236話 絶望
「……戦況は?」
「は! ナポレオン将軍の指揮による世界軍参戦により状況は一転、第四区域へ五十メートル前進しました!」
「おべっかはよせ……」
戦場は文字通りの地獄であった。
ゴブリンのような小型モンスターから、ゾンビやスケルトンを主とした人間ほどの大きさのモンスターの大軍による猛攻を受け、私たちは苦戦を強いられていた。
砲撃と爆撃によって多少数を減らしたところで、それを上回るモンスターの波が私たちの軍を飲み込み、最前線では剣を用いた乱戦となっていた。
「手前のスケルトンは雑兵だ! 奥のスケルトンナイトが指揮官をしている! あそこを狙え! そこに向け騎兵突撃を行う!」
「砲弾はまだか! 砲撃支援の要請に追いつかないぞ!」
「空軍の支援を要請する!」
「駄目だ!」
砲弾や爆弾には魔石を用いた炸薬が詰められている。それを飽和的に使用すると、魔王領の濃密な魔素と相まって量産化した廉価型の魔導無線機は通信が度々遮断される。
有線も用意するべきだった。
我々は現在、防御陣地の構築に勤しんでいる。
後方から鉄道に積みきれなかった火砲類が到着すれば、戦況を打開する一手となり得るだろう。それまで今は耐えるしかない。
「レオ様! 第三区域中央の本陣までお戻りください!」
タリオは鎧を返り血と泥まみれにして私の元まで退いてきた。
国有ウィルフリード駐屯軍はタリオの父であるアルガーが指揮をしている。しかし、数が不十分であるためタリオの部隊と合流させた。
最前線にこそ立たせていないが、陣容の中央に位置するタリオたちがこの有様とは、最前線の光景は目を覆いたくなるものであると容易に想像つく。
「大丈夫だタリオ。私の周囲は保安局、つまりは近衛騎士団と宮廷魔導師たちによって固く守られている。それにサツキもいるしな」
そういった矢先、伝令がまた一人やって来た。
「敵に増援! 後方より体長五メートルはあるオークの集団が押し寄せて来ています!」
「……レオ様、お戻りください……!」
「ぐぬぬ……!」
私が馬を引き返した、その時だった。
「──ほ、砲撃! 敵軍のオークが素手で投石攻撃をしています!」
「な──」
敵の砲撃は私たちの陣の中央から後方──特に砲兵隊を狙ったものだった。
投石自体の精度は高くないものの、ズガガガと降り注ぐ岩石の雪崩は私たちの陣を大いに乱した。特に、敵の攻撃を想定していなかった後方の砲兵隊は戦闘能力を一時喪失するほどであった。
私の目の前まで迫った岩石の一部は宮廷魔導師によって撃ち落とされ、砕かれた破片も防護魔法によって全て防がれ、私は無傷で済んだ。
「お下がりください……!」
「クソッ!」
私は砲兵隊より更に後方へ退避しようと馬を引き返す。その時ナポレオンとすれ違った。
「狼狽えるな! 逆に我々があの北東にある丘を占領する!」
ナポレオンは軍刀で果敢に指揮を振るっている。
「正面からはとても無理です将軍!」
「それでは迂回すれば良いだろう! 東から大回りするのだ!」
「それこそもっと無理です! 東には険しい山があり我が砲兵隊の踏破は不可能です!」
「不可能ではない! やるのだ!」
「──! は、はい……!」
ナポレオンは大胆な反攻作戦を決行することにしたようだ。『葡萄月将軍』の効果を使い強引に突破するのも、ナポレオンだからこそできる芸当だろう。
「レオ様! 西方より魔獣の群れです! 森の中に潜んでいたようです!」
「魔獣を伏兵に使うだと!? 狙ったようなタイミングで! たった今ナポレオンが兵を引き抜いて東方へ行ったのだぞ……!」
「皇帝陛下! ここは我々が援護します!」
ディプロマ率いる協商連合軍が私の前を横切り西方へ向かった。
「俺らの役目なんざ肉壁になることぐらいや! お前ら、気合い入れていけや!」
「おおぉぉ!!!」
西側は王国軍が中心となっていて戦力的に不安が残る。協商連合軍が援護に行けば多少はマシになるだろうか。
『──レオ! コイツはマズイぜ……!』
「どうした歳三!」
最前線で戦う歳三から緊急連絡用の初期型ヘクセルお手製無線機に連絡が届く。
『鎧を着たトロールの登場だ! 砲撃をものともしねェ! 銃や弓矢なんて話にならないぞ!』
トロール。それはオークの倍以上の体調を誇る最大級のモンスターだ。
ただでさえ凶悪な戦闘力を持ち、一匹で国を壊滅させる程とも言われるトロールが、何故鎧など持っているのか。そんな技術力はモンスターにはないはずだ。
『俺が直接やってくる!』
自ら前線で戦う歳三は既に傷つき『幕末ノ志士』が発動しているのだろうか。
私は近くの兵士から望遠鏡を受け取り、蒼いオーラを纏った歳三が銀色に輝く化け物に突撃する様子を眺めていた。
『ウォォォ!!』
歳三は恐らく裂空斬・一閃と見られる攻撃をトロールの顔面へ繰り出し目くらましをした後、足下に潜り込み足首の鎧の隙間を攻撃した。
トロールはそれに膝を突いたが、それでは十メートル以上あるトロールを仕留めるには不十分だった。
『今だルーデル!』
『了解した──』
500kg爆弾と同等の威力を持つ制式一号爆弾を装備したルーデルが、トロールの口目掛け急降下爆撃を敢行。
爆弾が爆発した瞬間、トロールの頭は文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ。
「良くやった!」
『ふぅ……、いいコンビネーションだったぜルーデル!』
『──! 待て! 二百、三百、……五百以上同じのがいるぞ! ……ソ連の戦車軍団を思い出すな』
ルーデルのその報告に、私たちは絶望した。
歳三とルーデルが全力を出してようやく一匹倒せるトロールが五百以上やって来るのだ。二人がいない戦線ではもはや勝ち目はない。
「トロールを盾にして、魔法を使うモンスター、リッチの集団も出現しました! 我々の攻撃が届かない範囲から一方的にやられています!」
「これでは我々は飛べない! 誇り高き竜人がモンスター如きに……!」
「オークによる投石の第二射、来ます!」
「前線で戦死した兵士がもうゾンビに! 敵は増える一方です!」
悲鳴とも呼べる報告が次々と私の元に届く。
「……レオ様! 丞相をお呼びください! 我々だけではこの状況の打破は困難です!」
「……今すぐノードウェステン、ノードストン、どちらでもいいから北方二貴族の領土まで退避し無線機で孔明に連絡しろ!」
絶望。その二文字が私の脳を埋めつくした。




