く散っていった部下や同期や上司、そして敵として切った相手を思い浮かべて、皆が胸に抱いた日は確かにやってきたのだと思った。

 彼らの死は無駄ではなかった。



「ね、一緒に伝えに逝きましょう。無事、成し遂げたと」



 そうだ。まだ死んだ彼らは知らない。

 血が流れない世が出来ようとしている事を。

 それでも妻を共にするのは気が引けて仕方がなかった。



「連れて行かないなんて言わないで。最後はこうお願いしましょ」



 妻は最期の願いを告げて、ジェイドに抱き着く。



「良いのか?」


「ええ」


「死ぬのだぞ」


「ええ」


「お前は……馬鹿だ」


「馬鹿で良いわ」



 ジェイドは妻を抱き返し、このぬくもりにずっと包まれていたいと願わずにはいられなかった。

 だが無情にも翌日には刑執行の為に収監され、ジェイド以外にも何名も、この戦争を終わらせるべく尽力した猛者たちが無常にも散らされていく。

 順番を待つだけであった。

 そしてジェイドの順番は遅くはなかった。

 断頭台に上がり、高見で見物している陛下を見る。忠誠を誓った相手だ。

 陛下から言葉が発せられる。



「最期の一言はあるか」



 ジェイドはこの時、妻の最期の願いを告げた。

 陛下は呆気に取っれたが、良いだろう、と了承した。


 本当は嫌だった。妻の願いでも。


 でもそれでも、そう願ってくれた妻の気持ちが嬉しく、共にありたいと思ったのだ。



「ジェイド」



 断頭台に上がってきた妻に、ジェイドは笑った。

 妻も笑った。


 そして願い通り、同時刻に共に、この世を去った。




『どうせ逝くなら、最期は一緒に連れて行ってちょうだい。だっていつも見送ってばかりだったもの。だから、一緒に逝きましょう』



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