231話 哲人政治
「──ここが、エルフの森……」
「どうだ? 初めて来る場所は」
「凄いわ……。生きてこんな場所に来れるなんて、今まで思ってもみなかった……」
私としてもエルフの森は懐かしい。
ここで戦い、人虎族の族長リカードを一騎討ちで倒したのだ。そこまでの道のりでは父上や団長に助けられた。あの時はまだ歳三と孔明しか召喚されていなかった。
「……ようこそおいでくださいました、人間の王よ」
駅には多くのエルフたちが出迎えに来ていた。
そして私にそう言いながら手を差し出して来たエルフこそが、エルフの王であり長老、エートラーである。
「どうも初めまして」
「いつも息子がお世話になっております」
エルフは加齢で見た目がほとんど変わらないので、彼の顔はシャルフとそっくりだ。いや、シャルフが父親であるエートラーとそっくりなのか。
「こちらこそ、彼には私もお世話になっているので」
なんでもエルフの王子を、つまり自分の息子を帝国に向かわせようと判断したのは彼の判断とのことだ。
結果的には、私はシャルフの弓の腕前に命を助けられたし、王子である彼のおかげでプライドの高いエルフをまとめるのも楽だった。
エルフ側としても強い大陸の覇者である帝国の皇帝とパイプを築けたという、このエートラーという男の先見の明には驚かされるばかりだ。
「それで、例の人物は?」
「はい、こちらに」
エートラーに呼ばれて一歩前に出たのは、金髪のエルフには珍しい白髪で、見た目も人間で言う初老ぐらいに見える渋い男だった。
「どうも、ヴァイゼです。エルフの賢者、などと大層な呼ばれ方をされていますが、ご期待に添えるかは……」
「よろしくヴァイゼさん」
「ウチで話しましょう。……だが狭いんでそっちのお嬢さんはご遠慮願いたい」
ヴァイゼはエルシャを指さしてそう言った。
「……では是非妻にはこの辺りを見せてあげて欲しい」
「分かりました。私が案内しましょう」
「ありがとうエートラー。団長、エルの護衛についてくれ。私の護衛はサツキだけで十分だ」
「はい」
そうして私たちは二手に別れ、私はヴァイゼの家へ案内された。その家は大木を切り抜いたエルフ独特の住居形態で、高さも数十メートルはありそうだ。
サツキはそんな家の前で見張りの番をしている。
「──さて、それでは本題に入りましょうか」
ヴァイゼは私にお茶を出し椅子に腰掛けた。
私は疑うこともなくお茶に口を付ける。それは苦そうな緑色の見た目に反して優しい甘さであった。
「そもそも、何故貴方は昔話など聞きたくなったのでしょうか」
「単純に魔王領について気がかりなことがいくつもある、……というのは建前ですね。私の父は魔王領で命を落とした。それは私の指示で魔王領調査をしていて、愚かにも王国の陰謀によって殺されたのです。かつて亜人・獣人問わず全ての人類は魔王に対抗するために力を合わせていたと聞きます。ですが今はこうして人間同士で争っている……」
「エルフの森も被害に遭いました」
「それは……、本当に申し訳なく思っています」
私が頭を下げるヴァイゼは微かに笑った。
「いえ、貴方を責めてはいません。事情は聞いているのでね。それに、貴方のおかげでここは戦争前よりも賑やかになった」
窓の外、眼下ではエルシャたち一行がエルフの若い男女たちによる舞いを披露されていた。
遠くの方では伐採された木を機関車に運ぶ獣人の姿があった。
「……私は確かめたいのです。こうして人間たちが争うことは全くの無意味なのだと。本当の脅威は魔王領にあり、人類は団結すべきなのだと」
「……お父上の死に意味を与えられるかは分かりませんが、少なくとも貴方の考え、貴方の思い描く平和な世界というものは人類にとっての理想でしょう。間違いなく」
ヴァイゼは碧眼を真っ直ぐ私に向けそう言い切った。
「では昔話をしましょう。きっと貴方も子供の頃に聞かされたでしょう。かつての魔王と人類の戦いについて──」
私は彼の話を聞きながら懐かしい記憶を思い出していた。
父に母、そして教育係のマリエッタと過ごした平和な幼少期。私はあれが守りたかった。たったそれだけの願いの為に、いつの間にかここまで来てしまった。
魔王から受けた理不尽な暴力。それを力を合わせて退けた人類は、今度は理不尽な暴力を人類に振るうようになった。
私の場合、それは全てを奪われようとしたファリア反乱だった。その出来事が私をここまで駆り立てたのだ。
「──おや、長話にお疲れですか?」
「ああいや、すまない、少し思い出に耽っていたもので……」
「……昔話とは、そこから今を生きる人間が学ぶためにあると思うのです。そうして自分の経験と重ね、間違いを減らし、正解を増やすために学ぶのです」
「そうですね」
「はい。だから、貴方も一度こうして立ち止まり、思い出に耽っても良いのです。これまでの人生を振り返り、これからを考えれば良いのです。と言っても、貴方はそんなことをするのにはまだ若過ぎますかな? ハハハ」
「そうですね……」
それからヴァイゼは歴史書には載っていない、エルフの間に語り継がれてきたこの世界の歴史を私に教えてくれた。




