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63話 剛毅木訥は仁に近し

 当然の如く敷き詰められた絨毯。それも煌びやかな刺繍が施された一級品だ。

 大抵の屋敷ではこれ程の作品は壁に貼り付け、皆が踏みつける床には替えがきくようなものにする。

……なんだか歩くのが怖いまである。


 廊下をほんの少し歩くと、巨大な吹き抜けに出た。

 ガラス張りの天井から光が差し込み、室内は晩秋にもかかわらず温かかった。

 ステンドグラスを通過する光が、キャンバスのように白く美しい壁に絵画のような模様を描き出す。


 足元から天井まで一切の妥協がない。


「ここはダンスホールになったりします。突き当たりは中庭へと続いています。右の扉は地下倉庫への道なので、迷わないように気をつけてください。これから行く待合室は左です」


 団長は私たちに城の内部を説明してくれた。


「つまり、さらに城を攻略するにはこの左右の階段から二階へ向かう、と。……これはまるで虎口のような造りなのですね」


「ほう。軍師殿、よく見抜きましたね。その通りです。陛下は階段を昇った先、さらにその先の階段を昇った……遥か上の玉座にいらっしゃいます」


「……?どういうことだ孔明?」


「なんだァレオ?街づくりには詳しいのに城の造りは初心者なんだな!」


 残念ながら私が大学で学んだのは政治や経済。防衛施設の建築ではないのだ。


「想像してみなさい。私たち敵兵が最後の門を突破して城の中に入りました」


「真っ先にたどり着くのは直進してすぐのここだな」


「そうです。そうすると待ち構えているのは……」


 孔明は羽扇で二階の方を指し示す。


「分かったぞ。あそこに弓兵を配するんだ」


「そうだなレオ。重い鎧を着ているから、そう簡単に階段を登りきれはしない。そうすると、ここまで入り込んだ敵兵は袋の鼠」


「上から弓を一方的に撃ち下ろす事が出来るんだなァ!そしてこの円形の構造はどこから撃っても十字砲火(クロスファイア)が組めるから攻撃力が高いってワケだぜ!」


 父と歳三も参戦してきた。


「そうですね!帝国最後の砦となるこの皇城。美しいだけでなく要塞としての機能も勿論果たすのですよ」


 そう考えてみると、五稜郭の形など、美しいだけでなく射線がうまく交わるように造られていたのか。

 それは歳三も興奮気味に話したがる訳だ。


「ですがやはり、まずはここまで攻め込まれないことが第一ですけどね。……それで、普段はこうして政務や迎賓の中心となっているのですよ。───さぁどうぞ」


 話は逸れたが、団長はそう言いながらワックスでツヤツヤに加工された扉を開けてくれた。





 待合室と聞いていたため小さな部屋と数個の椅子程度を想像していたが、ここも皇城クオリティであった。


 廊下に使われているものよりもよりも毛が高くふわふわな絨毯。大の男が横になれるぐらい大きなソファ。窓から見下ろす皇都の景色も格別だ。


「どうぞおかけください」


「では失礼する」


 父は一番奥の椅子に座り、団長はテーブルを挟んでその向かいに当たる入口側の椅子に座った。

 私と歳三、孔明はテーブルの横にあるソファに仲良く三人で腰掛けた。


「さて、それでは手短に皇都の現状をお伝えしましょう」


「うむ。頼んだ」


 団長は拳を握りしめ、太ももの上に置いた。


「まず、陛下はお変わりなく、まさに名君と呼ぶに相応しい行いをなされています。その点では帝国は今後も安泰でしょう」


「ほう?私が見た所ではそのようには感じませんが」


「これは手厳しいですね」


 孔明は遠慮なくそう言い切る。


 私がこの世界に生まれた時から、陛下は現皇帝だから前帝と比べることができない。

 しかし、そもそも戦争による利益を国是とする帝国の方針と、その戦費の為の重税はとても褒められたものじゃないと私自身も思う。


「軍師殿はご存知か分かりませんが、ファルンホルス王国との『反魔王共闘同盟』を結んだのは陛下の英断なのですよ。これは長い帝国の歴史の中で初めての停戦となりました」


「それなら何故反乱が起こるほどに国内は荒れ、今も亜人・獣人の国へ侵略を繰り返しているのですか?」


 今度は私がそう団長に尋ねる。

 子どもの発言にしてはあまりに核をついたその難題に、団長は苦い顔をした。


「……それこそあのヴァルターらの影響なのです」


 まぁ当然その名前は出てくるだろう。


「彼らが帝国内での主な主戦論者のリーダー的存在になっています」


「その言い方、他にも過激派がいるというような言い方だなァ?」


「……その通りです。非常に大きな問題なのですが……、実はこれらは皇位継承問題に絡んでいるのです」


 それはどこの国でもろくなことにならない。


「普通であれば嫡子は第一皇子であるグーター様なのですが……、その……、いわゆる凡愚との評価を受けていまして……。そこでヴァルターらは第二皇子ボーゼン様を次期皇帝にと推し進めているのです」


「……なんとなくですが、第一皇子を応援したくなりましたね。ふふふ……」


 孔明はそう笑う。それはきっと彼が最後に仕えた、劉備の嫡子である劉禅が暗愚の王であると散々言われたからであろう。


 劉禅にはこんなエピソードがある。


 蜀が魏に滅ぼされた後、蜀漢の旧臣たちと劉禅は宴会に呼ばれた。涙を流す旧臣たちに対してニコニコしている劉禅。

 そんな彼に後の晋王となる司馬昭がこう尋ねた。「蜀を思い出されますか?」と。

 それに対して劉禅は「ここが楽しく、思い出すことはありません」と言いのけ、家臣だけでなく辺にいた魏の将までもが唖然とした。


 こんな話から、彼の幼名を取って『扶不起的阿斗(助けようのない阿斗)』などという情けないことわざまで作られてしまった。


 孔明の死後はそんな滅茶苦茶な終末を辿った蜀だったが、逆に言えばそこまでの愚王を支えながら魏と戦った孔明の強さが浮き彫りになる。


「───とは言え、徳のある優秀な人間が上に立つのが一番でしょう。私個人の考えは置いておいて、何故第二皇子では駄目なのでしょうか?」


「確かに第二皇子は優れた頭脳と強靭な肉体をお持ちです。さらに天から授けられたスキルも、国家機密故に明かされてはいませんが、歴代の王に劣らぬ実力だとか」


 団長は一言一言慎重に言葉を選び、私たちに告げる。


「ですが……、軍師殿のお言葉を借りるなら、ボーゼン様には「徳」というものが欠けています」


「ほう……」


 孔明は羽扇を広げ口元に当てる。

 これは孔明が何かを見定めたり、策を練るときによくするポーズだ。この後の謁見で、第二皇子を見定めようという気概が感じて取れる。


「他を寄せ付けない強さ。それは時に弱さになり得ます。あれは勇猛果敢と言うよりむしろ苛烈な性格というほかないでしょう。当人がそれなので周りの家臣たちも自然と似た者が集まるのです」


「……覇道ですか。それでは行き着く先は終わらぬ戦いの末の死であるのみ、ですね」


 団長の口から語られた、想像よりも酷い有様だった帝国の内情に、その場にいた誰もが陰鬱な空気に包まれていた。

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