60話 皇城へ
「ここから皇城まではかなりありますので、馬車で参りましょう」
「うむ。それでは行こうか!」
父はそう言い、私たちがここまで来た馬車に乗り込んだ。
「あぁ、いえ。送迎の馬車はこちらで用意してありますよ」
「おっと、これは失礼いたした!」
ヴァルターが指を鳴らす。その合図とともに、迎賓館の奥から一台の馬車が現れた。
それは私たちの馬車よりも一回り大きく、オープンカースタイルだった。
「どうぞ、お乗りください」
「ありがとうございます」
ヴァルターに促されるまま、真っ赤な座席に腰掛けた。どこまでも沈んでいきそうなくらいふかふかで、私たちが乗ってきた長距離用の馬車とは大違いだった。
続けて父や歳三たちも乗り込む。
「さてさて。では私が先導致します。皇城まで、皇都の美しき景色をお楽しみください」
彼は元から細いその目をさらに細めて、顔を傾げて微笑みながらそう言った。
華奢なヴァルターは軽やかに馬に跨り、私たちを振り返る。
「では参ります。君、いつもの十倍気を付けなさい」
「は、はい!」
私たちの馬車の御者は背筋を伸ばし、強く手網を握った。
その様子に、また怖いぐらいの笑顔を浮かべ、ヴァルターは馬を走らせ始めた。
左には皇都の兵士、右にはアルガーらウィルフリードの兵士。その様子はまるで小さなパレードかと思うほどだ。
中央に向かうにつれ皇都の道は、石畳からその隙間をコンクリートの様なもので埋めた道に変わっていく。従って、木でできた車輪の馬車でもほとんど不快な揺れはなかった。
もちろん、このふかふかな座席の効果もあるだろうが。
「あ、あちらが帝国一を誇る武具屋シュヴェールトです!ドワーフの中でも伝説の名工、ザーク氏の腕は本物です!S級の冒険者や貴族のみが制作依頼を許されています!是非お立ち寄りしてみては!」
頼んでもいないのに、突然御者が語り始めた。ヴァルターから観光案内の命令でもされているのだろうか。
だが、その情報は私たちに取ってとても有用なものであることに違いなかった。
「ふうん?コイツは耳よりな話だなァ?刀の件、ここで頼めるかもしれねェな」
「あぁ、そう言えばそうだったな」
ファリア戦で剣を投げ捨て歳三の救援に向かった私に、歳三が一振刀をプレゼントしてくれるんだった。
「ここは我々貴族では有名な店なんだぞ。ここの剣や鎧を持っていることが、一種のステータスにもなっている。……まぁ、魔剣を召喚できる俺には関係ないがな!」
手入れ無しで切れ味も常に最高。更には場面に応じた属性攻撃の使い分け。
いくら名工とはいえ、父の能力の前に普通の剣は不要だろう。
「ふむ。ここでなら書物で目にした「魔法を使える武器」などもあるかも知れませんね……」
個人的には孔明には風の魔法が付与された羽扇を使って欲しい。
「もし魔導具に興味があるようでしたらあの店もあります。あまりオススメは出来ませんが……」
「……?それは何故ですか?」
歯切れの悪い御者に、思わず私は聞き返してしまった。
彼は答えにくそうに呟く。
「なんでも魔法が使えない魔女がいるとか……。変わり者で有名ですが、魔導具の開発に関しては彼女の右に出る者はいないでしょう……」
「それはまさに苦心惨憺ですね。是非ともお会いしてみたい」
「彼女の工房は東地区の外れにありますが……、商品自体はある程度の大きさの店ならどこにでもありますよ」
私は孔明の顔を伺う。その表情を見る限り、どうやら孔明も私と同じ考えのようだ。
「会って話をしてみたい」それは魔法のない世界から来た私たちにとって、魔法の使えない彼女との出会いは必ずなにか掴めると確信していた。
「これは、かの大賢者ヴァイザー様が水魔法で堀を埋め、土魔法で築いた橋なのですよ!戦闘だけでなく、本当の意味で帝国の礎を築いた方なのです!」
「この川幅は十尺は軽く超えていますね……。これ程の大規模な魔法も古代には存在した、と……。ふふ……興味深い……!」
それは帝国ができる前の、実在したか分からぬ半分神話の登場人物だ。まぁ、神と戦った云々を置いておけば、ただの凄腕建築家にも思えた。
だが、この魔法という不可思議な事象。神や賢者という存在。必ずしも否定できるような要素は何処にもないのも事実だ。
この世界はまだまだ私の知らないことが沢山ある。
などと考えているうちに、いよいよ我がウィルフリードの今後を大きく左右する運命の場所が近づいてきた。
過去に目を向けるのも良いが、まずは目の前のことからだ。
「陛下の勅命を受け、ウルツ様御一行が到着された!門を開けよ!」
見かけからは想像できないほどの大声でヴァルターが叫ぶと、巨木を金具で固定し作られた門が大きな音を立てながらゆっくりと開き始めた。
「いよいよだなレオ。覚悟はできているな?」
「はい父上……!」
私は拳を握りしめた。
「お上に謁見たァ俺も初めてだ。何だか緊張してきちまったぜ……」
「懐かしいですね。玄徳が皇帝の座に就いた時のことを思い出します……。さて、この国の皇帝は彼に適う人物なのでしょうか。それとも……ふふふ…………」




